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#55 大罪人は接触する

 ファフマールの中央部に到着したのは、翌日の夜の頃だった。

 エアハルトとルカは、とりあえずは手近な宿で素泊まりをすることにした。


「それじゃ、おやすみ」


「うん、おやすみ……」


 眠たそうな目を擦りながら、ふわあっとルカは大きくあくびをした。






 毛布に包まっていたルカは、夜中にふと目を覚ました。


「……?」


 エアハルトが、いない。

 まだショボショボする目を必死に見開きながら、暗い部屋の中を探す。


 隣のベットには、当然いない。ここが宿の個室であることを改めて確認してから、《光球(ルミナスフィア)》と、小さくつぶやいた。

 両手の間から握りこぶしほどの光源が現れ、あたりを照らしてくれる。


「……やっぱりいない」


 エアハルトの姿どころか、着ていた外套までもがない。


 出かけているのだろうか。しかし、こんな夜中に? ルカの頭に、様々な考えが駆け巡る。


「もしかして……」


 と。ルカの中に生まれた考えは。ルーナやクレンシーから聞いた、例の噂話だった。

 ファフマールの中央部にて、変な噂がある、という。


 エアハルトに限って、なにかに巻き込まれてまずい状況になるはずがない、と。ルカの中にはそんな信頼はあった。が、

 それはそれとして、心配なものは心配だった。


 自分の外套を取り出し、身に着ける。

 しかし、そこで戸惑う。


 果たして、自分が向かっていいものだろうか。


 いくらルカが魔法使いであって、通常、一般人と1対1

でやりあった場合にルカのほうが有利になりやすいとはいえ、まだ魔法の扱いに慣れていない上、ルカはまだ魔法使いだとバレてはいない……はず。


 そんな彼女がひとりで夜の街に繰り出すことはリスクのあることなわけで。


「……」


 キュッと、外套を掴みながら、考える。


 エアハルトはどうして自分になにも言わず、置いて出ていったのか。

 それは、まだルカには危険なことだと判断したからではないだろうか。あるいは、エアハルトひとりで十分できることだと思ったからではないだろうか。


 そのどちらにしても、ルカが出ていく必要がないわけで。

 むしろ、ルカが出ていくことでエアハルトに迷惑をかけるまである。


「でも、でも……」


 なにか、自分にできることはないだろうか。そんなことを考えながら、ルカは歯痒い思いをするのだった。






「……ほう。こういうことか」


 人目を避けながらファフマールの街中を駆け、路地裏へと辿り着く。

 そうしてそこでエアハルトが目にしたのは。最近、よく似た光景を見た、そんなものだった。


 ぐったりと横たわる人間。その目は落ちくぼんでおり、わかりやすくやつれていることが見て取れる。

 その視線はどこを捉えるわけでもなく、照準は定まっておらず。しかし、なにかを見つめるようにキッと鋭く睨みつけている。


「魔薬の中毒症状。それも、相当にひどい状態だな」


 症状から見れば抑制剤(ダウナー)。身体中の筋肉が弛緩しており、呂律も十分に回っていないように見える。


「こんなでかい街にも……いや、でかい街だからこそか。こんな魔薬(ゴミ)が出回ってるもんなんだな」


 つい先日に治療した中毒者たちは興奮剤(アッパー)の中毒者で、なおかつ人数もかなりいたので見た目からわかる地獄だったが。こちらは見た目こそそれよりかはマシではあるが、状態はむしろこちらのほうがまずく見える。


