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#52 ふたりは薬剤師の元から出立する

「それじゃあ、世話になったな」


「んあ? もう出ていくのさね?」


 事前にあらかたの荷物の整理を済ませていたふたりは、翌朝の早くには出立の準備を終えていた。

 動くのは面倒と言わんばかりに頑なに椅子からは降りようとせず、ルーナはその上で身じろぎだけして彼らの姿を見る。


「まあな。いちおうは警備隊には俺の存在がバレてしまったわけだから、下手にここにとどまるわけにはいかない」


「そうはいってもバレたのはあいつらにだろう? 別に捕まえには来ないだろうさね」


「そういう問題ではないだろう。それに、一度は捕物帳のようなことをしておきながら、俺のことを追わずにいるというのも彼らにとっては立場的に危ういものがあるだろうし」


 存在としてはエアハルトにとっては疎ましいものではあるのだが、しかしだからといって生きづらくあってほしいわけではない。

 もちろん、俺達のことを追わずにいてくれるのであればそれに越したことはないのだが。


「ふゥん、それはまあ、お優しいこって」


 ルーナは面白そうにケラケラと笑いながら、それならばひとつ、いいことを教えてやる。と、


「たしか、お前さんたち。目的地をファフマールと言っていたな」


「ああ。この国では一番二番を競う農業都市だからな」


「十分、気をつけるといい。なにやら嫌な噂を聞いている」


 その言葉に、ルカが不安そうにビクリと反応した。

 ニヤニヤと笑っているルーナの表情に、しかし面白がって言っている節はあっても、わざわざ必要以上に怖がらせようという意図は見えなかった。


「情報の筋は」


「そいつァ言えないね。ただ、信頼性はそこそこといったとこだ」


「そうか……」


 一瞬、エアハルトの中に予定を変更するという考えが浮かんだ。別に無理にファフマールにいかねばならないというわけではないので、わざわざルカを危険に晒してまで行く必要はないだろう。

 そんなエアハルトの思考を読んでか、ルーナは補足をするように口を開いた。


「聞いた話の限りでは、とりあえずルカがひとりで裏路地にでも入らなきゃ問題はなさそうさね。もちろん聞いた話では、だからもしかしたらもっとひどいことになってるかもだが」


「そうか」


 エアハルトはその話を聞くと、ルカに視線を移した。まさか自分に振られると思っていなかったのか、彼女は少ししどろもどろしながら、「もっ、もちろんエアから離れるつもりなはないよ! 裏路地にも、入らない!」と。

 そういうつもりで振ったわけではないのだが。いや、そういうことも聞きたいことではあったが。まあ、いい。とにかくは、生きたいということだろう。その意志が聞けたので良い。


「わかった。なら、行こうか」


 その言葉に、彼女はパアアッと顔を明るくして、エアハルトに抱きつく。

 ルーナは、ケッと言って顔を背け。「イチャイチャと乳繰り合うなら外でやんな」と、そう悪態をついた。

 別にそういうつもりでやっているわけではないのだが。エアハルトは苦笑しながらも、しかしここは彼女の家なわけで。すまないとひとこと謝りつつ、外へと出ていく。


「クケケケケケッ、別に怒ってはいないさね。……また来なよ、大罪人ども」






 それからの移動は、ルカにとって思いもよらないものだった。

 それは、どちらかというと、よい意味で。


 不思議と、足が軽い。というか、以前よりも移動のスピードが速いというのに、問題なくついていくことができており、そして疲れていない。

 エアハルトはルカがそうなっていることを予見していたかのように最初から早足で移動していた。最初はルカはなんでそんなに急いでいるのかと思ったのだが、しかし今ならわかる。これが、今の私の普通のスピードなのだと。


 しかしどうしてこんなことになったのだろうか。別にルカはここに来るまでに筋トレを行ったわけでもないし、持久力の訓練を行ったわけでもない。事実、身体のどこを触ってみてもフニフニである。


