#60 少女は立ち向かう決意をする
「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ!」
市場を歩いていると、元気の良い。しかし、それと同時に幼い声が聞こえてきた。
「子供が、仕事しているのか?」
エアハルトは、ぽつりとそう呟いた。
声のする方に向かってみれば、周囲の店とは圧倒的な差がそこにはあった。
建屋に構えられていたり、あるいは屋台で出店しているのがほとんどな中で、茣蓙の上に野菜が並べられているだけ。その茣蓙ですらかなりボロボロで、正直食品を乗せる上で衛生的な面が気になる。
売っているのは、予想のとおり、子供。人数はふたり、男の子と女の子。
見た目は少しやつれていて、身奇麗とも言い難い。
こちらもやはり、食品を扱う上での衛生管理とは言い難い。が、それよりも。
(児童労働かと思っていたが、予想よりずっと問題は深刻らしい)
農村などでは珍しい話ではないが、農業都市の方な大きな街でも子供が家業を手伝うのか、と。そう思って様子を見に来たのだが。どうやら、そういうレベルの話ではないらしかった。
「ひとつ、いくらだい?」
エアハルトがそう声をかけると、子供たちはお互いに顔を見合わせて「いくらだっけ」「ええっと、ええっと」と。
「……ふむ、これで足りるだろうか」
そう言って、エアハルトはお金を差し出す。ここまでの市場で確認してきた相場よりも、5割ほど多めの料金。
「いいの?」
女の子の方が目を輝かせながら、聴いてくるので、エアハルトはコクリと頷いた。
「もし、よければ少し事情を教えて欲し――」
エアハルトがそう尋ねようとしたとき、女の子の前にバッと男の子が割って入ってきた。
その様子を見て、なるほど、と。エアハルトは今の状況を理解した。
お金だけを渡して、野菜を貰い。サッとそのまま離れる。
「……ルカ、お願いできるか?」
「うん。……私も、気になる」
大人の男のエアハルトだから、警戒されている。ならば、ルカならば。
ルカもたしかに17歳ではあるのだが、見た目は完全に10歳やそのあたり、なんならもう少し幼くも見える。彼女ならば、話を聞きやすいだろう。
「あのね、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
先程の大人の連れの人だから、と。男の子はまだ少し警戒気味だったが。しかし、女の子と同じくらいの歳に見える子ということもあって、その場を引いてくれる。
「どうして、ここでお店を開いてるの?」
正直、許可のある店には見えない。周囲を見てみても、あまり他の店舗からは好意的に見られてはいなさそうである。
「……お父さんが、働いてくれないから。それなのに、お金を持ってこいって」
ルカも。少し離れて聞いていたエアハルトも、大きく驚いた。
「お父さんが怖い人からお金を借りてて。でも、お父さんは働こうとしなくって。それなのに、よくわかんないものを変な人から買ってて。……家にお金が無くって」
「……あのクソ野郎は、俺たちがお金を持ってこなきゃ、殴って、蹴って。俺たちのことを売ってもいいんだぞ? って、そう脅してくるんだ」
だから、こうしてなんとかお金を稼いで。そこから父親に渡す分、新たに商品を仕入れる分、と。なんとかやりくりしているらしい。
「……逃げようと、思わなかったの?」
「逃げたことはあるさ。けど、途中で警備隊に捕まって。クソ野郎のところに送り返しさ。父親が虐待をしてくるんだって言っても、まともに取り合ってくれなかったし」
男の子は、俯きながら、そう吐き捨てた。
「こんなことしてるのは、俺たちだけじゃない。……他にも、似たようなことしてる奴らはいっぱいいるよ。いや、いっぱいいた、のほうが正しいかな」
その言葉に、ルカは首を傾げる。
「随分と減ったんだよ。警備隊に捕まったか、親が更生したか、あるいは、死んだか」
サラリと言い放つ男の子の横で、女の子がギョッとした表情で「そういうのは言わないって約束でしょ!」と。
しかし男の子は、それが事実だろう。とでも言いたげな表情でそっぽを向いた。
その場に、言い難い沈黙が流れる。
ルカがエアハルトに助けを求めるように視線を送るが、ここでエアハルトが行っても更に悪化するだけなように見える。
「とにかく、そういうわけだから。……同情はしなくていい。それならもっと身になるものをくれ」
男の子が、そう言って。ケッと後ろに下がる。
女の子が「ごめんなさい、ごめんなさい!」と、謝るが。ルカは「こちらこそごめんね?」と。
お互いに気まずくなりながらに、ルカはその場を離れた。
