#83 不平等な契約と乗っ取り
契約魔法は、名目上、対等な関係の上で結ばれるものとされている。
エアハルトはそう切り出した。
「名目上?」
「そのとおり。言葉の上では体裁とかを気にする都合、対等な関係ということになっている」
「つまり、実際は対等じゃない?」
ルカのその問いかけに、エアハルトとゼーレが揃って首を縦に振った。
「普通、契約を結ぶ際、ある程度の取り決めはその術中に相互の認識の上で行われるんだが。その際にどちらかが有利になって、どちらかが不利になるような形で結ばれるのがほとんどだ」
なんなら、エアハルトが結んでいる対非生物への契約などになってくると、相手に意思が存在しない都合、やろうと思えば相当に恣意的な感情を織り込んだ契約を結ぶことも可能だ。
可能なだけで、それを実行するかは別として。
「非生物相手の契約では? じゃあ、さっきやったみたいな、魔法生物相手での契約じゃ、好き勝手はできないの?」
「できないことはない。ただ、やらないほうがいい。なにせ、契約の内容は相手にも伝わってるんだ」
エアハルトの説明に、ルカが「あっ」と察する。
両者の了解のもとに結ばれるのが契約であり、当然ながらその内容は相手にまで伝わるのだ。
だから、無茶苦茶な内容で契約しようとすると、その内容はもちろん相手に伝わる。
「そして、それが理由で契約が無くなるだけならまだいいんだが。問題はそこじゃない」
「……えっ?」
「最初に言ったように、契約はもとより両者が対等であるという名目の上で成り立っている。だからこそ、その性質上、原則対等にしようとする動きは認められる」
「エアハルトはなにやら難しい言い回しで迂遠に言うね。もっと率直に言ってしまえばいいじゃない。ふっかけた要求に対して、それに見合う、あるいはそれを上回る要求をふっかけられても断ることができない、ということだ。……まあ、こちらも対等にしようとする性質上、あまりにも上回ってたら、断る余地ができるが」
しびれを切らしたゼーレが、パパッと内容を要約してしまった。エアハルトとしてはある程度まで説明して、自分で気づきを得てもらおうとしていたのだが。……まあ、話はまだ続くからいいとしよう。
「非生物相手での契約で、理屈の上では無茶苦茶な契約を結ぶことができる、というのはそういう事情が絡んでいる。相手からの返しの要求がないから一方的に押し付けることができるが、その一方でこの手の契約には代償があることがある。それを懸念して、多くの場合は無難な契約を結ぶことが多いが」
特段なにもない契約であればふっかけた分だけリターンが大きくなるが、仮に代償持ちの契約だった場合、その規模によっては最悪死に至るまであり得る。
また、場合によってはある程度の要求までの契約であれば無害だが、一定以上で代償が発生したりするものもあったりする。
「ただ、契約を結ぶ上で、誰しも自分のほうが有利になるようにしたい。だからこそ、バレないようにこっそりと、自分が有利になるように要求を仕込むんだ」
「もしもバレたら?」
「そのときは相手にその要求を取り下げるように求められるか、その分追加で要求を飲まされるかだね。……さっき、私がエアハルトからされたように」
ケッと悪態をつきながら、ゼーレがそう言った。どうやら彼女は、こっそりとなにかを要求しようとしてバレたらしかった。
「契約において、自分が有利になるように仕組む方法は、原則的には今言ったとおりだ。だからこそ、それに対する防御の仕方も、同様。相手が付けてきた要求をしっかりと見極める。ということになる」
「なんていうか、あれみたいね。契約書の隅々までちゃんと読めみたいな」
覚えがあるのか、ミリアが嫌そうな顔をしながらそう言う。
エアハルトは、あながちそれと違った話でもない、と。そう言いながら。しかし、その傍らで、ルカが「原則的には?」と。
「じゃあ、例外はあるの?」
「ある。それが、契約の乗っ取りだ」
