#76 土塊と命令式
「土塊?」
エアハルトから投げかけられたその単語に、ルカは首を傾げるばかりだった。
エアハルトは困惑半分、納得半分といったような様子を見せ、なるほど、と。
「やっぱり、グウェルに向けて使ったアレは、暴発だったか」
エアハルトのその言葉により、ルカはなんのことを話しているのかということをやっと理解した。
ファフマールでの戦いのさなか、ルカはグウェルからの攻撃を退けようと、必死で魔法を発動した。
件の戦いにおいて、ルカが正体不明なままに使ってしまった魔法は3つ。そのうちのひとつで、名前から察するにおそらくは。
「土をドーンッてやつ?」
「……そうだ。その土をドーンッてやつだ」
ルカの喩えに一瞬戸惑ったエアハルトだったが、きちんとそれに乗っかっておく。
土を生み出し、あるいは操り。形を造って適応させる。それが土塊という魔法だった。
「系統としては地属性の魔法における、造形魔法の一種のようなものだ」
大なり小なりの差異はあれど、創造の経験のあるルカにはこの説明が最も適しているだろう。
同時、旅の途中で創造に四苦八苦した覚えのあるルカは苦い顔をする。思い出したくないと言わんばかりに。
「とはいえ、偶発的な発動ではあったものの、そのどちらに於いても経験があったことが少なからずの理由だろう」
ルカは地属性の魔法にとりわけ適正がある。それに加えて彼女の性格も鑑みて、自然魔法、植物召喚を主に使っているが。しかし、大元をたどれば地属性を使っていることに変わりはない。
そして、四苦八苦したとはいえ創造――造形魔法に触れており、ある程度扱えるようになっていた。
それらのベースがもとにあったからこそ、彼女の想いに応えて魔法が暴発、発現したと考えられる。
「じゃあ、私はその……土塊? を使えるってこと?」
「そのことに間違いはない、のだが。……以前言ったように、魔法というのは強力な力である一方で、危険をも孕んでいる」
エアハルトのその言葉に、ルカはバートレーの姿を思い起こした。
エアハルトとの戦闘後、許容上限を超えた魔法の行使により彼の腕にはひどい火傷ができていた。それ以外にも過剰な身体強化の影響か、全身がまともに動かない状態で、エアハルトに担がれなければ動くことすらままならなかった。
ルカは魔法を暴発させた。そのとき、彼女の身体になんら反動がなかったのはある種の奇跡とも言えるものだった。
彼女自身がまだまだ未熟であり、同時に、成長途上であった。だからこそ、伸びていたところが大きく、なおかつ自身の許容上限を低く見積もっていたことが幸いした。
そういった偶然と必然とが折り重なり、ルカは土塊を無反動で発現させられていた。
「だからこそ、このままではまともに使えない」
「うっ……」
エアハルトの指摘に、ルカがうなだれる。
それは、使えないという宣告をされたということもあるが。どちらかといえば、そう言われるのがわかっていたから、というところもある。
ルカも、あれ以来実際にやろうとしてみたことがある。雨を降らせる魔法と、土の壁を作る魔法と。
だがしかし、うまくいかなかった。できなかった。
「そういうわけだから。……農業をするぞ」
「……はい?」
エアハルトのその言葉に、ルカは目を丸くして、呆けてしまう。
いったい、なにを言っているんだ? 全く以て、話の繋がりが見えてこない。
だがしかしエアハルトは冗談を言っているようには見えず、本当に、今から農作業をするつもりだと言うことだけは伝わってきた。
最初、ルカはエアハルトのあの言葉が。落ち込んだ彼女を励ますために、あるいは気分転換をさせるために言ったものだとばかり思っていた。
だがしかし、ルカは完全に見誤っていた。そういえば、エアハルトとはそういう男である、と。
合理的なことをやろうとする、男である、と。
「命令式は、魔法を扱いやすくするためのものであると同時に、制御するためのものでもある。先人がせっかく遺してくれたものだ、ありがたく使わせてもらおう」
「……その、それはいいんだけど」
汚れてもいい服に着替えたふたりは、家の前の畑予定地の前に来ていた。まだまだ雑草や石が転がっていて、このままでは到底農業などできそうにない土地。
そこに向かい合いながら、ルカは現在、土塊の命令式について教わっていた。
「どうした? 命令式は苦手な魔法が使えるようになる他にも利点があるという説明だが」
「それは! その、わかったから」
特に魔法になれないうちは制御できずに大きな反動を貰いやすい。治療できる範疇ならまだいいのだが、腕ごと吹き飛びでもされればエアハルトですらなんとかできるかは怪しい。
だからこそ、得意であっても命令式を覚えることは悪いことではない。……もちろん、デメリットもあるのだが。
命令式はその性質上、組み上げて、魔力を通して、という過程を経て発動する。
命令式を使わない魔法では、魔法の性質をそのまま使う都合、魔力をそのまま魔法に変換する。だからこそ、即効性が高く。命令式はその点――スピードで大きく劣る。
だが、ルカがその点において困るような状況、にはならないといいな、と。そんなことを考えながらエアハルトは説明を続ける。
「それで、ルカには今から開墾をしてもらう」
「開墾……えっ?」
土を掘り起こし、柔らかくして。また、石などの邪魔なものを取り除く。簡単に言っているようだが、これが超絶重労働である。
それこそ、普通の農家ではこれをやろうとすると、近所から人手を借りてきて数日がかりでやったりするような。その規模の作業である。
そして、エアハルトはそれをルカにさせようとしているわけである。
もちろん、農業をする上で必要だということはわかっている。だがしかし、そこに至るための過程が尋常でなない。
「開墾って、もしかしてひとりで?」
「そうだぞ」
「嘘でしょう!?」
ルカとて、実際にやったことはほとんどない……というかさせてもらえなったが。その重労働の程度は知っている。それこそ生半可なものではない。
いくら見た目が子供な一方で魔法の力で成人男性以上のパフォーマンスをだせるとはいえ。ひとりに強いることではないんじゃないだろうか、と。
というか、ここまでの説明との話の脈絡、繋がりが全く見えてこない。
「なにも手でやれとは言ってない。そんな方法ではいつまでたっても終わらないだろうからな」
「えっ、と。じゃあ、どうやって?」
「ここまでの話にあっただろう? 土塊を使うんだよ」
たしかに、ここまでの説明は土塊の命令式についてのもので。
そして、その前には土塊の特徴について説明されていた。
この魔法は土を生み出したり、あるいは操ったりして。自由に形を変え、造って、とする魔法。
つまりは、
「土塊を使って、土を掘り起こす――開墾をしていくってこと?」
「そういうことだ。人の手でやるよりか圧倒的に効率的で。なおかつルカの魔法の練習にもなる」
もちろん、自分の扱える魔力の上限を探りつつ、にはなるが。
たがしかし、それは同時にうまくやりさえすれば、ひとりで、1日とかからずに開墾をやりきれる可能性がある、ということでもあった。
「まあ、安心しろ。多少上限をオーバーして反動を食らった程度であれば、俺がそのまま治療してやれるから」
「でも、痛いのには変わりないんでしょ?」
「それはもちろん」
淡々とそう言うエアハルトに、ルカは「そういう問題じゃないんだよー!」と、抗議の声を上げる。
だがしかし、有事には、その反動を食らっている場合でなくなるんだぞ、というエアハルトの指摘により、彼女は渋々ながらにも作業を開始することとなった。




