#8 大罪人と少女は静かに話す
革袋が机に置かれた。ジャラジャラと、そこそこ重そうな音がする。
「換金ありがとうな」
「いいのよ。私にも利益あるし。あ、貸した金と外套代、それから12%は差っ引いといたからね」
「おう。ありがとうな。……ところで、ルカの服代はどうした?」
革袋の中に入っているお金を2、3枚指でつまみ、エアハルトはそう聞いた。
「ん? ああ、アレはサービスでいいわよ。どうせ置いておいても何に使う訳でもないし、それなら使う子に渡ったほうがいいじゃない?」
「そう、いうものなのか? まあ、そういうことならありがたく受け取るが」
「まあ、子供用の靴は流石にないから、それはまた買ってきてあげる」
「……ありがとう。買ってきたらちゃんと金額は控えておいてくれ」
「もちろん」
お金を元に戻し、だいたい握りこぶし程度に膨らんだ革袋をズボンのポケットに収めた。
「これからどうするのよ」
ミリアが訊く。エアハルトは指を顎に当てて考えて。
「そうだな、まずは資金集めをしないといけないからな」
「あら、エアハルト。あなたがお金に興味を示すなんて」
「まあな。やらなきゃいけないこと……いや、やりたいことが見つかったからな。とりあえず、明日にでも手頃な宿でも探して、それから街の外で狩りでもしてくる。換金のときはまた頼む」
「ルカちゃんはどうするのよ」
チラリ、と。二人の視線が近くのソファに向く。そこにはとても心地よさそうに眠っているルカが。
『いえ、ここで大丈夫です! むしろ床でもいいくらいなので』
ミリアが自身のベッドを使って寝たら? と提案したのだが、断固として拒否。結局、互いの意見を妥協し合い、ソファで眠るということになった。
ちなみに、ミリアが寝に行くとき、一緒にベッドに連れて行く予定だったりする。
「ルカは、宿に置いていく。そのための宿だし、何よりルカを危ない目に会わせる訳にはいかない」
「…………」
「どうした、黙り込んで」
ミリアが俯いて、エアハルトがそれを気にした。けど、このままでいるわけにもいかないか、と。ゆっくりと顔を上げて、小さく呟く。
「…………ったらダメなの?」
「何がダメなんだ?」
「……っ! ちゃんと聞きなさいよ! ここに泊まったらダメなのって聞いてるのよむぐう!」
ミリアの口に手が押し付けられる。もご、むがあ! と、抵抗の様子が見られたが、抑え込まれていた。
そしてしばらくして、抵抗が落ち着いた頃。エアハルトが手を外した。
「ちょっと、何を――」
「静かにしてくれ。寝てるんだから」
ハッとしてルカは自身の口に手を当てた。忘れていた。ついつい大きな声を出してしまった。
(……いや、待てよ? いくらとっさの判断だったとはいえ、あの行為はやりすぎではないか? 声もかけずに口を手で塞ぐなんて)
仮にも、乙女(?)に。
「ところで、さっきの質問だがな」
「ん? ああ、ここに泊まったらどうなのよ。お金貯めなきゃいけないのなら、うちに泊まって節約したらいいのに」
「ああ、その申し出はありがたいんだがな、遠慮しておく」
その言葉に、ミリアは少し目線を下げた。
「またあれ? 恩義には礼儀を。行為には対価をってやつ?」
「それもあるが、それ以上に」
俺がここにいると、ミリアやダグさんに迷惑がかかる。
「お前さ、忘れてないか? 眼の前の男が罪人。それも国家反逆罪とも言われるレベルの大罪人ってこと」
「忘れてなんか……ないわよ」
「じゃあ、まさかそれを踏まえた上でこの家に何日間も俺を留めようとしてるのか? そのリスクを考えたか?」
「考えてるわよ! でもそれ以上に私はあな――っ!」
またも口に手を当てる。全く忙しない。そう思いながらエアハルトはミリアの言葉の続きを待った。
「よく考えてみなさい。ルカちゃんみたいな小さな子をいくら宿屋とはいえ、一人にしておくってどういうことなのか。心配にならないの?」