 曲がりなりにも警備隊の人間で、なおかつ発覚後に最低限の対処が行われていただけに、彼らはまだマシだったのだが。


「マズイな……」


 見てくれ以上に、中身が。体内の状況がマズすぎる。

 魔薬は使用することによる反動として、身体の中をズタズダに壊してしまうということがある。

 強制的に発動される魔法の反動ではあるのだが、当然ながら使用量が多ければ多いほど、試用期間が長ければ長いほど、その影響も大きくなるわけで。

 そして、この魔薬中毒者は、その症状がかなり進行している。


「しかし、どうしたものか」


 ここで、彼を治療してしまうことは可能ではある。しかし、果たしてそれでいいのだろうか。……いや、それだけでいいのだろうかという問題が存在している。


 とりあえず、治療はするとして――そうしなければ、おそらく彼はそう長くもたないから――しかし、治したところで彼がまた魔薬に手を出さないとも限らない。

 彼がどういった経緯で魔薬に手を出したのかは不明だが、魔薬から抜け出すには課題が多い。


 エアハルトができることは、魔薬による体内損傷の治療、依存性の除去である。つまり、魔薬の快楽に関する記憶な残ってしまうために、それゆえの再使用は止めることができない。

 正確に言えば、やれなくはないのだが。多少荒業になってしまうために、行うメリットよりもデメリットのほうが大きくなりやすい。


 そうした関係上、治療するだけでは彼を助けることはできないのだが。しかし、エアハルトは彼の知り合いなどを知っているわけもなく、立ち直りを見届けることも難しい。

 また、体内損傷の具合がひどいこともなかなかに厳しいものがある。見た感じのやつれ具合なんかから、彼の体力がかなり落ちていることが見受けられる。体内損傷の治療には、どうしても魔法を使う必要があるが、治癒魔法のほとんどは治療される側の体力を要する。

 原則的には本人の自然の治癒力を補助する形で治療していくことになるので、どうしても今の彼の体力では無理が出てしまう。


 よくて、数日気絶。悪ければ、なにかしらの後遺症が残りかねない。


「食料を主に作り出している農業都市の中央部で栄養失調になりかけてるとは、なんともまあ皮肉なこったな」


 エアハルトは、今できる、無理のない最大限。依存性の除去と、それから《大治癒(ハイ・ヒール)》とを応急的に使用して、一旦はその場を離れることにした。


「情報が足りないな」


 調べなければならない。まずは、どれくらいの中毒者がいるのかという規模。そして、どこからこの魔薬が出てきているのか。


 ルーナやクレンシーなどから聞いた話を元にして考える限りでは、おそらく規模は相当にあるはず。クレンシーはともかくとして、情報の経路にもよるが、ルーナの耳にまで入ってきているということは相当なはずである。


 一歩踏み出しかけたエアハルトは、正体のわからない、謎の気配を感じた。


(なんだ、これは……)


 ゾッと、背筋を凍らせるような、冷たい感覚。

 まるで、これ以上踏み込むんじゃないと、そう忠告してくるような。


 しばらく動くことができず、エアハルトはその謎の気配と、膠着状態になっていた。


「……お前は、誰だ」


「裏切り者に教えてやる名前なんざねえよ」


「裏切り者……?」


 その呼ばれ方に、心当たりがないわけではない。しかし、エアハルトに対してそういう呼び方をしてくる連中は、原則的にはある共通点があった。


「間違えても、俺のシマで邪魔をしてくれるんじゃねえぞ、エアハルト」


「……なるほどな」


 エアハルトは、認識阻害の魔法を使っていた。だから、そう簡単に、パッと見た程度では彼がエアハルトであると認知することは難しい。

 加えて、エアハルトの視界内に声の主はいない。つまり、顔なんかをしっかりと凝視した上で判断をしたわけでもない。


 だから、声の主は。……エアハルトの顔を見ずに、彼がエアハルトであることを判断したことになる。


(……厄介なことになったな)


 つまりは、声の主がエアハルトと同じく、魔法使いであるということであり。

 おそらくは、彼の考えは人間に対して敵対しているというものだ。

 だから、人間に味方をしているエアハルトのことを裏切り者と呼んでいる。


(魔薬の卸しに関して魔法使いが絡んでいるということを耳にしたことはあるが、しかしこうして直接にぶつかってみると、こうも面倒なものか)


 しばらくして。気配が消えたことを察知したエアハルトは、一旦泊まっていた宿に帰ることにした。

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