#64 魔薬の力
「吹き飛べっ! 《爆裂筒》ッ!」
ルカがそう叫ぶと同時。そこでに持たれた筒から、尋常じゃない勢いの衝撃波が発生する。
エアハルトのお手製の魔道具、爆裂筒。その威力は、ゴーレムに使ったときに証明済み。
それを至近距離でモロに食らうとなれば、いくら魔法使いであれど、大ダメージは必至。
「ぐがぁっ!」
グウェルは顔面にまともに爆裂筒を喰らい、その勢いで後方に吹き飛ばされる。
瞬間、緩んだ拘束からルカが抜け出す。
「このっ! 小娘ッ!」
「おっと、それを許すと思うか?」
反撃に出ようとしたバートレーを、エアハルトが制止する。
一対一の勝負ではエアハルトの優勢である、ということに両者が理解している現状。バートレーが頼ろうと思っていた人質は、既に脱出されたどころか、魔法使いであるのならば、もはや相手の戦力として数えてもいい。
(グウェルは、死んではおらんだろうが、しかしあれではしばらく動けまい。状況は一対二、圧倒的な不利盤面と言っていいだろう)
スタタッと、軽快な足取りでルカがエアハルトの横に並ぶ。
「たしか、形勢逆転、と言ったか?」
言われた言葉を、文字通りそっくりそのまま返されてしまい、バートレーは歯噛みする。
たしかに、バートレーひとりではエアハルトには勝てないだろう。それをわかっていたからこそ、グウェルと共謀して人質をとった。
しかし、その人質が魔法使いだということは誤算だった。……グウェルから逃げ切ったという話を聞いたときに、もう少し警戒すべきだったかもしれない。ただの子供でない、と。
だけど。だけれども。
(たしかに、この小娘が魔法使いだということは誤算だった。それは認める。しかし)
「だからといって、人間に与するような阿呆共に、負けるわけにはいかんのだよっ!」
そう言って、なにかを取り出したバートレーは。それを自身の腕に差し込む。
「ぐっ、がはっ……」
瞬間、目を白黒させながらに苦しそうに悶える彼を見て、エアハルトとルカは驚愕する。
まさか、自死を選んだ、などというわけがない。この男の矜持を持ってして、この場でそれをするのはこの男にとって、なによりも苦しいものだろうから。
で、あるならば、これは――諦めから来たものではない。
一層警戒を強めるエアハルトに、苦しそうな呼吸のバートレーが、途切れ途切れに声を出す。
「はぁ、はぁ……、たしか、エアハルト、お前は、魔薬の類が嫌い、だったよな?」
「……ああ、そのとおりだ。よく知ってるな」
「まあ、警戒リストに、入れていたから、ね。……だから、お前がこの街に来て、裏路地に来たとき。すぐに、牽制をした」
だがしかし、その程度で止まる人間だとも思っていなかった。だから、対策は打っていた。
当然ながら、それが失敗したときのことも、考えて。
「ひとつ、いいことを教えてやろう。エアハルト、お前、魔薬についてどれだけ知っている?」
「人間の体内に存在している魔力にアクセスして、魔法を起動する薬のことだろう?」
「ああ、そうさ。元々は魔法性の植物が自身を他の生き物から守るために、催眠魔法を混ぜ込んだ香りを放っていたことに由来している」
幸せになる花、というように崇められていた植物。当然人間もそれに近づくとその催眠魔法の影響にかかり、幸せな気分になりながら、その場を離れることになる。
しかし、そんな魔法の植物に焦点を当て、研究する者がいた。
その研究者は、その植物の成分を分析し、そして鬱な気分を振り払う薬を作った。
それが正しく使われるのなら、それで良かったのだが。いつの世にも阿呆はいるもので。ただの快楽目的での流通、そして販売が行われるようになった。
魔薬の副作用が判明し、禁止薬物となった今でさえ。裏で取引されているほどに。
「返して言えば、魔薬による向精神の作用は、魔薬の魔法によるものだ、ということだ」
「……なにが言いたい」
「単純な話だ。……魔薬の魔法は、別に向精神だけではないということだ!」
そう言うと、バートレーはフヒヒッと、君の悪い笑いを漏らした。
