#65 魔薬の正体
ゆっくりと起き上がってくるグヴェルに、ルカはおどおどした様子で向かい合う。
「それじゃあ、頼んだぞっ!」
「うぇっ!?」
そう告げると、エアハルトはバートレーを押し込むような形で、ルカたちから距離を離した。
「くっ……そ、こんのガキがよぉ……」
まだ頭は痛むようで、グヴェルは片手で後頭部を抑えている。
「お? もしかしてバートレーのオッサンあの魔薬使ったのか? まあ、それならそれでいいが」
「うっ、動かないでっ!」
「あん? そんなこと言われて従うとでも思ってるのか?」
グヴェルに向けて腕を構えるルカだが、そんな様子を彼に笑われる。
「たしかにテメエがただのガキじゃねえことはわかった。魔法使いだってことはなあ。……だがよぉ、さてはお前、経験ほとんどないだろ」
「ッ!」
「その顔、図星なんだな? ……まあ、さっきの追いかけっこのことを考えれば、答えを聞くまでもないが」
追いかけっこの際にルカは身体強化以上の魔法は使っていなかった。それは、ルカの正体が魔法使いだとバレることにより奇襲ができなくなることを防ぐためでもあったが。なによりも大きい理由は、逃げながらで魔法を使うと魔力制御がブレるから。
練度の浅いルカでは、逃げるための身体強化に全神経を注がないとそれこそ子供とさして変わらない身体能力しかないし、当時に魔法を扱う都合、そちらの威力や精度もブレる。
「かわいそうになあ、エアハルトはバートレーの相手をするために、お前を見捨てておいていくだなんて」
どんどんと距離が離れていくエアハルトのことを、グヴェルはバカにしながら笑い飛ばす。
そんな様子に、ルカの中で小さな糸が、プツリと切れる。
「見捨てられて、ないもん」
エアハルトがこの場を離れたのは、ルカを放置するためではない。
魔法に慣れていないルカでさえ、あのバートレーの異常さはわかった。
あの暴走状態では、近隣にまで影響が起きる。エアハルト自身やルカが生き残る、というだけであれば正直なところ持久戦に持ち込めば、間違いなく勝てた。
なぜならば、バートレーのあの状態は実質的な自爆だから。
自身の身体を薪として焚べ、威力を上げた炎。それならば防ぎきりさえすればエアハルトに負ける道理はない。
だがしかし、それはエアハルトとルカが生き残る、というだけにシフトすれば、だ。
「このままだと、街に甚大な被害が出る。だから、エアはこの場から離れた」
「あん? なにこの後に及んで街がどうとか心配してんだよ。バカじゃねーの?」
ケラケラと笑うグヴェルにルカはムッと嫌悪感を感じつつ、しかし体勢は変えなかった。
「あの世行きの駄賃にでも、いい話を聞かせてやるよ。……特級危険区域って知ってるか?」
「知らない……」
「お国のクソどもが指定している、その名の通り危険な場所だ。しかし、なぜ危険かというとそこには魔物が出没するんだ。それも、大量にな」
魔物。通常の動物などよりも凶暴で、また、魔力を体内に有している生物。以前ルカたちが相対したゴーレムなどもその類に含まれる。
しかし、守護者としてダンジョンに生成されているゴーレムなどとは違い、自然に発生する魔物は別のルーツで生まれる。ひとつは、元より魔を有す種として生まれてくる場合。そして、
「後天的に魔を有す。そんな魔物も存在する。そして、とある特級危険区域では、そんな魔物が集中して生まれるという、奇妙な生態系を有していた」
なんでだと思う? と、挑戦的な表情でグヴェルはルカに尋ねてくる。
「環境的な、問題? 空気とか、水とか」
「惜しいな。まあ、実質正解と言ってもいいだろう。……植物さ。そこに生えている植物が、動物たちに魔を与えていたんだ」
曰く、その植物を食べることで動物たちの中で魔力が活性化。魔物となり、更には暴走まで引き起こしてしまうのだとか。
そうした植物にまみれているその地域は、当然ながら住む動物たちが魔物に成り代わり、特級危険区域に指定されたという経緯だった。
