#44 少女は魔法を行使する
ああ、くっそ。ほんっとーに、バカじゃん俺。
まともに力の入らない腕で、譲ってもらったハンマーを必死に握る。今、この場で立てているのはこのハンマーがあったからだ。
アレほど非干渉の原則は大切にしろって言われたのにさあ! それを破った結果がこのザマかよ。ほんと、笑えるよ。
……いいや、笑っちゃいけねえ。少なくとも、この状況に引き込んでしまった相方だけでも守りきらないと。
後ろで頭から血を流しながら横たわっている彼女に、少し目を向けて、再度己を奮い立たせる。
大丈夫、重症ではあるけど今のところ生きてはいる。早く、早くコイツラをなんとかして、地上へ――、
焦りはアルフレッド自身の視界を狭める。正面のゴーレムを見据えていた彼だったが、左から近づいてきている別の個体には気づいていなかった。
いいや、気づいていないけではない。ただ、あまりにも多すぎて、判断ができない。
だからこそ、極端に反応が遅れる。
「――ッ!」
気づいたときには、その重々しそうな腕が振り下ろされる直前。ああ、もうダメだ。そう、確信した。
「伏せろ、アルフレッドッ!」
突然、どこからそんな叫び声がした。
焚きつけられるようにしてアルフレッドは己のみを屈める。
直後、己背中の上を、とてつもなく強い風が吹いたような感覚に襲われる。
そして、振りかかってくるはずだった岩の塊が振ってくることはなく。アルフレッドは未だ生きていた。
「いっ……ぃ、な……が」
いったいなにが、と。彼はそう言おうとしたが、突然のことに。そして死さえ覚悟した自分がまだ生きていることへの驚きに。言葉が十分に出てこない。
そのままその場に座り込んでしまう。さっきまで目の前に詰めてきていたゴーレムは遠くに吹き飛ばされている。
「……大丈夫か、アルフレッド。それからクレア」
「あっ、え……エアさん。……それに、ルカちゃん。きっ、危険ですよ、ここは! その、魔物部屋で、だから!」
「もちろん、わかった上で侵入している」
アルフレッドは耳を疑った。あれほど、俺に対して非干渉の原則の大切さを説いてた人が、それを破ってまで今、助けに来てくれているという事実に。
「言ったろ。助けてやるくらいならできるって」
「あ……あぁ……」
ボロボロと、涙が溢れてくる。緊張の、細い細い糸1本でギリギリで保っていた堰が、決壊して濁流が押し寄せてくる。
エアハルトが「泣くのはあとにしろ。まだ解決していない」というが、それでもアルフレッドの涙は止まらない。
「それにしても、相当量いるな。魔物部屋にしてもかなり多い部類だ」
エアハルトは、少し考える。これを全て倒すのは可能だ。だがそのためにはふたつの課題が降りかかる。
ひとつは魔法を使わなければいけないことだ。……これに関しては今となってはもうどうでもいい。バレにくい、誤魔かしやすいやつをさっき一発使ったあとだし。
問題となるもうひとつは、ルカ、アルフレッド、クレアを守りながら戦うことこんなんだということだ。相手はゴーレム。数が増えることによる強さの増え方は指数のそれだ。目の前には数十では収まらない量がすでに見えている。これを捌く間に彼らに被害が行かないとは思えない。
見た感じだと、アルフレッドもかなりの傷を負っているし、それ以上にクレアがマズい。これ以上の被害を与えるわけには行かない。
……ならば。
「ルカ」
「なに? エア」
「……非常事態だ。使ってもいい」
「えっ、それってっ!」
その言葉は、つまりはルカの人前での魔法の使用許可だ。
そしてそれはすなわち、ルカに「人前で罪人であることを晒せ」という意味に他ならない。
「俺があっちの集団を片付ける。が、あの量だ、必ず抜けてくるやつがいる」
エアハルトに促され、ルカもアルフレッドとクレアの状況を見る。ゴクリ、と唾を飲み込み、いかに今が予断を許さない状況なのかを再確認する。
「どれを使ってもいい、なんとしてでも守れ。……ただ、最優先は己だ。ダメそうなら、逃げろ」
