#74 少女は違和感を指摘する
「上がったわよ。ほら、エアハルトも入れ替わりで入ってきなさい。どうせあなたもしばらく入ってなかったんでしょう?」
タオルで髪の毛を拭きながら、ミリアがエアハルトとダグラスのいるリビングへと入ってくる。
ホカホカとした空気をまといながら、ややゆったりとした服に身を包んでいた。
そんな彼女の後ろからは、ぴょこんとルカが顔を出す。
「わかった。入ってくる」
そう言ってエアハルトは入れ違いで風呂場へと向かう。
「さて、とりあえずエアハルトが出てくるまで、ゆっくりしてましょうか」
ソファに座りながら、ミリアはそう言い、ルカに向かって両の腕を拡げてみせる。
戸惑いながら、完全には従わず。ミリアの隣に腰を掛けると、彼女は小さく「別に膝の上でも良かったのに」とつぶやいた。
ミリアが良くてもルカとしてはあまり良くないんだけど。そんなことを思いながら苦笑いをする。
「さーて、それじゃ、なに食べる? やっぱり甘いものがいいかしら」
「ふぇ? えっと、別に大丈――」
「遠慮しないの、ほら、いろいろあるわよ!」
そう言ってミリアは直方体の缶を開く。なかにはクッキーなどのいくらの焼き菓子が入っていて、ふわりと香ばしい匂いがする。
「事前に帰ってくるってわかってたら、もっとちゃんと用意できたんだけどねぇ」
「あはは、ごめんなさい……」
道中なにがあるかわかったものではないし、どこでどれくらい滞在するか、なども全く決まっていない旅行だった。
もしかしたらエアハルトの中にはある程度の計画があったのかもしれないが、しかし、それも完全ではないだろう。
ゼノンではエアハルトの後輩のウェルズと出会い、交戦。
コルチではダンジョンアタックとルーナとの出会い。それから、警備隊との交流……交流?
そしてファフマールではバートレーとグウェルとの戦闘。街の浄化。
これらを予知していたのだとすれば、それこそ未来がみえているに等しいだろうし、仮にそうだとして、エアハルトの性格からすれば先んじて対策を打っていただろう。
(……そういえば、みんな、大丈夫だったのかなあ)
ふと、ルカは今回の旅行で出会った人たちのことを思い出した。ゼノンで出会った、アレク。コルチのダンジョンで一緒になったアルフレッドとクレア。名前は聞けなかったけど、ファフマールの市場で出会った子供たち。
形や大きさは違えど、それぞれなんらかの縁を持った人たちだ。そういうこともあってか、なんだかその後が気になってしまう。
(そういえば、アレクやファフマールの子供たちはともかく、アルフレッドとクレアの前で魔法を使っちゃったけど、結局どうなったんだろう)
少なくとも、ファフマールにいた間にはルカは指名手配されていないはずだった。なにせ、バートレーとグウェルがルカのことを魔法使いとして認知していなかったから。
しかし、数が少ないとはいえ一般人にルカが魔法使いということがバレてしまったあとである。
「ねぇ、ミリアさん。魔法使いの手配書って、ある?」
「えっ……?」
ルカのその質問に、ミリアは虚をつかれたかのようにして、同時、血相を悪くする。
なにか歯切れの悪いような言葉で口をモゴモゴさせ、誤魔化すような仕草を見せる。
そんな彼女の様子に、後ろにいたダグラスはため息をひとつついてから、ルカに紙を差し出す。
ミリアはその手を止めようとしたが、ダグラスの力のほうが勝り、そのままルカへとそれが渡される。
「隠したところでそのうちわかることだ。それならば、早めに知って、対策を取れるほうがいいだろう」
「それは、そうだけど……」
ペラペラとそれらをめくっていくと、しばらくしてエアハルトの手配書。そしておそらくはルカの手配書が出てくる。
「……私の手配書、なんか変?」
「やっぱりそうだよなぁ。エアハルトもそう言っていたが」
どうやら自分の違和感がエアハルトと同じだったようで、ルカは安堵する。
手配書、らしいのだが、どうにも別のものにも見える。
「でも、それでいうとこの手配書も変なんだけどね?」
そう言いながら、ルカは一枚の手配書を手に取る。
「ん? どうしたの、エアハルトの手配書がどうかしたの?」
「うーんと、変な感じがしたの」
そういいながら、ルカは賞金に関するところを指差す。
「金額が高いこと? たしかに他の魔法使いと比べたら相当に高いけど、他にももっと高い人はいるじゃん? エアハルトの行動を間近で見てきたルカちゃんからしたら信じられないかもしれないけど」
ルカやミリアからしてみればエアハルトが善に近い人間であるということはわかりきっているのだが、一般からしてみればそんなことはない。
なまじ実力があるせいで危険視もされているし、その上、彼が過去に大きな事件に関わっていたこともあって世間一般からしてみれば悪名のほうが轟いている。
だがしかし、その説明に対してルカは首を横に振って、違うの、と。
「ここ。条件のところ。……他の人たちは生死問わず、になってるのに、私とエアハルトは捕縛のみ――生存が条件になってる」
「あっ……」
その指摘に、ミリアは口に手を当て、驚く。
ルカは、まだわかる。魔法使いとしての手配書というよりかは、圧倒的に人探しのポスターに見えなくもないそれだからこそ、生存のみが条件なのは理解できる。
だがしかし、エアハルトはれっきとした魔法使いであり、その条件に生存が入っているのは変である。なにより、以前まではその条件はなく、他の魔法使いと同等だったのだ。
それが、この旅行の前後で大きく変わった。
本来、エアハルトのような大罪人に対する処遇として、罪が重くなることはあっても軽くなることはない。それこそ罪状が間違っていたなどのことがあれば話は別だろうが、魔法使いという存在自体が罪とされている彼らに至ってはそれはありえない。
だからこそ、生存のみから生死問わずになることはあり得ても、その逆は普通では考えられないのだ。
「じゃあ、なんでこんなことに……?」
手配書がこうなったのが旅行の前後であるならば、この旅行中でのなにかが原因、だろう。
とはいえ、ルカにとっては心当たりがないのだが。強いて言うならば警備隊の人たちと交流まがいのことはありはしたものの、それでこうなるとは思えない。
彼らにコレを成すだけの権力があるとも思えないし。
「上がったぞ。風呂、ありがとうな」
「あら、随分と早かったのね。もっとゆっくり入ってればよかったのに」
「汚れを落とすのが主目的だからな。……っと、見てたのか、それ」
ルカが手に持っていた紙束を、エアハルトが覗き込む。
彼女の顔のすぐそこに、濡れた頭のエアハルトがずいっと近づいてくる。
「あっ、ちょっ……」
「どういうわけか、ルカも札がついちまったみたいだからな。……俺もなんでこうなってるのかはわからないんだが」
「やっぱり、これ、手配書じゃないんだ」
ルカはそういいながら、改めてじっと、自分のものを見返す。
うん、やっぱり違和感が強い。賞金がかけられてはいるが、手配されてるようには見えない。
「だから、魔法使いだということはおそらくバレていない。……たが、どちらにせよ顔を隠さなきゃいけなくなったわけだが」
「だいじょーぶ! エアハルトとおそろいだから!」
「おそろい?」
「顔を隠さなきゃいけないってことと、それから、これ!」
ピッと指を差したのは、先ほど彼女が指摘していた、条件。
生存のみ、という手配書の条件だった。
「……捕まるときのものだから、あまり嬉しいものではないんだがな」
エアハルトはそう言いながら、少し困ったように頬を掻いた。




