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#81 少女たちは精霊に出会う

 ルカのその言葉に、エアハルトとミリアが急いで駆け寄る。

 近づいてみれば、そこにいたのはじたばたと暴れているなにかと、それに覆いかぶさるようにして捕まえているルカ。


 エアハルトたちが近づいてきたのをに気づいた彼女は、それをぎゅっと抱きかかえると。そのまま持ち上げて、ふたりに見せる。


「……えっ、動物?」


「に、見えるかもしれないが。残念、惜しいな不正解だ」


 キャウ、キャウ、と鳴きながら抵抗の意思を見せている銀色の狼のようなそれを、エアハルトは首根っこを掴みながら持ち上げる。

 ルカはちょっとかわいそうだな、と思いながら手を離して彼に任せると。エアハルトはそいつを自身の顔面の前まで連れてきて。そして、目を合わせる。


「俺も、実際にコイツを見かけたのは初めてだけれども。……まあ、なんというか。話が通じにくいから、姿をこっちに合わせてくれないか?」


 エアハルトがそう言うと、シュンとした様子をせながらそれは姿を変える。


「えっ、女の子!? でも、ちっさい!?」


「でもないんだよ。いや、厳密には人ではない、が正しいか。そうだろう? フィーリル」


 エアハルトが持っていた部分は衣服のようになり。真っ白い、一枚繋ぎのワンピースのような服を着た少女は。ぴょこぴょこと獣のような耳が、銀色の髪の毛に混じって生えていた。


「その呼び方はお前たち人間が勝手に決めただけのものなんだけれども。……まあ、そのあたりを掘り下げても話がまとまらなさそうだから、いいか」


 エアハルトが彼女をちょこんと地面におろしてあげると、少し偉そうに胸を張りながら、フィーリルは話し始める。


「私はお前たちの言うところによるフィーリル、自然、特段生態の環境を司る精霊の一族で――」


「まあ、難しい話は置いておいて。雑に言うなら魔法生物――その名のとおり、魔法を扱える生物ってことだ」


「おい! なんだその適当な説明は! それでは私たちの威厳というものが」


 フィーリルからものすごい抗議の声が飛んできているが、エアハルトはそれを無視しながら話を続ける。


「本来、ヌラヨカチの樹にの香りには、魔法生物は近寄ってこない。だからこそ、ここに俺たちは家を建てたんだが」


 そう。エアハルトはルカとの家を造る際に場所選びとしてここを選んだのは、ひとつは街から近いということ。そしてそれ以上に、ヌラヨカチの樹がそこにあったからというものがあった。


 もちろん、エアハルトの領域制圧(ドミネート)によってそのあたりを制御しても良かったのだが、複数の効果や対象を追加すればするほど術は複雑化し、メンテナンスの頻度や魔力の補給の頻度が上昇する。

 また、主目的である隠れ家(ヒドゥンエリア)への全体から見たリソース比も落ちるため、安全性を最優先する場合、可能な限り術式はシンプルな方がいい。


 そうなると、ヌラヨカチの樹があるだけで魔法生物を避けられる、ということはこの上ない利点であり。それもあってヌラヨカチの樹の近くに家を建てることにしたのだが。


「ヌラヨカチの樹にはひとつだけ弱点がある。それが、ヌラヨカチの樹による魔法生物避けは、妖精や精霊といった生物には効かないということだ」


 そして、先程フィーリルが自称していたとおり、彼女は精霊である。つまり、ヌラヨカチの樹の匂いの影響を受けず、近寄ることができる。

 また、魔法生物であるために。領域制圧(ドミネート)の影響も受けることはなく。その結果として、ここまで辿り着くことができたということになる。


「まあ、そうは言っても妖精や精霊については、基本的には人間に対して害をなすことは少ないから、問題はないと思っていたんだけれども。……まあ、強いて言うならイタズラが好きというのはあるが」