「……うん」
エアハルトが虚空からカバンを取り出す。アルフレッドは、一瞬目を疑うが、――いいや、今は考えないことにした。
「いろいろと入ってる。既にお腹が苦しい状況だと思うが、最悪補給も視野に入れろ」
「うん」
「……任せたぞ」
「うんっ!」
エアハルトが、集団に向かって駆け出す。道中のゴーレムも潰しながら回っている。
……が、核まで潰しきれていなかったもの。あるいは、届く距離にいなかったものもいた。そうした奴らがエアハルトに向かうこともあったが、やはり一部はルカたちの元へとやってくる。
「ルカちゃん……危険だ。それに君、武器は……?」
ゴーレムには、打撃系の武器がないと苦戦を強いられる。それはたとえ1対1であってもだ。だというのにルカはふたりを守りながらの複数との戦いを、丸腰で行おうとしている。
「大丈夫、ですっ!」
ホントはちょっと。ううん、すっごく怖いけど。
だけど、任されたんだ。あのエアに。そう自分に言い聞かせて、心を奮い立たせる。
ルカはエアハルトから貰ったかばんを肩にかけて、中身を確認してみる。回復用の水薬、補給用の食料。それからいくつかの、たぶん戦闘のためのなにかの道具。
正直道具については使い方のわからないものも多いけど、エアハルトが渡してくれたのだ、なにかには使えるはず。
「……できれば、今から見ることは忘れてくれると、嬉しいかなあ」
きっとアルフレッドにもクレアにも聞こえはしていない、それくらいに小さな声で、ルカはつぶやいた。
ゴーレムが2体、重々しい立ち上がりで、しかしだんだんと加速しながらこちらへと駆けてくる。
「大丈夫。練習したもん。……倒さなくっていい、必要なのは、止めること!」
ルカは前へと腕を突き出す。……最初にエアハルトが見せてくれたときの、真似だ。
「自分の腕に根を這わせて、そこから魔力を流し込むっ!」
イメージする。地面に――いや、根を張れない床に無理やり召喚したときよりかは、何倍も、やりやすいっ!
「《植物召喚:盾蔓》ッ!」
ルカがそう叫ぶと同時、生まれかけていた根からは急速な勢いで蔓が伸び始め、目の前に大きな壁を作り出す。
「まだ、網蔓を使うには、慣れてない、けど!」
きっと、下手に馴れてない魔法を使うよりかは、こっちのほうがずっと可能性がある。
細やかな魔力操作により、敢えて盾蔓の絡み合いを緩める。
そうすることで、ゴーレムの腕が、身体が。岩でできたそれが重すぎるがゆえに、半端に蔓の間に挟まれる。
「ここで縛り上げてっ、そして巻き取るっ!」
グッと、ルカが力を込めると大きな壁を構成していた蔓はグルンと2体のゴーレムを巻き上げる。
「やった! とりあえず、2体行動不能!」
緊急の実戦であったとはいえ、練習がしっかりと見についていたことに、ルカは大きな喜びを感じる。
けれど、まだ終わったわけじゃない。……まだまだここからなんだ。気を引き締めないと。
そうしてルカが、前を見据えていると、
「何もないところから、植物が」
畏れともとれそうなアルフレッドの声。
「これは、魔法……ってことは、ルカちゃんも、魔法使い……」
アルフレッドは、直近のやり取りから、もしかしたらエア……エアハルトが魔法使いなのではないかということはなんとなく察していた。
まだ離れた位置にいたはずなのにゴーレムの集団を吹き飛ばすような衝撃波が発生したこと。どこからともなくルカちゃんが肩にかけているかばんを取り出したこと。
けれど、まさかこんな小さな女の子までもが。
そんな思いが、フッとアルフレッドの心の中に浮かび上がる。
「……」
ルカは、己に向けられているその視線の意味を理解していた。
覚悟はしていたつもりだった。そういうものなのだと、エアハルトから教えられていたから。
(でも、結構、つらいね、これ)
初めて受けた、他人からの明確な拒絶の感情に。
けれど、今はそれを気にしてはいけないと、無理矢理に押し殺して。




