#66 少女は魔法を発現させる
戦いの展開は、想像していたように、とでも言うべきか。ルカにとってあまりにも劣勢だった。
ただでさえ魔法使いとしての実力差がある上に、加えて植物と炎という相性差まである。
「……ッ! 《植物召喚》!」
「《炎弾》ッ! ……なあ、ガキンチョ、いい加減無駄なあがきだと気づこうぜ? テメエじゃ無理だ」
植物を生み出しても、即座に燃やし尽くされる。焔花ならもしかしたら耐えられるかと思ったけども、実際のところはむしろ蜜が可燃性なために余計に燃え上がっていた。
(植物じゃ、炎には対抗できない……わかってたけど、じゃあ、どうすればいいの……?)
なんとか飛んでくる炎弾を躱しながら、ルカは思索を巡らせる。
炎……そういえば、しばらく前に遭遇したウェルズも同じような魔法を使っていた覚えがある。
あのときは……そうだ。遠くで雨が降っていた。あんな場所で、突然に雨が降る道理はない。
で、あれはあの雨は人為的に――あの場にいた魔法使いによって起こされたもの。
ウェルズが使うはずがない。ならば、エアハルトが意図的に起こしたものなはずだ。
「雨……水魔法っ!」
そういえば、エアハルトはルカに対して、地属性の、自然系統の素質が強いと言っていた。そしてその性質は、水属性や風属性にも関連性を強く持ち、それらも得意になりやすい、と。
使えるかは、わからない。
そもそも使い方もわからない。
(でも、エアが私に魔法を教えてくれたとき。私が植物を咲かせられなくて困ってたとき)
言っていたんだ。魔法は、イメージが大切だと。
魔法は、傷つけるための能力じゃない。守るための能力だ。そして、人を幸福にするための能力だ!
だから、だから――ッ!
「お願い、降ってっ!」
命令式も、使い方も。わかったものではない。だが、しかしその願いは、たしかに届いた。
想いは彼女の中の魔力へと、しっかりと伝わり。そして、形を成す。
ぽつり、と。
「……あん?」
ぽつり、ぽつり、と。雨が降り始める。
雨足はだんだんと強まり、しばらくする頃にはザアザアとバケツをひっくり返したかのような勢いで雨が降り始める。
「ちっ、ついてねえな。これじゃ満足な火力が出ねえ。たく、運のいいこった」
グウェルは悪態をつきながらにそう言う。
なんとか危機をひとつ乗り切った? と、そんなことをルカが考えていると。しかし彼は未だにニヤニヤと嫌な笑いを携えていた。
「……まさか、雨が降ったから炎が飛んでこない。だから多少は有利になった、とでも思ってないか?」
「…………」
流石に油断するまでは行っていなかった。が、多少そう思っていたのも事実。ルカはそう言ってくるグウェルの顔をじっと睨み返す。
「魔法使いが炎を好んで使う、というのは魔法使いの中じゃ常識だ。なんなら、魔法使いを狩りに来るような奴らも当然知ってる。その対策として、水を使うというのはよくある話だ」
よほど炎属性が苦手で、扱うのに尋常じゃないほど苦労する、という理由でもない限り、魔法使いは炎属性を使う。純粋に火力が高く、周辺への被害も起こしやすいから。
だがしかし、明確な弱点もあるのも事実。
「ましてや、天気など自由が効かない要素も多いわけで。そういった事情があるにもかかわらず、炎にしか傾倒しないわけがない。そうは思わないか?」
彼は余裕な表情でそう語りかけてくる。どうやら、この雨はルカが降らしたものではなく、自然に降ったものだと思っているらしい。
しかし、その程度の油断くらいで今の状況を突破できるわけもなく。グウェルはそのままルカに向けて腕を構えてくる。
「だからこそ、大体の場合は、そういうときの対策手段を持ってるんだよ! 《雷撃》ッ!」
瞬間、グウェルの腕から閃光が走る。否、雷が生じ、指向性を持ったそれは、ルカに向けて飛んでくる。
「《植物――、きゃあっ!」
油断をしていたわけではない。しかし、突然に放たれたそれは、ルカの反応速度を超えており、そのまま直撃してしまう。
