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#47 大罪人は逃走する

「……驚いた」


 エアハルトがそうこぼすと、ルカは隣で首を傾げた。

 遮りの魔窟、一層目。つまるところが地上階。現在、入り口から少し離れた位置にエアハルトたちはいた。

 しばらくは時間とは縁遠かったふたりだが、どうやら外は今現在夜なようだった。


「しかし、あまりいい状況とは言えないな」


「どういうこと?」


 ルカの問いに、エアハルトは親指でダンジョンの外を指差した。ルカがジッと目を凝らしてみれば、そこに人がたくさん集まっていることが伺える。


「すごい人だかりだね!」


「ああ。それも、ほぼ全員が警備隊のやつらだ」


「警備隊って……えっ!?」


 ルカが目を見開き、驚きを顕にする。

 エアハルトが言ったことは、すなわち外にいる人だかりのそのほとんどは、自分たち魔法使いを捕縛せんとする集団であり、出口を塞ぎこそしていないが、このまま出ていけば間違いなく見つかるだろうというほどには軽く包囲されている。


「でも、どうして私たちがここにいることが? ……っ! まさか」


「ルカ、それはない。大丈夫だ」


 ルカの表情に、ひどい不安と悲しみが張り付いたのを見て、エアハルトはすぐにその懸念を取り払う。

 ルカが気にしたこと。それは自分たちが魔法使いであることを明かした相手がバラしたのではないかということ。すなわち、アルフレッドとクレアが警備隊を呼んだのではないかということ。


「アルフレッドやクレアが原因だとするならばタイミングがおかしい」


「タイミング?」


「ああ。だって、俺たちは彼らより先行してこのダンジョンから脱出している。道中構造変化も起こってないし、分かれ道があったわけでもない。つまり、追い越されていない」


 その状態で、彼らは警備隊へと俺たちのことを伝える手段がない。だから、アルフレッドやクレアによるものじゃないと。諭すようにしてエアハルトはルカにそう伝えた。


「仮に可能性があるすれば、例えば魔物部屋(モンスターハウス)から逃げていたあのふたりが、たまたま見てしまったとか、あるいは俺は指名手配されていて顔が割れているから、たまたま町のどこかで見つかっていたか。どちらにせよ、あのふたりは関係ないさ」


「それもそうだね、うん」


 まだ少し不安の残る表情ではあったが、しかしあのふたりではないとわかって安心したのか、幾ばくか明るい表情になる。

 ルカはエアハルトの外套をキュッと掴み、少し身体を寄せる。


「しかし、どうしたものか」


 エアハルトはそう言うと、集団を構成している人物を、再度確認する。


(ただの一兵卒もいるが、あの腕章、隊長クラスも混じってやがるな)


 人数はざっくり20人ほど。加えてこの位置からでは見えないが、おそらくは元から配備されているギルド側の門番がふたりいるはずだ。

 見るに、彼らの装備は普段使っている剣ではなくハンマーであった。


(なるほどな。つまりは俺たちがここにいるということをどこからか聞きつけて、ダンジョン内に捜索しに来たというところか)


 彼らに似合わなぬハンマーは間違いなくゴーレム対策だろう。そうでもなければ慣れていない得物を手にするわけがない。


 観察を進めていると、エアハルトは見知った顔を見つける。正直、可能ならば二度と合わせたくない顔だったが。

 彼は警備隊としてエアハルトを何度も追いかけてきた人物。あんまりしつこいので、名前も知らないのに顔を覚えてしまった。

 言い方だけならただのストーカーみたいで言うほどに危険でもなさそうだが。しかし彼も階級は隊長である。逃げるにあたって刃を交えたことがあるから知っている。彼は、強い。


