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#71 告発

 グウェルは、少々鬱屈になりながら、扉のノブに手をかける。


 絢爛とした室内には、小太りの中年がひとり。

 ファフマール、中心街。その、行政の建物。そこに彼はいた。


「おう、グウェルじゃあないか。どうした急に、なにか用事か?」


 中年は入り口をさっと一瞥すると、すぐさま手元に視線を戻す。

 その手に握られているのは、大量の紙幣。彼はそれをペラペラと数えながら、いやらしい笑みを浮かべていた。


「……まあ、用事といえば用事っすね」


「なんだ煮えきらん反応を。キチンと言えばいいじゃないか。それともなんだ? バートレーからなにか言われて渋々来たとかそういう事情か?」


「バートレーのおっさんじゃあないっすね。ただ、他の誰かに言われてきたってのはそのとおりっすけど」


「して、その他の誰かとは誰だね? 君たちのようなヤツに頼み事をできるヤツなど、まともな筋では無いのだろうが」


 男は未だに金から視線をそらさず、そう言い放つ。

 バートレーやグウェルとこの男とは協力関係だったが、しかし、お互いに認め合っての関係というわけではなかった。

 バートレーやグウェルは彼ら人間のことを下賤のものだと判断していたし、男も男で、ふたりのことを都合のいい、利用のできる犯罪者だと考えていた。

 その程度の認識しかなかったが故に、男はグウェルたちのことを待つ全く知らなかった。万が一にこの者たちが自分に手を出せば警備隊により捕縛ができる。その建前があるからこそ、牙を剥かないという自信もあった。

 そしてその結果、男はグウェルのことを軽視していた。


「……悪いな、世話になった」


「な、なにをしている!?」


 舞い上がる紙幣、自身の首に突き立てられた刃物。

 グウェルにより為された、突然の裏切り。


「貴様、そんなことをして、ただで済むと――」


「思ってないね。……ただ、俺らは俺らでいちおう誇りがあるんだよ。たとえ、今から捕まってブタ箱に打ち込まれる立場だろうとな」


「ブタ箱!? お前、いったいなにを言っているんだ!」


「なにをもなにも、そのままの意味さ」


 グウェルがそう言い放ったタイミングで、扉が開け放たれ、何人もの人が侵入してくる。

 その姿は、公式の警備隊の服装。……つまり、この国における取り締まりの人物だ。


「お、おい! ちょうどよかった! お前たち、この魔法使いを捕まえろ!」


「…………」


 そう叫ぶ男だったが、しかし、誰もその言葉に従わない。


「おい、お前たち! 魔法使いが、犯罪者がいるんだぞ! なんなら今私のことを殺そうと……」


「バール。貴様のことだな」


「ああ、まさしく私がバールだが。……貴様?」


 警備隊のその口調に、男、もといバールが首を傾げる。

 この街の警備隊は彼の実質的な部下であり、なおかつ私兵として抱え込むために彼から直接の裏金を渡されている。その都合、よほどの新人でもなければバールのことを知らない人間はいないし、なおかつ「貴様」なとと呼ぶ人間もいない。


「貴様には、魔薬に関する取引や、人身売買の疑いがかかっている。おとなしく、捕まってもらおうか」


「なにを今更そんなことを。お前たちだって一枚噛んで――ッ!?」


「わざわざ自供してもらえて助かったよ。おかげで疑いから、罪が確実なものになった」


 バールは、彼らの顔を見て、絶句する。

 誰一人として、見知った顔がない。バール自身、警備隊の人員の顔を覚えているわけではないが、しかしそこに何人もいて、そのどれひとりをとってきても、一切の心当たりがない、なんてことはあり得ない。

 しかし、彼らの服装は警備隊の制服のそれだ。では、彼らは――、


「残念ながら、私たちはお前の息のかかった警備隊じゃあない。……同じ警備隊として、こんな腐った組織があったのは不本意だが」


「なっ……おっ、おいグウェル! 貴様は魔法使いだろう! このままでは私共々捕まってしまうじゃあないか! その、なんだ、逃げないのか! いや、逃げるだろう! 逃げるなら私も一緒に」


「いやあ、残念ながら逃げないんすね。いや、逃げられないというべきか」


「はあっ!? なにを――」


「負けちゃったんでね。俺」


 諦めるように、グウェルはそう言った。

 当然、バールはその言葉の意味がわからず、そのままグウェルに抑えられたまま。なだれ込んできた警備隊たちによって取り押さえられる。


「グウェル、貴様なぜこんな共倒れみたいなことを」


「共倒れ、ね。あながち間違ってないっすね。……なんせこれは、俺の魔法使いとしての矜持。自分自身の犯した罪の清算っすから」


 はははっと言いながら、グウェルは両手を上げて、刃物も手から離す。

 警備隊に抵抗の意志がないことを見せてから、そのまま素直に彼らに付き従った。


「共倒れ。うん、そのとおりっすね。だから、一緒に倒れましょう。……甘い、あまーい毒を啜っていた者同士、一緒に罪を償いましょう?」






 路地裏に身を潜めながら、エアハルトとルカは街の噂に耳を立てていた。


「この街の中核の組織、そのほとんどの人員が捕縛されたって」


「らしいな。これはまあ、あんまりにもでかい案件だったようで」


「魔薬だけじゃなかったんだね。悪いこと」


 ルカがぽそりとつぶやいたこと。それは、バートレーたちから教えられた、もうひとつのこの街の闇。

 魔薬の蔓延により立ち行かなくなった人間や、その家族を狙っての人身売買。薬漬けの人間を娯楽目的で売り払ったり、子供たちを労働目的で売ったり、と。それはそれはえげつないことをが裏で取りおこなれていたらしい。……さすがに、バートレーやグウェルはそれらには関与していないらしかったが。


 市場の子供たちが話していた、いなくなった子供、というのは。……あまり、考えたくはない話だが。


「まあ、やっぱりというべきか、彼らに任せて正解ではあったな」


「手紙の内容。あとから知ったけど、エアもとんでもないことするよね」


 エアハルトが呼びつけたのは、彼を追っていた警備隊そのものだった。

 エアハルトを執拗に追いかけてきただけあって、彼らの根は真面目である。……魔薬に手を出してしまったという過去はあるが、しかし、おそらくそれもなんらかの罠にはまってのもの。この街の警備隊とは違い、仕事にはひたむきな姿勢を見せている。

 なんなら、魔薬に苦しめられた過去があったからか、いつも以上に躍起になっているようにも見える。


「まあ、おかげさまでこうして身を隠さざるを得なくなっているんだがな」


「……ホント、よくやろうと思ったね」


 路地裏にこうして身を隠しているのも、彼らが現在、エアハルトのことを捜索しているから。そもそも、呼びつけ方が「ここにいるぞ」というメッセージだったわけで。

 そうして彼らにバートレーとグウェルを引き渡し、エアハルトは腐敗してる上層部を叩きに行こうとしていたのだが、どうやらそれはグウェルがやる、と自分から言い出したのだ。

 もちろん信用できないところがないと言えば嘘にはなるが、しかし、魔法使いとしての矜持、という言葉を聞いて、ひとまず信用することにしておいた。


 どうやら、この街の様子を見る限りではしっかりとやり通したようだったが。


「さて、買い物も十分に済ませた。観光は……少し不足している気もしなくはないが、こうなってしまってはそれどころじゃあないな」


「うん、そうだね」


「随分と騒がしい旅行だったが、そろそろ、帰路につくとしよう」


「……うん!」


 ルカはエアハルトの手を取る。

 それをきゅっと握りしめ、彼らはそっと路地裏から抜け出した。

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