「……ふむ、なるほど。確かにそれもそうだ」
「ここに泊まれば、私が見ててあげるわよ。といっても、私は勉強しなきゃだから、それに並行してってことになっちゃうけどね。……で、これでもまだ宿屋に泊まる?」
宿屋と違って宿代は必要にならず、その上ルカの相手をしてくれる相手もいる。ミリアの突きつけたその好条件に。
「確かに、そうした方が俺としてはありがたい……しかし」
「だーもーうるさーいっ! もがあっ」
またも口を塞がれる。けれどすぐに気づいたのだろう。今度はちっとも抵抗せずに落ち着いた様子になった。手が離される。
「……全く、あなたって人は本当に強情ね。そういう意味では私もかなりの強情なのだろうけど」
少し苦そうに笑ってミリアは言葉を続ける。
「とにかく、ここまで言ってるんだから、断るのも逆に失礼よ? それに、あなたがここに泊まることが迷惑だなんて思ってないから安心して。今まで一度思ったことないから」
もし誰か来ても、私が追い返しちゃうから! しつこいようならこのミリア自慢の拳で……! なんちゃって。などと、フザケてみるミリアの笑顔は、割と無理に作られているように見えた。
「……ありがとう、ミリア。恩に着る」
「いいのよ、エアハルト。私こそ、あなたに返しきれない恩があるのだから」
こうして、両者が感謝のために頭を下げるという、奇妙な光景が出来上がった。
「じゃ、行ってくる」
「うん、いってらっしゃい、エア」
「ちゃんと生きて帰ってくるのよ?」
ミリアの家の勝手口。そこからエアハルトが外へと出ていった。玄関口よりか質素で小さな扉だが、路地裏に直接入ることができ、あまり目立たずに動くことができる。
外套できっちり体を隠して、外見だけではただの旅人に見える。
ギイイ、バタン。扉が閉まった。そしてその直後。
バッと、ミリアの視線がルカに向いて、その真っ赤な瞳と合う。
そのルカはというと、突然すぎることで少し理解が遅れてはいたものの、少し引き気味の表情で。しかし体は硬直してしまったのか、不自然に後ろに出しかけた足と、とても奇妙なことになっている。
「それじゃ、ルカちゃん」
「な、なんですか?」
そうだ。こんな素晴らしい大義名分を得たんだ。使わない手はない。もとより今までずっと妹が欲しかったんだよ。こんな純粋で素直なかわいい妹が。
妹ではないものの、妹みたいな感じの子が今目の前にいて、その子と一緒にいてもいい、というか一時的にとはいえ預かっているのでむしろ私の妹みたいなものになるのだろう! そんな半ば無茶苦茶な思考で埋め尽くされたミリア。そして、口を開いた。
「今から、一緒に買い物行こっか!」
「ふぇっ!? ……え、あ、えと」
「ねえ、いいでしょ? ねえ!」
「は、はいっ! ……あ」
思わず返事してしまい、絶望顔のルカ。しかし、そんなことお構いなしに喜んでいるミリアは、
「よーし、それなら今すぐ準備するよー! 時間は有限なんだし!」
下手に連れ出して、エアハルトより後に帰ってきて、バレたらめんどくさいし。
「色々行きたいところはあるしね!」
その後ろ姿からも、今の彼女の心境が伺えそう。それくらいに高揚した様子でミリアは自室へと向かった。
「うう、何か、ミリアさん苦手なんだよな……」
嘆き気味にルカがそう呟く。
「体にベタベタ触ってくるし、色んな服を無理やり着せてきたし、何か朝起きたら一緒にベッドの中にいたし」
ソファで寝たはずなのに、と。
(でも、布団フカフカだったなあ。あんなのに、寝たことないや)
少しだけ、感動していた。あんな布団あるんだ、と。
というか、最後に布団で寝たのっていつだっけ、と。
「ルカちゃーん、私は用意できたよ! ルカちゃんは?」
「あ、大丈夫、です」
「よーし、それなら出発だー!」