 エアハルトがそっと彼女に視線を向けてやると、どうやら自覚があるらしく、そーっと視線を反らしていく。


「べ、別にアレは、置かれてたものを持っていっただけだし」


「そうじゃないってことは、お前自身が一番よくわかってるだろ」


 ため息混じりのエアハルトの言葉に、フィーリルは苦い顔をする。


「まあ、その、なんだ。ミリアなんかは物が無くなったときに、ダグラスさんたちに妖精さんが持っていったんだ、とかそういうことを言われたことはないか?」


「へっ? あるけど、あれってただの子供騙しの言葉なんじゃ――」


 ミリアは、そこまで言いかけて理解する。ちょうど先程、自分たちの目の前でサラダがなくなるという事件が発生して、その犯人こそが今、自分たちの前にいるフィーリル。彼女は、精霊と呼ばれる存在なわけで――、


「もしかして、あの言葉って、ただの子供騙しじゃないってこと!?」


「半分くらいはそのとおりだな。少なくとも、今の世代を生きる人物で、正しくそれを理解しながら使っている人は限りなく少ない」


 昔はまさしくそのとおりの意味として使われていたそれらの言葉が。使われ方だけが残り、今に伝わっている。

 だがしかし、現代においても本当に物がなくなる理由として妖精や精霊が関わっていることはあり。ある意味では、そういった不可解な事象への「大人たちの」納得なための言葉としても存在していた。


「こいつらは、姿を隠すとか高速で移動する、といった方法で人間から見つからないように行動する。おそらく、さっきサラダが盗まれたときも、そういった方法でやられたのだろう」


 そうして盗み出し、逃げおおせて。もう安全だと森の中で安心していたところを、


「まさか、こんな小娘に捕まるとは思ってもみなかった。痕跡は残さないようにここまで来たはずなのに」


 彼女が言う痕跡とは、足跡などはもちろん、魔力の跡のことも含まれているだろう。実際、エアハルトでも辿れるかどうかというようなレベルの魔法の残滓しか、ここまでの道に残っていなかった。

 それに気づけたのも、ルカがこちらにある、と先導していたから。そちらに注視していたからこそ気づけた、というレベルだ。


 小娘、と言われたルカはちょこっとだけ不機嫌そうな様子を見せて。しかし、フィーリルはそんなことは気にせずに話を続ける。


「姿は隠していたはずなのに、よくわかったね」


「うーんと、魔力の跡を追ってきたら、いたって感じ? だから、よくわかんない」


「ふーん、まあ、私の魔法制御もまだまだってところなのかしらね」


 フィーリルは、悔しそうにそうつぶやく。

 しかし、フィーリルもルカも。理解していないミリアも、この会話のとおりなのだろう、とそう思っている一方で、エアハルトだけはそうではないと確信していた。

 彼女の魔法制御は相当なものだ。そこは、彼女自身の自信に間違いはない。

 ただ、計算外だったのはイレギュラーなルカの存在。


「……なあ、フィーリル」


「うーん、なんか、やっぱりその呼ばれ方納得行かないわねぇ」


「ふむ、たしかにそれはそうかもしれないな」


 言われてみれば、自分たちに対して「人間」と呼ばれているようなものか。なら、彼女が納得行かないのもわからないでもない。


「なら、なんて呼べばいい?」


「ゼーレよ、私の名前。まあ、ゼーレ様とかそういうふうに――」


「ゼーレ、それじゃあ少し提案があるんだが」


 エアハルトが続きを気にせず、そのまま呼び捨てをする。ゼーレはムッとした表情をするが、すぐにエアハルトの話に意識を戻す。


「俺と、契約を結ばないか?」


「……へぇ、精霊に対して契約を結ぼうだなんて。なかなか度胸があるじゃない。相当に魔法に自信があると見たわ」


 ジッ、と。エアハルトとゼーレがお互いに視線を交わし合う。


 そんなそばで。ルカは「契約?」と。どこかで聞き覚えのあるような、そんな言葉に首を傾げていた。

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