#70 大罪人は魔法使いを引っ張り出す
「どうやら、なんとかなったらしいな」
「あっ、エア! その、それはそうなんだけど……」
駆けつけたエアハルトは積み上がった土の塊の前でアワアワとたじろいでいるルカにそっと並ぶ。
「……まあ、そんな気はしてたが。バートレーのおっさんも負けたのか」
「危うく自爆する寸前までいったがな。なんとか止められた」
「…………そっか。やっぱおっさんでもあの薬はダメだったか」
半身を土に埋められたままの様子でグウェルはそう小さく呟いた。
「それで? お前らは俺らのことをどうするつもりなんだ?」
「どうするもなにも、警備隊に引き渡して己の罪と向き合ってもらう」
「……あんた、まさかわかってないわけもないよな? 俺らとこの街とが裏で癒着してること」
グウェルはスッと目を伏せ、鋭い目線でエアハルトのことを睨む。
「もちろん、そんなことはわかってる」
「なら、警備隊に引き渡しても意味がないことくらいわかってるんじゃないのか?」
「この街の、ならな」
そう言うとエアハルトは隣にいたルカに対して優しく頭を撫でながら「頼んでいたものを渡しておいてくれたか?」と。
「うん。追いかけっこが始まるちょっと前に、お願いしておいたよ」
「ありがとう。なら、そのうちくるはずだ」
「……そのうち? 一体誰が来ると言うんだ?」
エアハルトの発言に、グウェルがそう首を傾げながら聞く。
「質問には答えるが。……その前に辛くないか? その体勢」
「辛いっすよ、もちろん。そりゃめちゃくちゃに」
ルカがアワアワとしてしていた理由、ついでに、エアハルトが気になっていたこと。
現在、土に押しつぶされる形でそこにいるグウェルに、そう尋ねかけた。
「あの、私が魔法で出したんだけどね? でも、どうすればいいのかがわからなくって」
「まあ、そうだろうな」
エアハルトはルカにまだ土塊の扱い方を教えていない。彼女がおそらく突発的に発動させたものなのだろう。だからこそ、後処理を理解していない。
ついでに雨の影響で水を吸った土が、なおのこと硬く、重くなっており、なんとかグウェルを助けようとルカがいろいろ試していたが、どうにもできなかったとのことらしい。
「グウェルと言ったな。助けてやるから、護身用の魔法を自身にかけておけ。強引に引きずり出す」
「全く。アンタも、ガキンチョも。変わってますね」
「……なんだ、そんなことを言ってると助けないぞ?」
「いや、そういうわけじゃなくってですね。……まあ、とりあえず助けてください」
グウェルが防御魔法を自身にかけたのを確認してから、エアハルトは魔法で無理矢理に彼の身体を土塊から引っ張り出す。
都合、グウェルの頭くらいしか外に出ていないこともあって、魔法の取っ掛かりとして彼の頭を使ったからか、グウェルは「ぐえっ」という苦しそうな声がしたが、とりあえず救出には成功したらしかった。
「めちゃくちゃな方法ですね。……もうちょいマシな方法なかったんですか?」
「あるぞ。ただ、この方法が一番早い」
「できればそっちのほうが良かったんですけど」
「しかし、お前は魔法使いだろう? これくらいなら問題ないはずだ。それに防御魔法も事前にかけさせたし」
それは乱暴にやっていい理由にはならないんすよ、と。そんなことをぼやきながらに彼はパンパンと裾を払う。
「さて、それじゃあ……って、なんだガキンチョ」
「……えっ、と」
グウェルが立ち上がったあたりからルカがエアハルトの後ろに隠れてこっそりと彼の様子をうかがい始めた。
「大丈夫だ、安心しろ。俺はお前に負けたんだ。さすがにそれをひっくり返して今から続きをやろうとか、そんなことは言わねえよ。……エアハルトもいる現状、どうやっても俺の勝ち目がないしな」
