#49 大罪人は宿敵と会話する
「…………」
気まずい空気が流れる。机を挟んで、エアハルトと男とが睨み合っている。
互いに口は開かない。ピンと張り詰めた空気に、
「あわわわわわ……」
ただただひたすらに困惑しているのは、ルカだった。
(あの人はさっきの集団の中にいた人、つまりは警備隊の人……)
それも、エアハルトの姿を見つけるや否や、即座に周囲の人物に追うように指示していた人物だ。
部屋の隅の物陰に身を潜めながら、そっと様子を観察する。
「……随分と警戒されているものだな」
「そりゃもちろん、捕まえに来たわけじゃない、と思っているが、それでもお前は宿敵だからな」
「いや、そういう意味じゃ……いいや、そっちもあながち間違ってはいないか」
お互いに顔の色を伺いながら、腹の中を探り合う。
ずっと敵対してきた相手だからこそ、一切の気が抜けない。
「それで、なんの用事だ。どうせ大方、どっかの薬剤師に変なこと言われたんだろうが」
「ああ、その指摘は間違いではない。その、どっかの薬剤師に言われて、君を尋ねてきた」
「警備隊が魔法使いを尋ねて、ねえ」
それが捕縛でなければどんな用事なんだ、と。エアハルトは苦い顔をする。
しかし、ルーナの言葉を信じるならば、おそらくは彼がここに来た理由は俺たちを捕まえに来たことではない。だが、そうだとすると、なんだ?
「まあ、理由は見せたほうが早いだろう」
そう言って、彼が懐から取り出したのはひとつの小瓶。焦げ茶色した半透明の液体が、ランプの光に暗く照らされる。
ルカにはそれがなんなのかさっぱりだったが、エアハルトは見た瞬間、顔をしかめる。あからさまな嫌悪感を見せる。
「こりゃまた、随分と物騒なものを持ってきたもんだな」
「……やはり、見ただけでわかるものなのか」
「ああ。これでも一端の魔法使いではあるからな」
男性への回答の意味を、ルカは理解する。アレがなんなのかはわからないが、ルカにはそれが見えていた。
あの小瓶の中には魔法が詰められている。正しく言うなら、液体の中に魔法が流れとして、たしかに渦巻いている。
「使ったのか?」
「ルーナ女史といい、君までも俺が使ったと疑うのか」
「いいや、どうせ押収品だと思っている。が、万が一にも使ったのならば、早急に治療を優先せねばならん」
さも当然とばかりにそう言い放つエアハルトに、男性は目を丸める。
「驚いた。本当に治せるのか」
「治す……という表現が正しいのかはわからないが、その魔薬の影響を極限まで減らすことならできる」
「……すごいな」
そう言うと、彼は悔しそうに俯く。自分にはなにもできなかったというのに、と。唇を噛む。
「まあ、お前が使っていないのであればそれでいい」
「待て。少し疑問に思ったのだが、万が一にも俺がこれを使っていたのならば、お前は俺を治療したのか?」
「ああ。したぞ」
言葉に一切の澱みなく。エアハルトはそう宣言した。
「仮にも、敵である警備隊の俺をか?」
「敵である以前に人間だ。魔法によって狂わされている人間を放置するほど、俺も魔法使いとして腐ってるわけじゃあない」
エアハルトはそうすることが当たり前であるかのようにそう言った。が、男性は確信していた。おかしいのはエアハルトの方だと。
仮に魔薬で狂っている人間がいたとして、それを魔法使いとして助けないからといって腐っているだなんてことがあるはずがない。仮に助ける力があるかといい、それを自身を差別してくる相手に使うというのは正直正気の沙汰じゃない。
仮にそんなことをしても、返ってくるのは感謝ではなく罵倒であるかもしれないのに。
エアハルトの行動原理、その考えの真意を探りながら、男性はしっかりとエアハルトの方を向く。
……もしかしたら、本当に助けてくれるのかもしれないと、そんな希望を持ちつつ。
「ルーナもまず真っ先に使用したかどうかを聞いたと言っていたな。アレも同じだろう。アイツは言葉では面倒くさがってふざけていることが多いが、こと魔薬においてはひどく嫌っている」
だからこそ、万が一に備えて開口一番に使用の確認をしたのだろう、と。
