#84 精霊と契約内容
ゼーレは、悶々としていた。
それは、ある意味ではエアハルトと契約を結んでしまったことに起因するもので。彼女は小さく、どうしてこうなった、とつぶやいた。
ゼーレとしては、この契約について、なにかしら不満があるとか文句があるとか、そういうことは一切なくて。
むしろ、彼女としてはこの契約から受けている恩恵を考えれば、とてつもなく感謝をしているほどだった。
契約は、どのような契約内容で結ばれたかというところに依るところもありはするが。副次的な影響として、契約相手の魔法能力の一部を享受できる、というものがある。
それは、契約を元にして互いに魔力をやり取りするという性質を持つゆえであり。言ってしまえば、ほとんどの場合においては契約相手の得意とする魔法を扱えるようになったりする、という程度である。
それも、原理が魔力のやり取りである都合。距離が遠くなるにつれてそれらの恩恵も薄れていくわけで。本当に、副次的な効果として認識されているものだった。
とはいえ、それを目的とした契約などもありはする。特に、人間の魔法使いが多少無理をして精霊や妖精と契約を結ぶ場合、そういう理由であることが多い。
あくまで副次的な効果であるために、召喚時のみで、かつ、練度も低いものにはなるのだが。それでもなお、自身が苦手であったり未習得であったりする魔法を扱えるようになるというのは大きな差なのだろう。
……なお、それならば召喚した精霊や妖精に使ってもらったほうがいいだろうと思うかもしれないが。先述のとおり多くの場合において、人間と精霊、妖精における契約は人間側の不利な契約が多く。呼び出しても、あくまでいるだけで手伝ってくれなかったり。あるいは、それすら面倒で、契約の内容をイジって、魔力の貸与のみを行う形態なども存在したりしている。
そう。本来でいえば、この副次的な影響によって得られる恩恵というものは、その程度のものであり。更に言うならば、精霊側や妖精側からしてみれば、さほど旨味のない話であったりする。だからこそ、他のところで旨味を要求するのだが。
しかしながら、エアハルトとゼーレの契約においては、その例に収まらない、完全なイレギュラーだった。
距離がそれなりに近くである必要性はあるものの。ゼーレは、現在、自身の本来の魔法能力を超えての魔法を扱うことができる。
これは、エアハルトから契約を通してゼーレに渡されている魔力がそれほどに多いということであり、正直、ゼーレとしてもこんなケースはあり得ることは知っていても聞いたことはなかった。特に、精霊側が受け取り手としての場合は、なおのこと。
ゼーレは、精霊だ。上位の魔法生物として存在している彼女は、それこそほとんどの魔法使いよりかは魔法の扱いに長けている。……だからこそ、ほとんどの場合において、人間との契約で精霊側が有利になるように契約を結べるのだ。
だがしかし、今起こっている減少は、その通常の場合の全くの逆のケース。
契約の副次効果による魔法能力の一時的な向上には、契約者同士の圧倒的な能力差が存在しないとそもそも成立せず。
その恩恵をゼーレが受けているということは、つまり、ゼーレがエアハルトに圧倒的に負けている、ということを意味していた。
正直、契約を結んだときにそんな感覚を受けなかったわけではない。と、いうか。契約を結んでいたときの状況からして、自分が負けていること自体はその時点で明らかだった。
エアハルトは、ゼーレの仕掛けた罠。要求を全て看破してきた。
そうして契約に際して、ゼーレが要求した不平等な項目については全てが突っぱねられたのだが。しかし、そこで引き下がる彼女でもなかった。
全てとは言わない。ひとつでもいいから、契約を一部乗っ取り、強引にねじこもうと魔力を集中させたのだが。しかし、結局その目論見すら失敗した。
つまりは、ゼーレが全力を賭して、強引に契約を書き変えようとしたことに対して、エアハルトはキッチリ魔力で防御をしてきたのだ。
その時点で、ゼーレよりエアハルトが格上であることはわかっていたのだが。副次効果でのことを考えると、その差の大きさは相当なものだと、改めてわかる。……今からしてみるなら、下手に不平等な契約を結ばなくてよかった、と思えるほど。
なんなら、受けている恩恵を加味して考えるなら。契約内容が対等であることを考慮すると、この契約はゼーレにとってかなり有利なものだともいえる。