「…………うん」
「ただ、次やるときはもう油断しねえ。今度は俺が勝つ!」
「威勢はいいが、お前に今度はねえんだよ」
エアハルトはピッと彼の額にデコピンを食らわせる。「痛っ」と軽く額を抑えながら、若干恨めしそうな顔で睨み返す。
「いやまあ、もうこの場で反抗しようとかそういう気はないですけど。しかし、ホントお節介焼きというか、甘いっすね、あんたたち」
「……どういうことだ?」
「バートレーのおっさんは放置してりゃ勝手に死んだってのにわざわざ助けてるし、その場に置いておきゃいいものをわざわざ連れてきてるし。それに、ガキンチョもお前も土に埋まってる俺をわざわざ助けて。助け出した瞬間に逆上して襲われるとか考えなかったんです?」
「別に暴れたければ暴れればいいが。それを押さえつけられる確信があったから、助けただけだ」
エアハルトは、事実としてバートレーとの戦いでかなり体力を消耗をしていた。しかし、使用した得物の吸血によりある程度の魔力は確保していた。また、グウェルもグウェルでルカとの戦いでかなり消耗しているのも明白。
この場で、仮に彼が暴れ始めたとしても、それを鎮圧するのはエアハルトにとってさほど苦な話ではなかった。
「いちおう、俺も持ってるんすよ? バートレーのおっさんが使った魔薬」
「お前にそれを使える度胸があるなら使うがいい」
エアハルトの言ったその言葉に、ルカが「えっ!?」と、少し慌てる。ルカもバートレーが使用したそれをよく知っているから、あの魔薬によってどれだけ魔法が強化されるかは理解している。
だからこそ、もしこの状態からそれを使われたら、たしかにエアハルトが負けることは無いにしても、ものすごく大変なことになるのではないか、と。
だが、
「……全く。これすらも脅しにならないんすね」
「お前にそれを使える胆力が無いのは見え見えだったからな」
グウェルはそれを地面に叩きつけ、足で踏み潰した。
「それを使って勝てる可能性があるなら億が一にいいにしても、バートレーのおっさんで負けてるのに、俺が使ったらただただ自我を持っていかれるだけ持っていかれて負けるだけなんでね」
「懸命な判断だ。そもそも、そんなものに頼らずに訓練で伸ばすほうが総合的に見ればいいはずだ」
「うー、正論で詰めないでくださいよ。バートレーのおっさんにもいっつも言われてんのに」
苦虫をかみ潰したかのような苦しそうな顔をしながら、グウェルは耳を塞ぐ。
そんな彼にエアハルトとルカは小さく笑う。
「そういえば、そのうちに来るってのはなんなんです?」
「ああ、警備隊だ」
その言葉に、グウェルは再び首を傾げる。
「だから、この街の警備隊は俺たちを捕まえる気がないって。……というか、この街の警備隊ならガキンチョはむしろ言うことを聞く前に捕まえにかかる気がするんすけど」
「わかってる。だからこそルカは早馬に手紙を持っていってもらったんだ。別の……俺と面識のある警備隊のやつにな」
「なんだ。あんたらもなんだかんだで警備隊と繋がって――」
「因縁のあるやつでな。随分と長い間追いかけ回されてるやつに、ここにいるから捕まえたければこっちにこい、と」
「バカじゃねえの!?」
「……半分は冗談だ。まあ、繋がっているかどうかといえば、微妙なんだがな」
事実、彼らのことを助けた義理もあって、コルチの町では見逃してもらっていたし。と、そんなことをつぶやく。
「助けたんすか? 警備隊を」
「ああ、困ってるらしかったからな」
「……バカなんじゃないんすか?」
「そういえば、彼らが苦しんでいた理由は魔薬だったな。……そういう意味でも、縁があるな」
「そんな嫌な縁はいらねーっすよ」
ケラケラと笑うエアハルトに、グウェルが小さくため息をついた。




