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#77 少女は抜根する

 土塊(クレイ)は本来、土を生み出すか操るかして、形作るという魔法である。

 そのため、実のところを言うとエアハルトがルカに命じたことは少し難しい。


 目的の形に成形していく、ということに集中すればいい本来の使途と比べて、開墾のために利用するという今回の使い方は、やっていることは同じく土の操作ではあるものの、その難易度が大きく変わる。

 大雑把に、語弊を恐れずに言い切ってしまうのであれば。土をかき混ぜて柔らかくしていく、というのが目的である。それだけを聞くと成形する本来の使い方のほうが難しそうに見えるが、実際は全くの逆。


「ぐぐぐぐぐぐ……」


 地面とにらめっこしながら、ルカが唸る。

 彼女の視線の先は、地面。目視でその変化を見届けることは難しいが、現在、彼女は土塊(クレイ)によって地面の中を弄っている最中である。


 一瞬の成形に、あるいはその形からの変化に。そういった瞬間の集中に特化すればいい土塊(クレイ)の本来の使途と比べ、今彼女がやっているのは、常時、一定の力で地面の下の土を混ぜていく、という作業。

 要求される集中力も、精神力も。そして、魔法としての技術も、その全てが実際の土塊(クレイ)の一等上を行く。


(とはいえ、思ったよりは順調そうだな)


 視界の端には入れつつ、エアハルトはエアハルトで作業を進めていく。

 さすがに最適性の地属性の魔法、それを命令式ありで発動させているということもあり、その制御に関してはかなりの精度を誇っている。

 そもそもルカは順序としては珍しくはあるが、こういった攻撃に転用する魔法よりも先に身体強化の魔法を扱っている。

 つまり、魔力操作に関する精度で言えば、初心者魔法使いとは大きくかけ離れ、下手をするとその点限りで言えばそのあたりを疎かにしている魔法使いよりうまく使える。

 もちろん、身体強化自体が素の身体能力依存でもあるので、それが子供並みであるルカからしてみると同等の精度で強化しても強化幅は控えめだし、ルカ自身が身体強化以外にほとんど魔法を扱えないため、やはりどうしても他の魔法使いとの戦いとなると劣勢を強いられるのは間違いないが。


「今のところは、口出し不要かな」


 そう言いながら、エアハルトは鎌鼬(エアスラッシュ)で樹木を切り、制限付き反重力(フロート)で倒れてきた木を浮かせて運ぶ。

 あとで枝を払って、割って、乾かして。燃料の薪にする。


「ああ、ルカ。こっちまで来たら、でいいから。抜根も頼むぞ」


「げっ」


 そういった瞬間、おそらくルカの魔力制御がブレたのだろう。バシャッと噴水のように土が地面から吹き出してくる。

 ルカは慌てて魔法を止めるが、しかしそのせいで制御が効かなくなった土が上から降り注いでくる。


「…………」


「あー、大丈夫か?」


 エアハルトがそう聞く。大丈夫か大丈夫でないかで言えば、大丈夫。柔らかくしている途中の土なので塊はなく、また、然程高いところから落ちてきたわけでもないから痛いわけでもない。強いて言うならば汚れはしたのだが、元より汚れるのは承知の上での作業なので、それも無問題である。


 ルカにとって大問題なのは抜根のほうであり。

 実際に彼女がやったことあるわけではない。だがしかし、その様子を遠巻きから見たことはある。

 ……というか、やったことがないというよりかはやれるはずがなかった、という方が正しい。大の大人が数人がかりで周囲を掘り、力を合わせて樹木の根を引っこ抜く。

 その根の固定力といえば普通の雑草などとは到底別物で、まさしく開墾における最大の敵とも言えるであろう存在だ。


 そして、それをあろうことかエアハルトは、ルカにひとりでやれ、と言ったのだ。気が動転するのも仕方ないことだろう。


「だが、土塊(クレイ)ならやれるだろう?」


「あっ」


 言われて、理解する。土塊(クレイ)は、土を操作することができる。その性質を逆手に取りながら、なおかつ、精密な操作をきちんと行うことができれば。

 魔法の力で、直接樹木の根を掘り出し、抜き取ることができる。


「まあ、やるときは俺を呼べ。さすがに全くの別とまでは言わないが、今やっている作業とは気を向ける方面が違うからな」


 精密操作、均等な力加減。というところを重視する土作りと、力強く、かつ抜き残しのないように、というところに重きを置く抜根。どちらも難しく、そして、厄介であることには間違いないのだが。

