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#78 少女と特訓

「エアハルト? ルカちゃん? いるー?」


 旅行からふたりが帰って来たから、ひと月ほど。

 森の中。ミリアは草を踏み分けながら。誘導に従いつつ歩いていく。

 家へと繋がる道なのだから、せめて獣道程度には草を踏み固めて置いてくれてもいいじゃないかとぼやくが。そもそもここが彼らにとっての安全地帯(セーフハウス)であり、その当人たちが指名手配犯であるということを思い出した。


(厳密にはルカちゃんはまだ指名手配されてるわけじゃないし、エアハルトだって悪いことをするような人じゃないんだけど)


 けれど、それをミリアが知っていたところで世間からの評価、受け入れられるか否かというところが揺らぐことはない。

 エアハルトに焼き付けられた烙印は、まさしく大罪人というそれで。それゆえにこうして隠れ家を作ることになった。


 この家へと続く道が整備されていないのは、そういう都合もあるが。それ以前に、ここを通る人がほぼいないということにも起因する。

 この家には、エアハルト曰く魔法による防御がかけられており。外からの観測や侵入が原則不可能になっている。

 なんでも、特定の手段を踏まないと「なにもないように見える」し「近づくと元の道に戻される」らしい。ミリアには理屈がわからないが、魔法のことなので考えるだけ無駄だろう。