 そんな現状と、しかし現在とのギャップにルカが驚きつつもエアハルトの後ろを追っていると、彼から声をかけられる。


「どうして、という顔をしているな」


「――! そうなの! なんでこんなに動けてるのかがわかんない」


「しただろう、訓練。コルチで。それが原因だ」


 一瞬、ルカには思い当たるものがなかった。コルチでしたことといえば指で数えて終わりそうなものだが、しかし、その中にもしかしたらと思いついたものが。


「魔法の、訓練?」


「そのとおり。その中でも、魔力操作による身体強化をしただろう」


「うん」


 それは、ゴーレムを盾蔓で捕縛したあと。ルカの身体能力ではゴーレムとの引き合いに勝つことができず、あっさりと蔓ごと投げ飛ばされてしまった。

 そうしたときにエアハルトが教えてくれたのが、魔力による身体強化、身体補助であった。


 強化や補助を行いたい部分に魔力を集中させ、一時的に筋力や耐入力などをパワーアップさせることができるというもの。もちろん理論上は全身にかけることもできるのだが、必要な魔力が多い他に、なにより局所的に使う場合においても繊細な魔力操作が必要なものを全身にとなると、要求される集中力は尋常じゃないものになる。

 だから基本的には必要に応じて、局所的に、一瞬だけ。という使い方になる。


 しかし、先刻のとおり身体強化を行うのは一瞬だけのはず。それが一体今の状況とどう繋がるのだろうか。ルカがそう尋ねるとエアハルトが少し笑って答えてくれる。


「あそこまで過剰な引き上げは一瞬、というだけだ。全体のベースアップというだけならば、最低限程度で常時発動ができる」


 しかしそれには、身体と魔力とが、それぞれそういう使い方ができるというように認識できておく必要があるが。

 とはいえ、今の彼女は既に身体強化を実践しており、つまりは身体強化のやり方を、身体も魔力も知っているというわけで。


「だから、今のルカのベースの力は。見た目こそ本当に子供のままだが、しかしそこらへんの大人よりかはよっぽど高いものになってる」


 さすがに大人よりというのは言い過ぎではないかと思ったが、しかしルカにとってそのあたりの比較対象がほとんどおらず、数少ない比較対象が魔法使いのエアハルトであるため、よくよく考えてみるとそのあたりの事情についてはもしかしたらもしかするのかもしれない。

 試しに力んでみて自身の二の腕を触ってみるが……やはりフニフニ。

 そんな様子を見たエアハルトが、思わず笑ってしまう。


「別に筋肉が増えたわけではないからな。あくまで魔法による底上げが実現しているだけで」


 笑われてしまったことには少し不満はあるが、しかしその説明を聞いてルカは納得をした。

 まあ、当然ではある。なにもしていないのに筋肉が増えるわけがないし、増えてたらそれはそれでちょっと怖い。


「しかしまあ、思ったよりもベースは上がったようだったが。元の身体能力が低い分、せいぜい成人女性くらいのパワーになると思ってたんだが」


「そうなの?」


「ああ。身体強化は元の力を補助するものだから、元々の身体能力と魔力との2要素の比例で決まる。ルカの場合は身体能力が低かったから弱くなると思ってたんだが」


 エアハルトはそこまで言うと、彼女の姿をぐるりとひと回ししてみる。うん、やはり見た目だけならただの幼い子供にしか見えない。筋肉などもそれ相応であり、彼女自身は17で幼いとまでは言えないのだが、しかし身体能力については見た目相応のはず。なのに、


「それが、今では一般的な成人男性くらいにならおそらく意図的な身体強化無しでも勝てる」


 ということは、魔力の方だろう。総量は見たところ少なすぎるというほどではないが多くもない。であるならば、使い方がうまいのかもしれない。


 そんなことを内心で考えながら、エアハルトは次に向かう街のことを思った。

 忠告のあったその街、ファフマール。一体、何があるというのだろうか。

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