#62 魔法使いたちは対峙する
静まり返った夜の街。
不安な気持ちを抱えながら、ルカはトットットットッ、と。大通りを走っていた。
深夜も深夜、人の姿も見えやしない、そんな通りを駆け抜ける。
「できるだけ、できるだけ遠くに……」
まるでなにかから逃げるかのように。あるいは、遠ざかりたいかのようにして。ルカは必死に走っていた。
「やあ、お嬢さん。……いや、テメェにはもう正体を隠す理由もねえな」
そんなルカのことを、呼び止める影がひとつ。
ルカの頬に、冷たい汗が伝う。
「お前、わかってんだろ? 俺の正体が魔法使いだってことはよぉ」
ルカが恐る恐るに振り返ってみると、そこにいたのはあのとき追いかけてきた青年。
つまり、――敵の魔法使い。
「どうやら俺のことを警備隊には言わないでいてくれたみたいだな。それとも、言ったけどまともに取り合ってくれなかったか? まあ、どっちでもいいさ」
ルカが一歩後退ると。彼も同じく一歩詰め寄ってくる。
どうやら、当たり前ではあるが見逃すといった選択肢はないらしい。
「まあまあ、心配するな。こっちとしても事情が変わってな。お前のことを殺さず捕まえなきゃいけなくなったんだわ」
飄々とした様子でそう話す彼。なんてめんどくさい話なんだろうな? と、
ルカはカバンの縁をキュッと握りしめながら、彼のことを睨みつける。
怖い、怖い、怖い。だけれど、私も頑張らないと……!
「だからよぉ、殺しやしねえんだから、素直に捕まってくれねえかな!」
「い……嫌っ!」
当然そんな要求を飲み込むわけもなく。ルカは脱兎のごとく、その場から全力で逃げ出す。
そんなルカを見て、青年は気怠そうにしながら「大人しく掴まりゃ、少なくともそれまでは痛い思いしなくて済むのに」と。そう言って。
そして、面倒事が増えた一方で、面白みも生まれた、とでも言いたげに。
彼は口角を上げ。
「まあ、だろうと思ったがなあ!」
そう叫ぶと、彼はまずは手始めに、と。火球を2つ生み出して、投擲する。
「前回はあのクソ野郎の邪魔が入ったが、仕切り直しで、今度こそ追いかけっこの決着をつけようじゃねえか!」
立て続けに、数発。火球がルカに向かって飛んでくる。
ルカは、前回と同じく逃げに徹する。脚に魔力を集中させ、とにかく脚力に補正をかける。
後ろを確認する余裕はない。純粋な魔力勝負や脚力勝負では負けているのだ。
火球はなんとか気配で察知しながら、とにかく、ひたすらに逃げる。
「相変わらず、逃げ足の早いことで!」
青年も、同じく身体強化を施しながら、ルカのことを追いかける。
いくら強化されたルカが、成人男性よりも身体能力が高いとはいえ、やはり魔法使い相手では、そんなもの焼け石に水で。ジリジリと、感覚が詰まっていく。
「なにか、なにか打開するためのなにかが……!」
できるだけ遠くに。ルカは必死に周囲を確認する。
頬を掠めて飛んでいった火球が、そのまま道の先を仄かに照らす。
「……人影?」
照らされて、そこに誰かがいるのがわかった。
走り続けることで、段々とその影に近づいていき。その姿もはっきりと見えるようになってくる。
「人だ。……人だ!」
助けてもら……はダメだ。むしろあの人たちを逃さないと。
ルカは魔法使いだからなんとか対処ができているが、一般人が巻き込まれてしまってはひとたまりもない。
どうする? と、ルカがそんなことを思案していると。前方の人たちから、思っても見ない言葉が飛んでくる。
「大丈夫か! こっちに来なさい!」
「えっ?」
助けてくれると、そういうことだろうか。ジッと前を見つめてみれば、その人たちの服装。たしか、あれは警備隊の制服だ。
つまり、魔法使いを捕縛する組織の人たち。
――助かった!