「エア」
「ああ、わかってる」
ルカの言いたいことは、察していた。
「助けたいんだろ」
「うん」
「でも、そうなると――」
「わかってる」
ルカも、なんとなくではあったが、察していた。
聞く話の中に、違和感というか、直感的に気づくことがあった。
エアハルトは実際に。ルカは伝聞のみではあったが、なんとなく、で。
おそらく、魔薬が絡んでいる。そう、確信していた。
父親の状況。この街で、多額の借金を抱えるまでになってしまった要因。なにか怪しいものを買っているという言葉。
魔薬の依存性から抜け出せず、しかし、その弊害により仕事をすることもままならなくなり、そのまま転げ落ちるかのように借金が膨れ上がり。
普通であればこのままスラム堕ち、というところだが、その負のスパイラルのツケが悲しいことに子供に振りかかってしまった、というところだろう。
「これを助けるってことは、いいんだな?」
「……怖いけど、うん」
エアハルトが提示した、3つの策。
すぐさま逃げる、観光してから離れる。そして、元凶を叩き潰す。
ルカが、即刻否定した、最後の選択肢。それを取るということだった。
「同情はいらないって言われたけど。私はあれを見過ごしたくない」
「そうか」
……ならば、と。
「少し、準備をしたい。部屋に戻ろう」
「……うん」
「アンタの方から呼び出すなんて珍しいね」
「……すまない。ちょっと厄介な要件が発生してしまってな」
「へぇ。珍しい。こっちも同じく厄介なことが起こったんすよ」
暗がりの中。男がふたり。
「……もしかしたら、同じ要件かもしれないな」
「かもっすねぇ」
ひとりは眉をひそめながら、ひとりはケラケラと笑いながら。
「エアハルトの野郎がいた。……なにか、嗅ぎ回っているようだ」
「ほう。ホントに一緒だった」
「これは、良かったというべきか、悪いというべきか」
いや、面倒な案件をふたつ同時に抱えることが無かったと、そう思うことにしよう。
「いちおう、仕事の邪魔をするな、と。牽制をしておいたが」
「それで引き下がるような男でもないでしょう。……アイツのせいで、俺の獲物を取り逃したし」
「獲物?」
ジロリ、と。男が睨み、もうひとりがしまった、と。
「いやぁ、実はガキに俺のシマがバレましてね? いや!わかっててきたのかどうかはわからなかったんですけど、念の為に始末しておくかと、追いかけたんですけど」
「逃げられ、エアハルトに遭遇した、と。そういうわけか」
貴様、自分の立場がわかっているんだろうな。と、男が嘆息混じりに漏らした。
「でも、助けられた人間も魔法使いですし、今のところ警備隊も動いてないし、大丈夫なんじゃないっすかね?」
「警備隊が動かないのは誰のおかげだと思ってる」
「あははー、それはいつもありがとうございまっす」
飄々とした様子の男に、これまたひとつ、大きなため息が出る。
「しかし、どうしたものか。……エアハルトとは、本当に厄介なやつが来たものだ」
「俺は噂程度しか知らないんですが、そんなにやべえんすか? エアハルトって」
曲がりなりにも俺たちでかかれば、数的有利はありますよね? と。
しかし、男は眉ひとつ動かさずに答える。
「アイツがなりふり構わず、全力で俺たちを消しにかかろうとするなら、間違いなく何もできずに終わるだろう。少なくとも、魔力の量だけでいえば、俺たちの総量ですら、アイツのキャパには追いつかん」
「はあ!? なんすかそのイカれ性能」
「それも、属性無しの純粋魔力で撃ち込むこともできるから、打ち消しによる対策もままならない」
「待ってください。もしかしなくても、俺たちのほうがまずいんじゃ――」
「だが、言っただろう。アイツがなりふり構わずに来たなら、と」
「あっ……」
そう。ここまでの話はエアハルトが全力で戦えば、の話。
しかし、エアハルトは周囲の被害を嫌う。可能な限り、少なくしようとする。
なんなら、
「人質を取れば、間違いなくアイツは攻撃できなくなる。居たんだろう。たまたまか、あるいは元から一緒だったかはわからないが、エアハルトが助けたやつが」
そう言われ、男は思い出す。
そういえば、たしかあのとき、あの娘は誰かを探していた。
それは、エアハルトだったのではないだろうか。そうだとすれば――、
「いいっすね。その作戦。俺、乗りますよ」
「むしろお前じゃないとその子供がわからない。お前にしか頼めないんだ」
「それじゃ、早速俺、探してきます!」
そう言い、男は足早にその場を立ち去った。
「全く。忙しないやつめ。まだ話したいことがあったというのに」
男は、眉をひそめながら、そう吐き捨てた。




