#68 異質な魔法、異質な魔力
「……向こうはルカに任せてしまったが、大丈夫だろうか」
「おいおい、そんなことを気にしている余裕があるのかぁ!?」
月明かりに、麦畑が黄金色の光を放つ。
そんな中ですっかりと態度と様相の変わったバートレーがエアハルトに対して挑発を繰り出す。
「どうせあんな子供、今頃グウェルに殺されてるだろうさ。……お前の判断のせいだねぇ」
「黙れ。……お前たちが思っているほど、ルカは弱くない」
魔法使いとして未熟なのも、使える魔力量が少ないのも事実。だが、勝負はそれだけで決まるものではない。
自身の魔力量が多かったからこそ、むしろそのことをエアハルトは痛感している。
(ルカは大丈夫。今はそう信じるしかない)
だからこそ、今は目の前のこの敵に、集中しないといけない。
最初の頃は魔法で自身にダメージが返ってきていたバートレーだったか今では同規模の魔法をほぼ無反動で扱えている。
しかし、それはただ純粋にバートレーが魔法に適応した、というわけではないようだった。
少し前までは人のそれを保っていたそれが、今では少し怪物じみている。皮膚が硬質化している様子も伺えるし、明らかに異常な突起や膨らみが起こりかけている箇所もある。
おそらくは先程の魔薬の影響だろうか。明確に人外へと変貌を遂げ始めているその姿に、呆れとも取れる息をひとつつく。
「……そこまでして、負けたくないか」
「なんのことがは知らねえが、負けたくはないねぇ!」
見た目だけでなく、精神までもがバートレーのそれではないような気がして。
……はたして、これはバートレーなのだろうか。
「なあ、バートレー。お前は、人間なのか?」
「あん? なにを言っている。俺をあの下賤な人間風情と一緒にしてくれるな。俺は魔法使い……いや、いまや魔人へと変貌を遂げたんだぞ!」
「……そうか」
彼の言い放った言葉は、エアハルトの中でひとつの結論を導き出した。
こいつはもはや、バートレーではない。彼の言うとおり、人間でも、魔法使いでもなく、魔人となったのだろう。――人が魔に取り憑かれ、魔物となった姿に。
「人相手には使わないと決めていたが。人でないのなら遠慮をする必要もないな」
「あん? ……なんの話だ」
「《魔装:血吸之黒槍》」
エアハルトがそう唱えると、彼の手の中に真っ黒な槍が現れる。
夜の闇さえも呑み込んでしまいそうなその漆黒に、バートレーは怯む。
「貴様、己は人間のように振る舞っているつもりかもしれないが。所詮はお前もバケモンじゃねえか」
「……いいや、俺は人間だ。生まれたときからな」
魔法で召喚できる武器である血吸之黒槍、なおかつ、その攻撃性能はとても高い。
しかし、エアハルトはこれを人相手には使わない、と決めていた。その理由は、主にふたつ。
ひとつはこの武器の性質である、吸血。攻撃の際に相手から血を奪い去り、それをこの武器の維持にかかるエネルギーへと変換する。そのため、対非生物では維持の魔力が大きくかかる一方で、対生物では軽い魔力で扱える。
しかし、この武器の対生物性能は「殺す」ことに特化しすぎている。だからこそ、エアハルトはこの武器を人相手には使ってこなかった。
そして、もうひとつの理由こそ。
「ただの人間に、遺物魔法を扱えるわけが無かろうが!」
バートレーの言い放つその言葉に、エアハルトはそっと目を伏せた。
彼も魔法使いなのだから、どこかで読んだことがあるのだろう。この魔装具の魔法を。
そして、その召喚難易度を思い知ったのだろう。
遺物魔法――大昔に作られた強力な魔法。その多くは魔導書などにより継承されているものの、扱える魔法使いはほぼいない。
現代の理解を持ってしても解明しきれない命令式であったり、膨大と呼ぶべき必要魔力だったり。あるいは、その両者を要求されるこれらの魔法は、使い手のいない――遺物魔法、と呼ばれていた。
そして、この血吸之黒槍は、後者にあたる。
エアハルトはこの魔法を消費魔法が少ない、として扱うことがあるが、この表現には少し誤解がある。正確には、常時、尋常じゃない魔力を消費するが、それを吸血により回復、相殺できる、だった。
だからこそ、本来この魔法には並の魔装具の比ではない魔力を要求される。そのため、吸血できなかったときに担保できる魔力量がなければ、召喚することはできないし、召喚できたとしても魔力を魔装具に奪われて、卒倒することになる。
「本当に、ふざけてやがる」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
エアハルトは一気にバートレーに向けて距離を詰め、黒槍で一突きする。
吸血は、作用している。しかし、流れ込んでくる魔力に、エアハルトはたしかな異質さを感じる。
同時、バートレーが巨大な火球を誂えようとしていたタイミングであった。エアハルトは槍を引き抜き、距離を取る。
「《炎弾》ッ!」
その炎は、一瞬昼間かのような輝きを見せながら、エアハルトに向けて襲いかかってくる。
「ただの炎弾でこの威力! 素晴らしい、素晴らしいぞ!」
高笑いを放つバートレーにエアハルトは舌打ちを放ちつつ《静まれ》で相殺する。
「相変わらず厄介だな、その魔法。しかし、強力な魔法に無尽蔵に打ち続けられるほど、大雑把な魔法ではないと見た」
「…………」
バートレーのその指摘は、正しい。ただでさえ魔法を打ち消す魔法というだけでかなり繊細な魔法だった。だからこそ、威力が大きければ大きいほど、負担はその二乗で増えていく。
だからこそ、本来相手の魔法の詳細がわかっているなら、それに適する魔法で対処するほうがいい。
しかし、その負担を受け入れてでもエアハルトは考える時間が欲しかった。
(先程の異質な魔力はなんだ。……まるで、吸血した血に異常な魔力が乗っているような)
即座に魔装具の魔力へと変換したためエアハルト自身の身体になんらか問題が起こっているとかそういうわけではないが。しかし、普段とは違うなにか異常なことが起こっているのだと、それだけはハッキリしていた。
(普段と違うこと。相手が魔法使いだということ。……いや、それは無い。魔力を持った生物相手に使うこともあるが、今までこれを感じたことはない)
で、あるならば。候補として残るのは、ひとつ。彼は魔薬を身体の中に取り込んでいる。忘れがちになっていたが、魔薬は、体内にて魔法を発現させる、薬。
(……もしかして、この異質な魔力は、バートレーの体内にある魔薬か?)
それならば、合点が行く。特に、この魔薬は普段エアハルトが見ているものと違い、本人の性質を大きく変容させる。今、目の前に起こっていることをそのまま取るならば、人を魔へと堕とす力のある魔薬だ。それならば、異様な魔力を含んでいても理解ができる。
それと同時に、エアハルトの中にほんの少しの可能性が見つかる。
血吸之黒槍で吸血した血に、その異質な魔力――魔薬が含まれるのであれば、彼が死なない程度に吸血をすることができれば、魔薬の影響を大きく抑え、なんとか、できるかもしれない。
「……しかし、困ったぞ。この武器で殺さないようになんて、やったことが無い」
「なんだぁ? エアハルト。お前、この後に及んでまだそんな甘ったれたことを考えてるのか?」
「うるさい、バートレー。テメエは俺のことを殺そうと思ってるかもしれねえが、俺はそうじゃねえんだよ」
やれるのか? そんなこと。
……いいや、できるかできないかではない、やるしか、ない。
「お前には、生きて自分の罪をキチンと背負ってもらう」