 特に後者については、魔力のブレが大きくなりやすい。抜くために大きく力をかける都合、許容上限付近になる可能性も考えなければいけない。


 そのため、なにかあったときにすぐさまエアハルトが対応できるようにしておくほうが無難である。


「それじゃ、頑張れ」


「あっ、ちょっと!」


 エアハルトはそうとだけ言うと、手をひらひらと振りながら畑予定地から離れていく。

 見守る必要があるため、然程遠くまではいかないものの。とはいえここから先の手助けは必要最低限。ルカの魔法を鍛えるための訓練になる。

 ルカもそれをわかっているからこそ、どこに行くのなどと強く反論することもできず。遠巻きからこちらの様子を伺っているエアハルトのことを視認しながら、ちょっとだけぶつくさと文句を付きつつ、作業に戻るのだった。






 パタン、と。

 家の中に入るや否や、ルカはその場で床に大の字で倒れ込む。


「疲れた……」


「お疲れ様」


 エアハルトはそう労いの言葉をかけつつも、寝っ転がる前に風呂に入ってきな、と促す。

 ルカが疲れ切るのはエアハルトとしても想定内であったため、予め風呂は沸かしてあった。


「うう、もうちょっとしてから……」


「そうか」


 疲れと、それから若干の胃もたれを感じながら。ルカはそのまま脱力する。

 魔法の出力、魔力の精密操作、魔法の精度。それらに関しては、また一段と練度が上がってきたルカだったが、その代わりといってはなんだが、未だに彼女自身の持つ魔力量に関しては大きく変化をしていない。

 現在の魔力の許容上限を鑑みると、実用上ではそれほど問題になるようなことではないのだが。その一方で、こうして魔法を継続的に使い続けるとなると、こうしてそのツケが回ってくることとなる。


 足りない魔力は栄養の補給を以て行うことになるのだが。それすなわち無理矢理にでも経口で栄養を摂らなければならないということでもある。

 後半になればなるほど、無理矢理にでも水で押し込みながら作業をすることになり。栄養がたりていないのにお腹がいっぱい、という。なんとも気持ちの悪い環境の中で作業をしていくことになった。


「……ふむ、体力づくりが必要かな?」


「それって、どういうことをするの?」


「シンプルだ。例えば走り込みとか、筋トレとか」


 その内容に、ルカはうげぇ、と。苦い顔をする。

 でも、身体強化の補助があれば楽になるかな? と思いかけた彼女に、追い打ちと、それから退路潰しと言わんばかりに、エアハルトが魔法は禁止だぞ、と補足する。


 当然といえば当然。ルカに足りないのは魔法に頼らない身体能力であり、そこを魔法で補填し続ければいつまで経っても成長しないことになる。


(ミリアなんかは、こんなにかわいいのにそんなことさせるの!? って怒りそうなものだが)


 だがしかし、ルカという人物の置かれている立場や環境を考慮すると、これらはできるに越したことがない。

 魔法使いという存在は、いつバレて社会から切り離され、頼りを喪うことになるかはわからない上。


(あの謎の手配書もあることだしなあ)


 そんなことを思いながら、ふとエアハルトがルカの方を見ると。うつらうつらと夢心地一歩手前。


「おい、ルカ。寝る前に先に風呂に入ってこい」


「ふにゅ? ……はっ! えっ、と、いってきます!」


 彼女は驚き飛び起きると、そのままパタパタと足音を立てながら風呂場へと向かった。

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