#67 少女は感情を爆発させる
「やるじゃねえか、ガキンチョ……」
「……これは」
不意に発動させた土塊に、グウェルは褒め、ルカは驚いていた。
今まで、原則的には基本的な魔力操作と植物魔法、あとは基礎の回復魔法ばかり使ってきていたルカにとって、今の一瞬で初めてのことが多すぎた。
「今のは、有効かもしれない。……でも」
たしかに、炎属性の魔法にも雷属性の魔法にも、地属性の土魔法は有利に出やすい。
そして、それと同時にこの場において、もっと適している魔法だとも言える。土魔法の最大の特徴は遮断。止めることである。それは当然、土塊にも適応されるわけであって。
つまり、この場において「防衛」と「捕縛」を最大の目的としており、「勝利」と「殺害」を目的としているグウェルの無力化には、特性上有利を取れる。
だがしかし、それは土塊を扱えたら、の話である。
(……さっきのは、私の意志じゃ、無い。壁を作って、防御しようとして。そのときに、偶然できたものだ)
つまり、いわば魔力の暴走に近い形で、魔力が勝手に形を成した、という方が正しい。
それゆえに、ルカは土塊を使うことはできるが、扱うことができていない。使用はできるが、利用ができるとは言えない。……そして、それは同様に発言させた水魔法についても同じく言える。
それを、頼りにするというのは、流石に無理があるというものだろう。
(でも、どうする? 植物魔法じゃ、正直どうにも太刀打ちができないとは思うんだけど……)
炎には圧倒的不利、雷にも炎ほどではないとはいえ、同様に強く出られるわけじゃない。
しかし、今は雨が降っている。……それならば、もしかすると。
ルカに残されている選択肢は、主にふたつ。ひとつは、この雨の中であればなんとかできると信じて、植物魔法で対抗する。
そしてもうひとつは、この場で土塊を習得、扱えるようにしてしまう、というものだった。
自身の前線を張ってくれている森人の様子を見ながら、ルカは、自分のやるべきことを再確認する。
グウェルの捕縛、あるいは無力化。
それか、エアハルトが戻ってきてくれるまでの防衛戦。
「……っ、ならっ!」
「来るかっ! ははっ、いいね、楽しいぜっ! やり合おうじゃあねえか!」
「《植物召喚:捕縛蔦》ッ!」
「《雷撃》ッ!」
互いの放った魔法が正面でぶつかり合う。捕縛蔦はその成長速度を一気に落とした一方で、雷撃はそのまま水に濡れた蔦を導線にルカに向かって襲いかかってくる。
慌てて蔦を身体から切り離し、なんとか難を逃れたものの。やはり、植物魔法では正面からのやり合いは不得手なのだろうか。
「っ、しかし、この森人が厄介すぎるな」
ルカの、退避や思考の時間、その隙を補うようにして森人がルカの代わりにグウェルに向かって襲いかかってくれていた。
森人も雨で濡れてこそいるものの、ある程度は雷撃に対して耐性を発揮していて、グウェルの攻撃をある程度受けても、動じていない様子があった。
「やっぱ燃やすか」
「だっ、ダメッ!」
攻撃してきた森人の攻撃を甘んじて受け入れ、グウェルはそのまま森人の身体を掴み取る。
「お前は十分頑張ったよ。だから燃えてろ。《燃焼》」
グウェルがそうつぶやくと、彼の腕が燃え始め、そのまま炎は森人へと延焼して行く。
森人はなんとか抵抗しようとするものの、流石に魔力での身体補強を施された魔法使いの前では、無力。そのまま炎に焼かれて、端から焼け落ちていく。
「な、なんとかっ!」
ルカは、森人を守れるなにかを作ろうと必死だった。植物魔法ではダメだ。水魔法は、先程失敗した経験があるからこちらもよくない。ならば、土の魔法。
体感的に、ルカには似た覚えがあった。旅の中でエアハルトにさせらていた《創造》に親しい感覚があった。ならば、それを地属性に、乗せて。
そんなことを必死に考えながら、魔法を形作ろうとしたものの、しかし、既に手遅れだった。
炎は森人の体いっぱいに広がってしまっていて、どうにも消火できそうになかった。