ルカは歓喜のままに、そのまま直進をする。
おそらくは魔法使いに対抗するための武器であろうか。それを構えた男性ふたりのところへと向かおうとして。
「……あれ、警備隊?」
ふと、なにか、忘れているような気がして。
警備隊。魔法使いを捕縛する組織。
私も魔法使いだけど、まだ指名手配されてないから、その点については大丈夫。
でも、なにかが引っかかる。なにかが――、
「そうだ! ダメだ!」
警備隊のところにつく、その一瞬手前。ルカはハッとして、方向転換し、直角に路地裏へと入り込んだ。
「あん? なんであのガキ、警備隊を避けやがった? 捕まえたと思 ったのに」
普通、魔法使いから追われている状況で警備隊を見つければ、間違いなく助けを求めるだろう。
だからこそ、青年は罠を仕掛けた。自分たちの息のかかった警備隊を街に待機させ、ルカを追い込んで彼らに助けを求めたところを捕まえる。そんな計画を敷いていたのに、
随分と、勘がいい。
「おい、お前ら。なぜだかはわからんが、警備隊が敵だということがバレてるらしい。こうなりゃ事前の作戦は無意味だ。他の待機組に連絡して回って、お前らも捕獲に回れ!」
「はい!」
警備隊の男たちは、そう元気よく返事をすると。めいめい走り出した。
「さて。……俺はあのガキを追いかけ続けるか」
たしかに、脚は速い。だが、俺のほうが速いし、数だってこちらが上だ。いずれはスタミナ切れもするだろう。
いつまで、耐えられるかな? そんなことを考えながら、青年は不敵に笑った。
同時刻。
「おや……招いてもいないのに、勝手に入ってくるとは」
「テメエらがクソみたいなことをしていなけりゃ、こんな荒事にするつもりもなかったんだがな」
街中のとある建物の中。少しだけ、聞いた覚えのある声にエアハルトはそう返した。
「クソみたいなこと? はて、心当たりがないな」
「わかってて言ってるだろ。魔薬みたいなゴミを流してることを言ってるんだ」
以前、エアハルトに対して牽制をかけてきた声は、そのままの声で。しかし、嘲るような雰囲気で。
「なにを言っているのだろうか。魔薬に関する法律は、人間を縛るもの。人の領分を超えた我々魔法使いには、そんな法律に縛られる道理はないと考えるが」
その発言に、エアハルトはひとつ確信を得る。
なるほど、コイツは魔力優性主義か。
それは、その名の通り。魔法が使える魔法使いが優秀であるというような考え方。
ウェルズなんかにもその考え方の傾向があるにはあるが、程度がその比ではない。
魔法が使える分魔法使いのほうが優秀、と考える程度のウェルズに対して、魔力優性主義者は魔法使いは魔力を扱えるように進化した種族であり、そうでない人間は下等であり、魔法使いのために尽くすべきである。と、そう考える人たちだ。
「それよりも、我々からしてみれば下等生物どもの味方をしているお前のほうが、行動に理解ができないのだが」
わかりきってはいたことだが、やはり、話し合いでの解決は難しいらしい。
「俺は、なにがなんでもテメエらの魔薬事業を叩き潰すつもりだが。……やめろと言ってやめるわけないよな?」
「もちろんだ」
男はそう言うと、すっと立ち上がる。
そして、エアハルトの方に向き直り。そして、
「さて。話もそこそこに、突然で悪いが――《炎弾》ッ!」
「《鎮まれ》ッ!」
襲いかかってくることは、想定していた。だから、予め用意しておいた魔法で、打ち消す。
「ほほう。魔法を打ち消す魔法。……全く、デタラメな能力を」
「ここで争うと、街に被害が出る。場所を移さないか」
ここを根城としているのだろう。だから、それが壊れるのは――、
そう思って了承してくれることを願ったエアハルトだったが。しかし、その希望が叶うことはなかった。
「断る。街中のほうが、お前はやりにくいのだろう。わざわざ敵に都合がいい舞台を用意すると思うか?」
やはり、バレているか、と。エアハルトは冷や汗を浮かべた。




