#63 魔法使いたちの形勢が逆転する
勝負の展開は、大まかに言うなればエアハルトの防戦であった。
(くそっ、アイツ、わかってて俺じゃないところを狙ってやがる)
魔法使いの男は、敢えてエアハルトから離れた位置を――言うなれば、街を狙って攻撃を仕掛けていた。
そこを狙えば、エアハルトがそちらの処理に尽力することをわかっているように。
(油断を、してくれるような相手じゃないよな)
どう考えても全力でこちらのことを仕留めに来ようとしている。矢継ぎ早に放たれる魔法たちが、まさしくその証拠だ。
現状、それらに対して処理が追いついてはいるものの、処理以上に余裕が生まれていないのも事実。
反撃の手を考えてはいるが、どうにも時間的猶予を作らせてくれない。
(この状況を打開できる、なにか――)
街中を駆け巡りながら、相手が使ってくる魔法に対処しつつ。
しかし、その差中に。エアハルトは妙な感覚を覚える。
男が魔法を打ってくる方向に、変な規則性がある。
全体的に、エアハルトの進行方向に対して、左側に向かって魔法が放ち続けられている。
これは、癖か? あるいは。
左側を軽く確認してみるが、特段なにかあるというわけではない。強いて言うなら、より街の中心部に近づくというくらい。
で、あるならば。
「《水遮壁》ッ!」
予め、そこに魔法を配置する。
俺が魔法への処理を怠らないように、先程から男は炎の魔法を中心に使っている。仮にそれを見逃すことがあった際には、家屋に火の手が回ってしまう、という意図で。
で、あるならばそれを相殺できる魔法を配置すればいい。そして、そのひとつで複数回の魔法を処理できるなら。
――少しだけ、余裕が生まれる。
振り向き、男を見据える。
幸いなことに、現在位置はそれなりに広い通り。真っ直ぐに通じているため、なにかを巻き込んでしまう心配などが、ない。
腕を向け、照準をあわせ。――叫ぶ。
「《弾烈》ッ!」
「ッ! 《防護壁》!」
エアハルトの仕掛けたそれに、男は即座に気づき、防御姿勢を取る。
直後、透明な壁によって阻まれこそしたものの、エアハルトの放ったそれの、尋常じゃない威力を目の当たりにする。
「……さすがに破れないか」
「破られてたまるものですか」
エアハルトのその愚痴に、男はそう返しつつも冷や汗をかいた。
緊急で発動した《防護壁》だったとはいえ、ヒビが入っている。少しでも出来が悪ければ、あるいは少しでも威力が高ければ。ヒビは明確な亀裂となり、バラバラに砕け散っていたかもしれない。
そんな威力の攻撃を、ものの一瞬で発動してきて。そしてこちらからの攻撃は見事に全ていなされている。
力量差は明確。いちおうはこちら側から攻め立てることはできているものの、持久戦に持ち込まれた時点でこのまま続けた場合のその結末は明らかだった。
(だが。だからこそ。むしろ、そうであるからこそ、私がコヤツの相手をしなければならない)
真っ向からやり合っては勝ち目がない。そんなこと、わかりきっている。
だからこそ、卑怯と言われようとも、なんと言われようとも。
そして、そのためには。
「《連続炎弾》ッ!」
諦めることなく、再開されたその魔法に。エアハルトは先程と同じく《水遮壁》で対処をする。
(……なんだ、この違和感)
さわり、と。エアハルトの中に異様な感覚が感ぜられた。
これは、先程同じ手段でエアハルトに対処されたものだ。魔法の癖としても同じくで、エアハルトが逃げていた方向に対して、左側に寄った照準。
その方法は、とっくに攻略されただろうに。
なのに、どうして今更――、
ヤケななったのだろうかと、一瞬そう思ったが、どうやらそういうわけでもなさそうだった。なにより、男の目に翳りがない。
なにか、意図あっての行為だということがわかる。
(だとすると、俺に左側へと意識を向けるように誘導されている? なんのために?)
左側にあるものは、先程考えに挙げたように街の中心部がある程度。そちらに意識を向けさせたところで、強いて言うなら、被害が大きくなるから対処を怠らせないように、という程度だろう。
わざわざ反撃の可能性がある中で取る選択肢ではない。
じゃあ、別の理由が?