 ミリアの持っている指輪も、その特定の手段のひとつだった。

 つまり、この家に近づける人間がほぼいないことと同義であり、唯一と言ってもいい往来者のエアハルト、ルカ、ミリアでさえ然程頻繁には行き来しない。


 もう少し頻繁に通って、道を作ってやろうかしら、と。そんなことを冗談っぽく思っていると、ミリアの視界がだんだんと開けてくる。


「おお、やるとは聞いてたけど。ほんとにできてる」


 目の前に広がっていたのは、畑。しっかりと耕されたそれらは、真っ直ぐに並んだ畝もあって、地味ながらに壮観であった。

 その様子を眺めていると、ちょうど畑の向こう側で作業をしていたらしいルカがミリアの来訪に気づき、その手を振りながら駆け寄ってくる。

 ものすごい、速い足取りで。


「ミリアさん! いらっしゃい!」


「あっ、うん。……なんか、以前に増して脚が速くなってない?」


「えっ、そう? えへへ、最近エアに特訓されてるから、その成果が出てるみたいで嬉しいな」


「特訓? ……なんの?」


 そんなことを疑問に思っていると、そんなふたりに気づいたようで、エアハルトが歩きながらやってくる。


「ミリア、来てたのか」


「まあね。それとも来られてまずいことでもある?」


「まさか」


 冗談混じりにミリアが言った言葉を、エアハルトは飄々と返してみせる。

 そもそもミリアにその指輪を渡したということは、好きな時に勝手に来ていいという意味を含んでいる。


「それで、今日はなにをしに来たんだ?」


「うーん、なにをしに来たというよりかは、特に理由はないというか。……強いて言うなら、様子を見に来た?」


 畑を作る、と聞いていたから。その様子を。

 そして、もし手が必要そうであれば手伝いを、と。そう思ってきたのだが。


「どうやら、その必要もなさそうね。開墾からの作業になるから、すごく大変だろうと思ってたんだけど。まあ、エアハルトが手伝えばそこまでかからないか」


「うん? ああ、ここの畑については、ほとんどルカが独力で開墾したぞ?」


「……はい?」


 ミリアは耳を疑う。聞こえた言葉が聞き間違いだろうと、聞き間違いであってくれと、そう願いながらルカへと視線をずらすと、彼女もコクリと頷く。

 同時、ふつふつと湧いてきた感情に。ミリアはギュッと拳を握りしめて。そして、彼へと詰め寄り。


「エアハルト!? あんた、開墾作業がどれだけ大変かわかってるの!?」


「もちろんわかってるぞ。お前と同じく、俺も農村の出身だからな」


 ミリアも、元は農村の出身だ。今彼女が街で住んでいるのは、かつて住んでいた村が魔法使いの襲撃で壊滅し、追いやられてしまったため。

 しかし、そんな命の瀬戸際に追いやられる原因が魔法使いであったと同時に、それを助けたのも魔法使い――エアハルトだった。


「たしかに大変なのは事実だか、おそらくミリアが思っているほどではないぞ。魔法でやってもらったからな」


 ルカ自身の魔法の訓練も並行して、と。エアハルトがそう説明する。

 事実は事実なので、ルカが慌ててそれに同意をするが。ミリアはイマイチ信用しきってはいない様子で、怪訝な目でエアハルトを見つめる。


「ルカちゃん? 無理なことは無理って言っていいのよ? もし無茶苦茶なこと言われてるなら私に言ってくれたらあいつのこと一発二発くらいなら代わりに殴ってあげるから」


「おいミリア。お前、俺のことをどういうふうに思ってるんだ」


「なんでもないですよーだ」


 フン、と。ミリアはそっぽを向きながらにそう言う。

 エアハルトが少し困りながら頬を掻きつつ、彼女の様子をうかがう。

 畑を手伝うつもりがあってきた、というだけあって。その服装は汚れても問題なさそうな、なおかつ動きやすそうな服装であった。


 畑仕事は正直手伝ってもらうほど残ってはいないのだが、ルカがやるべきことはそれ以外にもあって。

 ちょうど、そちらの手伝いをしてもらうのにはよさそうではあった。


「それなら、せっかくだしミリア。手伝ってもらいたいことがあるんだが、大丈夫か?」


「ええ、任せて!」


「それは助かる。それじゃあ、ルカの特訓に付き合ってやってくれ」


「うん! ……うん? ルカちゃんの、なにを手伝えって?」


「特訓だ」


 言われて。たしかに先程、彼女は最近特訓をしていると言っていたのを覚えている。そのおかげもあって、かなり動けるようになった、と。

 だがしかし、忘れてはいけない。ルカは、魔法使いである。もちろんエアハルトも魔法使いなわけで、その二人が行っている特訓。


「無理無理無理! えっ、だって私、普通の人間だよ!?」


「もちろんわかってるが、なにか問題があるか?」


「問題もなにも、私じゃ太刀打ちできないよ!?」


「……ああ、安心してほしい。別に魔法の訓練をするわけじゃない。基礎的な体力づくりの方だ。ミリアもなんだかんだでデスクワークが多かったろうし、ちょうどいい機会だろう」


 しれっと放たれたエアハルトのその言葉がグサリと刺さる。実際、最近は勉強で机にくっついていることが多くて運動不足だったのも事実だった。


「でも待って、私、ルカちゃんについて行けるかわからないよ?」


 だがしかし、それであればなおのこと、運動不足なミリアではついて行けない気がする。

 少なくとも、先程彼女がミリアを見かけてからやってきたときのあのスピード。到底あれに追いつけるとは思わない。


 ミリアがそう言っていると、どういうことだ? と、エアハルトがしばらく考え。その傍らで、ミリアの意図を理解したルカが口を開く。


「えっと、大丈夫。特訓のときは、魔法使わないから」


「魔法……ああ、なるほど」


 ルカの言葉にエアハルトが納得し、その一方でミリアは呆然としていた。


「まあ、その、なんだ。ルカの身体能力については見た目相応と思っていい。……たぶん、めちゃくちゃ機敏に動くこいつを見たんだろうが、それは一旦忘れていいぞ」


 いくらミリアが運動不足でも、現状のルカで彼女に勝てる道理はない。と、そう思っていたエアハルトとルカ。

 一方で、ものすごい動きを見せられた身としてついていける気がしないとそう感じていたミリア。

 そんなこんなで考えが行き違いしていたのだが。当然それをミリアがわかるわけもなく。


「まあ、とにもかくにも。とりあえずは体力づくり。走り込み、行ってこい」


「うん!」


「え、ええ……? わかったけど」


 元気よく返事をするルカと、戸惑いながらも答えるミリア。

 二人ならんで走り出したことを、エアハルトは見届けた。

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