それまでは、実際の言動はともかく、ある程度紳士のような立ち居振る舞いをしていた彼が。まるで人が変わったかのように、獣のような視線でジロリとエアハルトを睨んだ。
「これを使うのは、できれば避けたかったのだが。致し方ない」
バートレーが使った魔薬は、発言のとおり、向精神薬というわけではなかった。
持っていかれそうな意識をなんとか保ちつつ、はあ、はあ、と呼吸を整える。
「まあ、説明するよりも見てもらうほうが早いだろう。……《炎弾》ッ!」
バートレーが放った魔法は、先程まで使っていた《炎弾》。しかし、それは先程までのそれと大きく見違えるもので。
「なんだ、これはっ! 《防護……間に合わねぇ!」
襲い来る、あまりにも強大な炎に。エアハルトは外套で自身とルカを覆う。
「ふはははははは! なんて素晴らしい力だ。距離もあるだろうが、エアハルト、貴様でもこの力は御しきれんかっ!」
そう言って。しかし、直後にバートレーは手で頭を抑えながら「いかんいかん、落ち着かねば」と。
まるで、二重人格であるかのように、全く違うバートレーが同時に出現していた。
外套は、仕込んである魔法のおかげでほとんど燃えず、熱も通さないが。しかし、今の一撃で外套自身の魔法がかなり消耗した。次は防げない。
「……バートレー、と言ったな。お前」
「ああ、そうだ。エアハルト。どうした?」
「その腕。どうした?」
エアハルトがそう指摘する。バートレーの右腕。つい先程、炎弾を放ったその腕だ。
「…………ああ、なるほど。今の攻撃のせいか。まあいいだろう」
その腕は、明らかに火傷をしており。すなわち、身体が魔法に追いついていないことを示していた。
にも変わらず、バートレーはそれを一切期にする様子もなく。同じ腕を構えようとする。
「このままだと死ぬぞ、バートレーッ!」
「知らないねえ! そんなものっ!」
そのまま、2発目が発射される。今度は予測もついていたために《防護壁》の発動が間に合うが。
「くっ、なんだこの熱量……」
尋常じゃないその炎は、防護壁を介して尚、強大な熱を伝えた。
火傷をしていた腕は、さらに酷く症状が進行しており。誰の目から見ても、今の攻撃を続けるのは良くないように見える。
しかし、バートレーはやめなかった。
(おそらく、魔薬であろうものを使ってから、ヤツの様子がおかしくなった)
そして、使ってくる魔法の威力が格段に上がった。
考えられる筋は、
――キャパ上限の、強引な解除。つまりは身体の許容量以上に魔力を解放し、放っている。そして、それを可能にする魔薬を使った。
たしかに、そうだとするならば、辻褄は合う。そんな魔薬があるのかは不明だが、しかし、原則的に一般人に流通させられるものばかりを見てきたエアハルトからしてみれば、魔法使いのための魔薬など、初めて見るので。
あっても、不思議ではない。
防御や対処に尽力をしているが、しかし、このままでは圧倒的にジリ貧。
暴走状態のバートレーのことを考えるならば、ルカを守りつつで反撃というのは、さすがに難しいものがある。
それに、時間が経てば経つほど。もう一人、グウェルが起き上がってくる可能性が出てくる。
「……かはっ」
後方から、そんな声が聞こえてきた。……嫌な予感が当たったようで、どうやら意識は取り戻したらしい。
本当に、このままだとグウェルが戦列に戻ってくるまで時間がない。
(魔薬の詳細な効果は? 持続時間は? 耐えきれば、なんとかなるのか? それとも……)
様々思考を巡らせてみるが、しかし、わからないことが多すぎる。
ただひとつ、明確なこととするならば。このままバートレーを自由に動かし続ければ、ヤツ自身の身体のほうが先にダメになりかねないということだった。
「……ルカ、頼みがある」
「どうしたの? エア」
「グウェルの相手を頼めるか?」
「うん! ……えっ、なんて?」
「よし、頼むぞ!」
「…………ええええええっ!?」
唐突に託されたその使命に、ルカは目を剥いた。