 とにもかくにも、ほぼ確定と言っていいだろう。エアハルトのことを追いかけてきている警備隊のメンバーを含む20人ほどの集団が、現在ダンジョンの入り口に集まっている。

 目的は、自分たちだろう。エアハルトはそう確信した。


 そうなってくると、元より進めば見つかるのは明白で、一方で仮に一度退いたところで彼らが入ってくるのは予想される。

 進むも地獄、退くも地獄。で、あるならば。


「ルカ」


 エアハルトは自身の傍らにいる少女にそう語りかけると、その身体をそっと抱き寄せる。


「ぴゃあっ!」


「強行突破する。しっかりと掴まっていてくれ」


 ルカは突然に抱き寄せられたことに奇妙な鳴き声を発したが、エアハルトが言った言葉に、今の状況のまずさを把握したのか、すぐに冷静になり、彼にしがみつく。


「脚部を中心とした全身への身体強化、それから、外套に対して目くらましの魔法を」


 時間はない。急ぎながら、しかし丁寧に魔力を操作して身体中に力を行き渡らせる。次いで、外套に対して《隠密(ハイド)》の魔法をかける。

 これで、しっかりと注視しなければ、相当近づきでもしない限りはなんとなく「なんかあるような気がする」というような気のせいというレベルまで認識されにくくなる。


 とはいえ、これは気休めでしかない。20人もいれば誰かが気づくだろう。ひとりに気づかれればそれを皮切りに、連鎖的にバレていく。

 だからこそ、逃げの一瞬を作るためだけの小細工。通用すればいいが、通用してくれ、と。エアハルトは願う。


 ここで戦うのは避けたい。ルカがいるというのはもちろんだが、あまりにも場所が悪い。冒険者たちの多くいる町であり、なおかつギルドも遠くない。戦闘が始まってしまえば、長大連戦が予想される。逃げ切れたとしても相当に損耗することになる。


「……いくぞ」


「うんっ」


 エアハルトに掴まるルカの力が一層強くなる。エアハルト側からも軽く支えはするが、本格的に逃げの一手をとり始めると果たしてエアハルトが彼女のことを気にかけられる保証はない。だからこそ、力強くしがみついてくれていることにはありがたく感じた。


 エアハルトとルカのふたりを覆うように外套を着用する。もっとも、そういう用途のものではないのでキチンと着れているかといえば否なのたが。

 しかし今回に関しては、とにかく身を隠せればそれでいい。


 ダッ、と。エアハルトが力強く床を蹴った。


 タッタッタッタッと、軽い足取りで駆け抜けていく。

 最初に気づいたのは門番だった。足音に気づいた彼らはダンジョンの中を覗く。しかし、足音はするのに人の姿は()()()()()()


 そんな奇妙な状況に首を傾げている間にも、足音は近づいてくる。そして、足音は門番たちの間を通り抜けた。


(第一関門は抜けたっ! 次は警備隊の突破だが)


 瞬間的に周囲の確認。人の少ないところ、抜けやすそうなところはないかとエアハルトは探した。


「人だっ!」


 誰かが叫んだ。門番たちの様子をおかしく思った警備隊のひとりが、夜目を凝らしてエアハルトの姿を捉えた。指を差し、こちらを睨む彼。その言葉に触発されて周りの人たちも気づき始める。こうなってしまっては《隠密(ハイド)》は意味を成さない。


「エアハルトッ! 魔法使いだ!」


 聞き慣れてしまった、嫌な声がした。アイツだ。名前は知らないが、いつも追ってきているヤツだ。


(仕方ない。ルカ、しっかり掴まっててくれよ?)


 エアハルト側からもしっかりと抱きかかえ、魔力を脚へと集中させる。

 見たところ、ダンジョン内に侵攻する予定だったのだろう。ハンマー部隊ばかりで弓兵がいない。幸いした、と。


 エアハルトは跳躍した。それはなんてことはない、ただの跳躍。

 しかし、魔力操作によりパワーを強引に引き上げたそれは、全力でしがみつきつつ、エアハルトからも支えられていたルカですら振り落とさんとするほどの勢いだった。


「追え! 追うんだ!」


 名も知らぬ彼がそう叫ぶ。しかし、申し訳ないが捕まってやる義理も道理もない。


(とりあえずは、なんとか撒くことに専念しよう)


 ぎゅっとルカの身体を支えながら、エアハルトは夜のコルチを飛び回った。

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