(しかし、本当に不思議というか。……欲のない人間だこと)
あまりにも対等すぎる契約に、ゼーレは驚いていた。
エアハルトは先述のとおり、ゼーレの提示した不平等な要求を全て突っぱねたのだが。逆にいうと平等なものについては普通に通されている。
そして、エアハルトが結ぼうとしてきた事柄についても。それを受け取ったゼーレから見ても、まさしく平等そのものだった。
もしかしたら、ゼーレが気づいていないなにかしらが潜んでいるのかもしれないが。曲がりなりにも精霊であるゼーレが、あまりにも大きな不利を見逃すはずがない。
つまりは、エアハルトは「名目上」対等と言われることの多い契約で。まさしく対等な契約を結ぼうとしたのだ。
正直、ある意味では阿呆の契約であり。
ある意味では、最強の契約でもあった。……名目上とはいえ、対等を謳う契約に於いて。真摯であるということは相手につけいる隙を与えにくい、ともいえるからだ。
とはいえ、少し恐ろしかったこととするならば。エアハルトがやろうと思いさえれば、この契約を乗っ取れた、ということだ。
それが可能なほどの実力差があり、そのうえで、対等な契約が結ばれた。
正直、ゼーレは自分につけ上がり癖というか。自身の実力を過信するタチがあるということは理解している。
だがしかし、その過信を乗せた上からでも、この契約はゼーレにとって幸運なものだと、そう思えている。
思えている、のだけれども。
じゃあ、それだけであれば悶々もするわけがなかった。……そう、その理由は、別のところ。
契約本体ではなく――、
「ああ、ゼーレ。そろそろまた頼んでいいか?」
「……また?」
リビングにやってきたエアハルトが、寛いでいたゼーレに向けてそう言う。
ゼーレはというと、少し面倒くさそうにそう返す。
「いや、別に嫌ならいいんだが。……その、食事は若干貧相になるぞ?」
「…………行く」
彼女は現在、エアハルトとルカの家に居候させて貰っていた。
精霊はどこかに定住することもあれば、駆け回っていることもある。ゼーレはそのどちらかというと……まだ半人前気味なこともあり、修行も兼ねて駆け回っていたところだった。そんな差中に、ルカに捕まってしまったというわけだった。
もちろん、契約を結んだだけなのでここに定住する必要性はないのだが。格上のエアハルトの元で修行をするのも悪くはないと思ったのが一点、周辺の環境整備がしっかりされているというのも一点。
といったような理由から、ここにいるほうがいい、と彼女は判断したのだった。
そして、そんな彼女に現在課されていることというのが。
「それじゃ、おつかい頼むな」
ただの、買い出しであった。
精霊との契約を、買い出しのために使うだなんてそんな話、聞いたことがない。
だがしかし、エアハルトはちょうどいい、と、そう言いながら。ゼーレにその仕事を課していた。
ゼーレとしても、食事は貰えるし、それ以外にも享受していることが多いので別に文句はないのだが。
「そういえば、契約を結ぶときにもちょうどいいって、そう言ってたよね?」
「うん? ああ、そうだな」
「あれって、どういう意味だったの?」
ゼーレがそう尋ねると、エアハルトは首を傾げる。
てっきり、わかっているものだと思っていた、と。そうとでも言いたげな表情をしながら、彼は言う。
「ずっと頼むときに言っていただろう? 買い出しに行くのが、ゼーレがちょうど都合がいい、と」
「……へ?」
エアハルトは買い出しをどうしようかと悩んでいた。
エアハルトは魔法使いとして指名手配されている。ルカも、どうしてだからわからないがエアハルトと同じく。だから、このふたりはあまり頻繁に街に出入りするのは望ましくない。
ミリアに頼むのも手ではあるが、あまり頼りきりになるのもよくはない。
そんなとき、監視の目をかいくぐる手段を持ち、なおかつ、人にも獣にもなれる。そんな存在がいれば、たしかに買い出しにはうってつけだろう。
うってつけ、ではあるが。
「まさか、それが理由で契約したの?」
「まあ、否定はしない。半分くらいはそのつもりがあった」
「……そっか」
なんというか、言葉にしにくい感情が湧き上がってきたゼーレではあったが。
理由はともあれ、彼女にとって相当に有利な契約を結べたのだから、いいか、と。そう割り切ることにしたのだった。