そういえば、さっきそんな言葉をエアハルトとゼーレの会話から聞いたような気がする、と。ルカとミリアは顔を見合わせながら確認していた。
「乗っ取りっていうその言葉を聞く限りだと、とんでもなくロクでもないような事なきはするんだけど」
「ああ、正直とんでもなくロクでもないぞ。有効な活用方法がないわけじゃないが、基本的には悪用されることのほうが多い」
そう言いながら、エアハルトはまず、簡潔に説明をしてしまう。
契約の乗っ取りも、やっていること自体は先程までのことと大して変わらない、と。
「ええっと、つまり、自分に有利な契約をなんとか結ぼうとするってこと?」
「そう、そのとおり。ただ、その過程が大きく異なる。……言ってしまえば、最初に挙げた契約の大前提をひっくり返すことになる」
「早い話が、乗っ取りの成立した状態で結んだ契約では、乗っ取った側が自身の力量の通じる限り、自由に契約の取り決めをできるのよ」
エアハルトの言葉を、ゼーレがそう補完する。
「ちなみに、やり方はとーっても単純。契約中に無理やり魔力を流し込み続けて、契約の支配権を奪い取るのよ」
ニイッと笑いながら、ゼーレがそう言う。
契約は、本来両者の魔力をやり取りしながら取り決めを行う。それにより、お互いの融通を効かせていくのだが。
当然ながらそこで扱われる魔力を自分のものだけにしてしまえば、好き勝手できるわけだ。
「もちろん、これをやるには膨大な魔力と、それを十二分に扱えるだけの技量が必要なんだけど」
「妖精や精霊といった高位の魔法生物はそれらに長けている。だから、不用意にコイツラと契約を結ぶと、契約を乗っ取られて都合のいいように扱われるってわけだ」
「やろうと思えば、相手の技量次第では言いなりみたいにできなくもないからね」
クヒヒッと笑うゼーレに、ミリアは唾を飲み込み、ルカは少し怯えた表情を携えた。
そんな様子の空気に、エアハルトはひとつ小さく息を吐いてから。ゼーレの頭をコツンと叩いてから。
「必要以上に怖がらせるんじゃねえよ。それをやろうとして失敗したくせに」
「そっ、それは失敗したっていうか、精霊的にはまずは乗っ取りを試してみるのがいつものやり方っていうか。それよりも、なんだよそのお前のバカみたいな魔力量」
プンスコと怒りを顕にしながら、ゼーレがエアハルトに突っかかる。
「まあ、実際ゼーレが言ってるのもあながち間違いではない。が、それを実行できるのは本当にめちゃくちゃな力量差があるときだけだ。それこそ、あんまりにも格上と契約を結ぶとか、あるいは契約について無知であったとか」
そこまで言われて、ルカは納得したことがあった。
そういえば、さっき自分と契約をしておけばよかった、と。ゼーレが言っていた。あれは、契約について無知だったために防衛の手段を知らず、そのままに契約を乗っ取られかねなかった、ということだろう。
「……じゃあ、改めて確認しておくけど。契約や召喚と、植物召喚は別物ってこと?」
「ああ、そのとおり。全くの別物だ」
「じゃあ、私がその森人と契約を結ぶことも、できるの?」
ルカがそう尋ねると、エアハルトは少し困ったように首を傾げた。
「森人と出会うことができれば、可能といえば可能だ。だが、おそらくルカが思ってるようなことではないぞ」
実際に生きている森人と契約を結んでも、ルカのことを守ってくれたという森人と契約を結べるわけではない。あくまで、別個体と結ぶことになるだけだ。
それを説明され、ルカは少し落ち込んだ様子で「そっか」と。
そんな彼女の様子を見て、エアハルトは頬を軽く掻きながら。
「まあ、もとより植物召喚で育てた植物は素材から生育のエネルギーまでが魔力な都合、短命だ。だからこそ、知恵のある魔法生物が生まれることは稀なんだ。そんな中で生まれた森人のことだ。きっと、お前のことを守れて本望だったろうさ」
と、そう声をかけた。
ルカは、その言葉に。うん、と。小さく頷いていた。