「さて、ところで、だ。そんな植物を、元々魔を有している俺たちが摂取すると、どうなると思う?」
「……っ! もしかして!」
「ご明察。あの魔薬は、魔物を生み出す植物由来。俺たちはブースト薬と呼んでいるがな」
その効果は、本来以上の魔力の放出。尋常じゃない魔力量を、そうやって捻出するための薬。
「ただまあ、元の植物があまりに強すぎたせいで、まだ研究段階なんだけどな」
「えっ……?」
「元の植物が動物を魔物に変えるものだろう? だから、あの魔薬も、その特性を一部引き継いちまってるんだ」
それ故の、バートレーの性格の変容。元の植物の性質を鑑みると、それでもマシな方なのだが。しかし、バートレーが使用を躊躇したのも納得できる気がする。
「ちなみに、俺は使わねえ。持ってるがな。……エアハルトと対峙するのなら、話は別だろうが」
「……私には、そんなもの必要ないだろうって?」
「ははっ、よくわかってんじゃねえか。まあ、それ以外にも俺じゃあの魔薬に耐えられないってのもあるが」
先述のとおり、ブースト薬は元の植物の不必要な特性を消しきれていない。……正確に言うなれば、使いたいところと直結してしまっている特性ゆえに、消しきれないというのが正しいのだが。
そのため、あの薬を使うと魔物になる、という性質も、同時に有していた。
「バートレーのオッサンが魔物にならねえのは、あの人の精神力のほうが勝っているからだ。……それでも、性格変容の影響は受けてるんだがな。俺じゃ、耐えられねえ」
「…………」
「なんて非道なものを、なんて惨いものを、とでも言いたげな表情だな。……だがな、先にそんなことをしてきたのは人間の方なんだよ。俺たちは、そんな奴らに復讐するための道具を作っているに過ぎない」
通常の魔薬の販売は、研究資金の確保と、人間社会の堕落のため。裏金をチラつかせることによりこの街の上層部を掌握し、ついでに魔薬の快楽に堕ちて貰った。
「わかるか? テメエら終わりなんだよ。仮に、万が一に俺たちに勝てたとしても、この街の上層部は俺たちの目通しである上に、俺たち由来の魔薬から逃れられない。つまり、秘密裏に釈放する他ねえんだよ」
ハッハッハッと、高笑いするグヴェルに、ルカは侮蔑の目を向ける。
「お? なんだその目は。……まあ、そうだろうと思ったがよ」
ルカのその様子に、クヴェルも気づいたようで、腕を構える。
「そろそろ話もおしまいにしよう。その代わりに、殺し合いの始まりだ」
ジロリ、と。クヴェルがルカ顔を睨みつけ、ルカもそれに対して視線を刺し返す。
「さあ、正々堂々やりあおうぜ、クソガキがよおっ! 《炎弾》ッ!」
「ごめんねっ! 《植物召喚》ッ!」
飛んできた炎の弾を、ルカは腕から生やした盾蔓で防ぎ切る。水分を保った植物はそう簡単には燃えず、焦げが生まれるだけで留まる。
「へえ、植物召喚ねぇ。珍しい魔法使うな」
クヴェルが面白そうにそう告げる。ルカは魔法使いをほとんど知らないため比較対象がいないが、実際、植物召喚はあまり使い手がいない。
ただしそれは使えないという意味合いではなく、好んで使う人がいないという意味合いで。原則的には魔法使いにとって、火力の高い炎属性や雷属性の魔法が好まれるため、攻撃性能の低い植物召喚は使おうとする人が少ない。
そして、不人気な理由のもうひとつが。
「《捕縛蔦》ッ!」
もう一方の腕から飛び出した蔦が、その意識のままにクヴェルを巻き取る。
件の魔法訓練の際にエアハルトから教えてもらった新しい魔法。魔力による意志の疎通が可能な蔦で、捕縛に使える他、退避、緊急時の命綱などに使える便利な魔法だ。
だが、しかし。
「たしかに珍しい魔法だ。けどよお、植物は炎に弱いって、そんな常識を知らねえわけでもないよな!」
多少の炎であればいざ知らず、それ以上ともなれば植物が炎に焼切られるのは当然で。
「悪いな、相性最悪で」
「くっ……」
ルカとクヴェルとの戦いが、始まった。