左側に意識を向けさせたい。……わけじゃない、とすると。
「――ッ! まさか!」
エアハルトは、意識をバッと、逆側に向ける。
瞬間、男がしまった、とでも言いたげな様子で慌てて魔法を撃ち放つ。
しかし、十分に練られていない魔法だったせいか、即座に対処ができ、確認の余裕が生まれる。
近くには、なにもない。だが、静まり返った、夜の街、というわけでもない。
遠くの方で、魔力の動きがあるのが微かにわかる。先程まではこちらの対処の都合で、気づけなかったこと。
誘導を、されていた?
「クソッ!」
慌てて、そちらに向けて移動を開始しようとする。
当然男はそれを阻止しようと、反対側に魔法を撃つが、即座にそれらは相殺される。
この街において、魔法を行使できる存在は、推定四人。
ここにいるエアハルトと、その相手をしている魔法使いの男。
そして、ルカと彼女を襲った魔法使い。
魔力の流れがあったというのであれば――、
「久しぶりだなぁ、エアハルトさんがよぉ」
エアハルトが、現場に駆けつけたときには。少し、遅かった。
ヘラヘラと笑う男に、ルカは首を抱えられ、捕まっていた。
「ごめ、んなさい、エア……」
もがきながら苦しそうに言うルカの様子に、エアハルトは腕を構える。
しかし、
「エアハルト、そこまでだ」
背後から近づいてくる。もうひとりの魔法使い。
「んだよ、バートレーのおっさん。倒しきれなかった上に、引き付けの役割も熟せなかったのかよ」
「そう言っているグウェルこそ、子供ひとりに随分と苦労していたようだがな」
もっと早くにその小娘を連れてくる予定だっただろう、と。バートレーと呼ばれた男は難しい顔をした。
「とにもかくにも、これで形勢逆転だ。エアハルト。おとなしくしてもらおうか」
ふたりの魔法使いに挟まれ、そして、人質も取られている現状。
たしかに、先程までは防戦とは言いつつもエアハルトのほうが優勢ではあった。だが、こうなってしまうと――、
構えた腕を降ろさないままでいると、グウェルが首を傾げながら軽口を叩き始める。
「おっと、下手な行動はするんじゃないぞ? たしかに俺たちよりお前のほうが強いかもしれないが、変なことをした瞬間に、お前が俺たちを倒すより先に、俺がこの小娘を殺す」
被害について、一切考慮しなければ。この場を対処することについてはエアハルトにとって、難しいことはなかった。
それこそ、少々のタメこそ必要だが《豪爆重弾烈》などを撃てば、なんの問題もなくこのふたりを倒すことができるだろう。
しかし、それはこの街を。そして、ルカを巻き込むことに等しい。
なんの罪もない人を巻き込むことも。そして、恩人であるルカを巻き込むことも、エアハルトにとっては取りたくはない選択肢だった。
だからこそ――、
ジリジリと背後から近づいてくるバートレーを、警戒しつつも、腕は降ろさず。
しかし、なにもできず、動けず。ただ、その場に立っていた。
(どうか、頼む。どうか、どうにか――)
気づかないでくれ、と。
バートレーと、グウェルと。そのふたりの意識がエアハルトへと向かっていた、そのとき。
ルカはカバンの中に、こっそりと手を差し込み。
バレないように、筒を1本、取り出した。
(エアが、気を引きつけてくれてる。勝負は、一度きり)
エアハルトが、言ってくれた。今回の作戦において、ルカが最大の鍵になる、と。
その、期待に応えたい。
気づかれないように、こっそり、慎重に。
バートレーとグウェルには、大きな誤算があった。
それこそが、エアハルトの言った最大の突破口であり、そして。
「…………? なんだ、この流れは」
バートレーが、ふと、そんなことを言った。
魔力の流れが、発生しているのに気づいたのだ。
その言葉に、グウェルも同じくして気づく。
「おい、エアハルト! テメエさっきの言葉聞いてなかったのか! 変なことをしでかそうとしたら――」
「グウェルッ! 馬鹿野郎、エアハルトじゃない! 早くその小娘を離せっ!」
「……へ?」
気づかれた、が。もう遅い。
抜け落ちていく魔力の感覚にグラリと意識が持っていかれそうになるが、なんとかこらえる。
手に持った筒を、しっかりと構え。そして、自分の背後へと、その発射口を向ける。
「吹き飛べっ! 《爆裂筒》ッ!」
バートレーとグウェル。このふたりの最大の誤算とは、
ルカも、魔法使いだということだった。