「あっはははは! 雨のせいで制御が乱れるが、しかし同時におかげさまで速度が上がってるなあ!」
これを優位と見るやいなや、グウェルは雷撃を連打してくる。二度目三度目を食らうわけにもいかないため、ルカは慌てて防御に徹する。
「ほらほら、どうした!? さっきまでの威勢はよお!」
逃げ回りつつ、なんとか打開策を考えるが、しかし、思いつかず。
ついに、目の前まで雷が差し迫ってきて。目を瞑り。
「……ッ! 《植物召喚》ッ!」
思わず、なにとも考えずに。ただ、どうにかなって欲しいと、そう願いつつ。
ルカは植物を召喚した。
音が、した。しかし、ルカの身体に異常はなかった。
どうしたのだろうかと、そう思いながらゆっくりと瞼を開ける。
「……ふぇ?」
そこには、ルカを守るようにして覆い被さるなにか。
表面はまるで……いや、まさしく木の皮のように茶色の凹凸がゴツゴツとしている。
「……こいつ、土壇場で森人を召喚しやがった、だと!?」
覆いかぶさっていたそれ。グウェルが森人と呼んだその木は、ゆっくりと動き始め、ルカの前。グウェルから守るように立ちはだかる。
ルカに見せたその背には、おそらくは先程の雷で焼け焦げたであろう黒い痕が残っていた。
「チッ、契約持ちかよ面倒くせえ。だがまあ、森人程度ならどうとでもなる」
グウェルはそう吐き捨てながら、炎を携える。
雨で威力は落ちるが、押し切ってしまったほうが早いと、そう判断したのだろう。
巨大な炎。炎弾と比べると速度は大幅に落ちるものの、しかしその威力は雨に阻まれようとも、強大であることを察知できる。
ルカだけなら、おそらく耐えられる。だか、森人や周囲の道、家などには甚大な被害が出かねないことも同時に察知する。
「水、水、水、壁、壁、壁……」
どうにか、対策はないだろうか、と。ルカが様々思い起こしていると。
そういえば、エアハルトが防御をするときに透明な壁を張っていたのを覚えている。
どうやってそんなものを作るのかはわからない。だけど、植物で壁を作ったり、などは完璧に同じとは言えないが似たことはルカにはできる。
で、あるならば。水で防御も、できるのではないだろうか。
「お願いッ!」
願いを込めて、地面に触れる。この際、どのようない形態でもいい。守ることさえできれば。
「生まれてきて……水の壁っ!」
一瞬、形成されかけたものの。しかしあまりに薄く、ひ弱なそれは、炎の熱によって即座に霧散する。
「はん、そんな雑な考えで――」
実際。ルカは水魔法をうまく操れているわけじゃなかった。先程の雨を降らせたことも。正直たまたまうまく行った、という側面が大きかった。
だからこそ、ルカの願った水魔法は失敗した。
絶望が彼女の表情に浮かびかけた、そのとき。
突然、地面からなにかか飛び出してきて、炎とルカたちの間にそびえ立つ。
「えっ!?」
「――ッ!?」
ルカの水魔法は、失敗した。正確には、キチンと水魔法として変換されなかった。
しかしたしかに、魔力は注ぎ込まれた。それだけは、間違いなく。
そして、その魔力は地面を通して、しっかりと。彼女の想いを魔法として引き起こした。
彼女の、得意な形として。
「なっ……、土の壁!?」
グウェルは、まさかと思いながらルカの方を見る。彼女自身、これは想定外だったらしい。
しかし、間違いなく、これはルカが引き起こしたこと。
成長か、あるいはもとから使えていたが慣れていないために使っていなかったか。それはわからないが、どちらにせよ油断はならない、と思って良さそうだ。
彼はそう考え直すと、タラリと冷や汗を流しながら、しかし面白そうに笑っていた。
立ち塞がった土の壁は、そのまま炎を包み込むと、そのまま鎮火させる。
「……なにこれ?」
思っても見なかった形のそれに、ルカは疑問符を浮かべる。
しかし同時に、これがなんらかの魔法として、自分が使ったものなのだろうということも確信する。
そう。魔力は地面を通して。しっかりと形を成した。ルカの無意識のうちに。
ルカの得意な地属性、その魔法《土塊》として。