雨は、降ってはいた。しかし、その火力の前では焼け石に水に等しく。虚しく、ただ降り注ぐだけになってしまった。
「……ごめんなさい」
遅れて完成した土塊を抱きながら、灰になってしまったそれに対して、ルカは、そう、ポツリとつぶやいた。
こちらの都合で生み出して、そして守ってくれて。
しかし、燃えてしまった。彼に。
ルカにとって、今までに同様の意識を抱かなかったわけじゃない。植物にとって不利な状況で呼び出したり、炎や雷が跋扈するこの中で呼び出す時点で、申し訳なく、悔しく思っていた。
けれど、今回はその意識が、群を抜いて強く現れた。ルカにとって、初めて召喚した、自立した意識のある植物だった。
彼女の意識によって成長の方向性や、戦いにおける操作などが可能な植物は今までも使ったことがあった。けれど、森人はそんな中で初めて、ルカの手から離れて、自分から動き始めた植物だった。
だからこそ、その最後に藻掻く姿。ルカを守ろうと前に立ってくれたその意識に。
強く、罪悪感を抱いた。
「さて、召喚獣はこれで始末したわけだが」
グウェルがなにかよくわからないことを言っているが、ルカにとってこの際それはどうでもいい。
申し訳なさ、罪悪感、悲しさ。そういった感情が、ルカの中に沈み込むようにして生まれていっていた。
「……なんだよ。そんなにショックだったか? なら、その契約ごとお前もあの世に送ってやるよ」
失意に包まれていたルカに対して、少し残念そうな呆れのような表情を浮かべたグウェルが。そう言いながら炎魔法を起動しようとした、そのとき。
「う、うあ、うわあああああっ!」
「な、なんだっ!?」
ルカは、その悲しみのままに。魔力を解き放った。
感情は、刃になりうる。特に、こと魔法を扱えるものにとっては。
魔法を扱う上では、可能な限り平静を保つことが望ましい。
それは、感情のブレが魔力操作のブレを生み出すから。それすなわち、感情が乱れたときに放つ魔法は、その威力がブレる。
威力が下振れる分にはまだいい。だがしかし、これが上振れるとなると問題が起こる。身体許容上限を超えた威力を出してしまえば、その反動がどれほどのものになるかなど、わかったものではない。
だがしかし、それは。返して言ってしまうならば、感情のままに振るった魔法は、状況次第では「普段セーブしていた範囲の魔力」を行使した魔法が扱える、ということ。
「――土ッ!」
命令文や、魔法の詳細など、知らない。ただただ、ルカはその感情のままに、魔力を放出し、そして、
それで、形を作り始めた。
「なん、だ、これは!?」
事実として、ほぼ暴走なその魔法に。自身の目の前に現れた強大な土の壁に。グウェルはたじろぎ、一歩後退する。
しかし、その先で、彼はさらなる驚きを感じることとなる。……後ろに、下がれない。正しく言うなれば、後方にも壁がある。
左右はどうだと確認してみても、すでにそちらにも壁ができている。
「――ッ! 《炎弾》ッ!」
魔法で対抗してみようにも、遮断を得意とする土魔法の前では、効果は薄い。なんなら、天候が雨。炎魔法の威力が下がり、土魔法には水が染み込み、より、不利になる。
普段のルカならば、おそらく対抗などできなかった相手だろう。しかし、彼女が偶然にも発動させた雨。そして、暴走した魔法による、土塊。
(……こりゃ、俺の負けか)
平時なら絶対に負けることはないマッチアップ。しかし、そのさなかに成長をし、そして、偶然ではあるものの、魔力のブレにより、威力の底上げされた魔法によって。
いや、そうではないな、と。グウェルは反省する。その要素も、無くはなかっただろう、と。だがしかし、それ以上に。
(俺の、油断もあったのだろう。こんなガキに負けるわけがない、という)
兎にも角にも、コレばっかりはどうにもならねえな、と。そう、ため息をひとつつきながら、
ただ、それであっても、
「……楽しかったぜ、ガキンチョ」
グウェルは、そう言い残して。迫りくる土の壁に取り込まれた。




