#82 少女は森人を思い出す
「ちなみにあなた、他に契約を持ってたりするの?」
「生物相手は持っていない。非生物なら、いちおう」
「非生物との契約? むしろそっちのほうが珍しいと思うんだけど。まあいいわ。なにはともあれ、1番目の契約っていうのなら、気分はそれなりにいいから」
ふんふんと鼻を鳴らしながら、ゼーレが上機嫌にそう言う。
そして、ニヤッと笑ってから。
「最後に確認だけど。わざわざ精霊である私に対して契約を持ちかけてるってことは、ちゃんとそのリスクも認識してるのよね?」
「ああ、もちろんだ」
「そう。それならいいわ」
エアハルトとゼーレが改めて向かい合うと、お互いになにやら呪文らしきものを唱え始める。
それがいったいどんな意味を持つ言葉なのか、ということはミリアにもルカにも全くわかりはしなかったのだが。
しかし、ルカの瞳には。たしかに、エアハルトとゼーレとの間で、魔力のやり取りが行われているということが見て取ることができた。
「これで契約完了だな」
「ふーん、思ったよりも強そうじゃない、あなた。気に入ったわ。……おかげさまで、契約の乗っ取りには失敗したけど」
「そもそもそのあたりの自信がないのに精霊相手に契約を挑むわけがないだろう」
「それもそうね。まあ、そういうことだから、これからよろしくね」
「それはこっちのセリフだ。……ちょうど、都合が良さそうだと思ってたところだ」
なにやらふたりだけで完結して話し込んでしまっている様子に、ルカは少しモヤモヤしながらその様子を見つめていた。
言いたいことについては、いろいろあって。しかしその一方で、あまりに感情がふわふわしていて。彼らにどう伝えればいいのかがわからない。
けれど、そんな彼女にも。ただひとつだけ、ハッキリとしている聞きたい事柄があった。
「ねえ、エア。契約って、なあに?」
まさかここでその言葉を聞くことになるとは思っていなかった。いつか時期を見て、自分から尋ねて見ようと思っていた、その言葉。
いつぞやのグウェルとの戦いのさなか。ルカが使った植物召喚に対して、彼が言った言葉。契約持ち。
彼の言った召喚獣などの言葉から見ても、それの意味するところが通常に人と人の間で交わされる契約のことでないのは明白だった。
むしろその言い方を鑑みるのであれば、今、ルカの目の前で行われているそれのほうがまさしく適当だろう。
エアハルトは、そういえば説明したことなかったな、と。ルカの方へと向き直すと、先程までゼーレとやりあっていた口調とは打って変わって、柔らかな声色で話してくれる。
「契約ってのは、今俺とゼーレがやったように。人間と魔法生物の間で交わされる、魔力による契りのことだ」
「厳密には、魔力を扱える異種族同士で、になるわね。私たち精霊も他の魔法生物と結ぶことがあるわ」
「契約の種類や在り方は様々だけれども。まあ、そのほとんどはなにかしらを手伝ってもらうために協力関係を結ぶ、という方がイメージとしては正しいかな。人や場合によっては、戦いにおいて召喚して、共闘してもらうような場合もあったりする」
そのエアハルトの説明に、ルカはピンとくる。
たしかに、あのときのルカは森人と共闘をしていた。
しかし、ルカには契約なんてものをしたような覚えはない。
「ねえ、その召喚って。植物召喚とはまた別物なの?」
「あら、あなた植物召喚が使えるの? 珍しいわね。……いや、魔法使いとして使えばする人、というだけならそこそこいるでしょうけど」
「ゼーレ、その話はまた後でにしてくれ。ややこしくなる。……で、結論から言うと全くの別物だ」
エアハルト曰く、植物召喚は召喚をしているようにも見えはする一方で、厳密には魔法による植物の急速成長だ、と。
つまり、植物召喚は魔力で生成した種を、魔法の力で超高速で成長させているというものであり。その一方で、契約などによる召喚は、この世界のどこかにいる契約相手を、一時的、あるいは恒久的に術者側に呼び出すというものだった。
「まあ、召喚にもメリットとデメリットがあるんだけどな。一時的な召喚なら、必要魔力は少ない代わりに召喚中はずっと、召喚分の魔力が常時使用されるため、自身の総量に見合わない召喚なら、魔力が圧迫することになる」
「逆に、恒久的な召喚ならめちゃくちゃに消費が発生する代わりに呼び切りの形になるから、時間経過で魔力の回復が見込める。……ま、その後で送り返さなきゃとかのことを考えるとそっちも大変なんだけど」
「ええっと、つまり。どちらにせよ契約がないと、召喚ってのはできないってことだよね?」
ルカのその問いかけに、エアハルトとゼーレが頷く。
認識としては正しかった。けれど、そうなるとやはり疑問が浮かんでくる。
ジッと下を俯きながら、ルカは少し考え込んでから。
「契約って、いつの間にか結ばれるってことは、ない?」
「ないな。ありえない」
「ええ、ありえないわ。相互に約束事を取り決める、みたいなものだから、一方的に勝手に契約が結ばれる、ってことはないわよ」
ここも、予想どおり。けれど、予想どおりであればあるほど、ルカの疑問が膨れ上がっていく。
ルカは契約なんて持っていない。もちろん、召喚の手段なんて、持っていない。
なのに、どうして?
そんなことを思っていると、今度はそれらの質問を不思議に思ったエアハルトが聞き返してくる。
「ルカ。どうしてそんなことを確認しているんだ?」
「えっ、と。この間、グウェルと戦ったときに言われたの。契約持ちか、とか、召喚獣が、とか」
「ッ!?」
「でも、私は契約なんてした覚えはないし、召喚なんてやり方わからないの」
だからなんでだろう、と。ルカは素直に疑問を顕にした。
「ちなみに、そのときに他の魔法は使ったか?」
「うん。必死だったからなにか出て! という感じではあったけど、植物召喚をつかったよ。だから、もしかしたらこれが関係するのかなって思ったんだけど」
けれど、植物召喚と召喚は全くの別物。関係は、ない。
……の、はずだったのだが。グウェルはそれを、召喚と誤解した。契約を結んだ、召喚獣だと。
「ちなみに、その時に出した植物について、覚えてるか?」
「……うん。グウェルに、燃やされちゃったけど。私のことを持ってくれたから」
未だに、少しの後悔として抱いているその光景。
ルカのことを守りながら燃えていった、森人の姿。
「グウェルは、森人って呼んでた。人みたいな、樹木みたいなのだった」
「森人……」
エアハルトがビックリしていると、その隣にいたゼーレが目を輝かせながら「ほほう、森人とな!?」と。
「植物召喚で森人を育てたのか。なかなかやるではないか。……ふーむ、こっちと契約しても良かったかもしれないわね。こっちなら、乗っ取れたかもしれないし」
「仮にそんなことをしようとして、俺が黙って見過ごすと思うか? とはいえ、森人を成長させたとなると。たしかに、相手は召喚と勘違いするかもしれないな。……そんなこと、できる魔法使いがほとんどいない」
「まあ、そこまで植物召喚を極めている魔法使いが少ない、とも言えるがな。なるほど、エアハルトもなかなかな魔法使いのようだが、こっちもそれなりのようだ。名前は?」
「えっ!? えと、ルカ、です」
ルカは少しモジモジしながら、そう自己紹介をした。
ルンルンと満足げなゼーレを視界の端に置きながら。エアハルトは、ふむ、と。
「ちょうどいいタイミングだし、契約について。しっかりと教えておこうか。不用意にやると、危険な術でもあるから」
と、そう言った。