エアハルトはそこまで言って、なるほどと合点した。
「ゴーレムの核――抗魔剤は、魔薬の治療薬か」
「知っているのか、抗魔剤を」
男性が食いついてきたことにやや不思議に思いながらも、エアハルトは言葉を続ける。
「収集を依頼されてたからな。その際になにを作るのかと聞いて、軽く説明を受けた程度だが。しかし、魔薬の依存性を一時的に止めるならば、機序としてはたしかに成立はする」
「効くのか……抗魔剤は」
「俺自身が作ったわけでも使ったことあるわけでもないから正確なことは言えないが、しかし材料を鑑みれば効くかもしれない、程度には」
その言葉に、男性は顔を明るくする。ルーナの言葉を信用していなかったわけではないが、しかしその効果を保証まではいかないでも、効くんじゃないか? と言う人間がいることに、小さくない安堵が感じられた。
しかしその様子の彼に、エアハルトは「一時的にではあるが」と、ハッキリ釘を刺した。
「だからこそ、じゃあ一回くらいなら大丈夫だろ、と興味本位でそれを飲んだりするんじゃねえぞ。ソイツを1回飲んだだけで、そこからは一生抗魔剤のお世話になることになるぞ」
「わかっているさ。俺は使わない。俺は、使っていない」
違和感のある言い方に、エアハルトは疑問を感じる。純粋に使っていないといえばいいのに、彼は頑なに「俺は」と、彼自身についてのみを指していた。
「……部下が、身内が使ったんだ。コレは、部下から押収したものだ」
「なるほどな」
エアハルトはただそれだけ言うと、スッと席から立ち上がる。
そうしてあらかじめ準備していた荷物を手に持つと「行くぞ」と、そう伝える。
しかし、その相手はルカではなく、警備隊の男へと。
「……どこへ行くというのだ」
「知らん。俺が知るわけがないだろう、お前が案内しろ」
「だからどこへと」
「魔薬を使ったという部下のところへ」
「――ッ!」
本当に助けてくれるのか、と。期待を抱くとともに男性は耳を疑った。仮にもこちらは最悪殺してでもエアハルトのことを捕まえようとしていた人間なのだぞ、と。……どうしてか、今現在は殺してまでの捕縛は許可されていないが。
しかしエアハルトの当然だろう、早くしろ、というその態度に。本気なのだろうと確信する。
(狂ってやがる)
だがしかし、その狂人に。己が捕まえようとしていた大罪人に。現在助けを求めているのも事実。
自身の無力さがこの上なく悔しいが、しかしここで使えるカードを使わないのは、さらなる愚でしかない。
「わかった、案内する」
「それじゃあ、行ってくるから」
「……うん」
そう言って、ルカはエアハルトの姿を見送る。
さすがに警備隊の本拠地までルカを連れていくわけには行かない。まだ、ギリギリ手配されていない段階なのだ。それなのに、わざわざ魔法使いですと自己紹介しに行く道理はないと、エアハルトはそうルカに伝えた。
「大丈夫、必ず戻ってくるし、ルーナが言っていただろう。この店の中は安全だと」
「でも、エアがこれから行くのは店の外、それにその人は……」
「安心しろ。コイツが仮に襲ってきたとしても、俺がそうそう負けることはないから」
そう言いながら、安心させてやろうとエアハルトはルカの頭をクシャクシャッと撫でてやる。ほんの少し抵抗をされるが、しかし彼女の表情が柔らかくなる。
「待ってるからね!」
ルカがそう言うと、エアハルトは彼を連れて外へと行ってしまった。
ひとり残されたルカは、やはりどうしても寂しくて。その場でうずくまってしまう。
「大丈夫、エアは帰ってくる……」
「だろうねェ、あのイカレ魔法使いが約束を破って帰ってこねェ未来とか想像つかないね」
「はえっ、寝てたはずじゃ!?」
「寝たさ! そんでもう疲れなんざとれたさね!」
いつの間にかルカの後に立っていたルーナが、クケケケケケッと笑いながらそう言った。
「さァて、そんじゃ、私は私で彼から頼まれていた仕事をしようかね」
ガシッと、ルーナはルカの肩を掴む。ルカに、嫌な予感が走る。
なぜなら、ルーナの顔が、まるで楽しみだと文字で書いているかというほどにキラキラしていたから。




