#42 少女は植物の召喚に苦戦する
「倒せないんだけど!」
「文句を言ってる暇があるうちはまだ大丈夫だ」
「エアの鬼いいいい!」
ルカが真っ白な髪をたなびかせながら安全地帯内を駆け回る。
「こんなところに呼び出しちゃってごめんね! 《焔花》ッ!」
ルカが魔力を右手に集中させながらそう叫ぶ。そのまま流れるように右手で地面に触れると、小さな芽がモゾモゾと生まれ始める。
しかし、それ止まり。花が咲くことはなかった。
「むぅ、やっぱりいつもみたいにうまくいかない……」
「そりゃ、栄養のある大地と、魔力に耐性があるダンジョンの床では育ちやすさに歴然たる差が出てくるのは当然だ」
「じゃあどうすればいいの!?」
ルカは必死の表情でそう訴えかけるが、エアハルトは首を振るだけで何も言わない。自分で気づけ、ということらしい。
「むむむむむむ……」
幸い、ゴーレムの動きが遅い上に、1体しか現れなかったためにルカが考えるために時折立ち止まるくらいの猶予はあった。
「いくら床が魔法に耐性があるといっても、芽が出ている以上、育たないわけではないハズ」
ルカはゴーレムから逃げつつ、先程生み出した焔花のもとに駆け寄る。
「……あれ、根が張ってない」
ルカが焔花の芽を手に取ると、全くの抵抗なくそれが持ち上がる。
ルカは更に走り、それ以前に生み出していた植物たちを確認しにかかる。
「やっぱり根を張ってない。盾蔓も、音花も」
でも、芽までは出た。なぜ?
植物は根から水や栄養を吸い上げて成長の糧にする。ルカが知る限りでは魔法で召喚した植物も似たような原理で、もちろん水や栄養を吸い上げることもできるが、それ以上に魔力を吸い上げることができる。
そしてその魔力を糧に急速に成長するのが焔花や盾蔓といった魔法の植物だ。
その供給のための根っこが地面についていない。だというのに、芽が出るくらいまでは成長したのだ。
じゃあ、その魔力はどこから?
「――っ! もしかしてっ!」
ルカはそう言い、距離を取る。……うん、この距離ならそんなにすぐの追撃はない。
けれど急がなくていいわけではない。ルカは大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせると、右手で床に触る。
「《焔花》ッ!」
魔力を、流し込む。いつもよりずっと多く。
途中、ぴょこんと芽が出る。
まだだ。まだ終わらない。そのままの調子で魔力をもっと流し続ける。
出た芽はそのまま成長を続け、真っ赤な蕾をつける。
しかし、やはり時間はかかってしまっていた。どれだけゴーレムの動きが遅かろうと、時間をかければ詰められる。
もっと、もっとだ。あと少しなんだ。間に合ってっ!
ゴーレムがたどり着くのが先か、これが完成するのが先か。
そうしてそのまま流し続けると――、
「やった、咲いたっ!」
やはり根は張っていない。が、床の上に1輪の花が堂々と咲き誇った。
あと一歩二歩近い位置で召喚を始めていれば、あるいは。そんな距離にまで詰められてしまっていた。しかし、間に合った。
「やっちゃって! 焔花!」
ルカがそう声をかけると、花は息を吸い込むかのように首を後ろに振ったあと、前方のゴーレムに向かって大きな火球を発射する。
「よしっ! やったよエア!」
「ほう……なんとか咲かせることはできたか」
上出来だ、と。エアハルトはルカを褒める。その言葉に「えへへ」と照れを見せるルカだったが、直後のエアハルトの言葉に、その気持ちが吹き飛ぶ。
「だが、攻撃としては不十分、というか不正解だな」
エアハルトがそう言うと、ルカの元へと急接近して、そのまま身体を脇に抱え、走り抜ける。
「はえっ!?」
突然のことにルカが状況を整理できていなかったが、自分がいた場所に立ち上っていた煙が晴れると同時に全てを理解していった。
「嘘っ、倒せてないの!?」
そこにいたのは、元々ルカがいた場所を殴りつけているゴーレムの姿だった。
「まあな。いちおう量産型とはいえアレでもこのダンジョンの守護者的な存在だからな。生半可な攻撃では倒れはしないし」
たしかに、記憶の中にあるゴーレムの姿を思い返してみると、エアハルトこそ楽に倒しているように見えたか、アルフレッドさんとクレアさんはかなり必死で応戦していた。
「それに、ヤツの身体の成分。厳密にいうと核の部分の話にはなるんだが、そこはこのダンジョンの壁と同質のものになってる。この言い方をすれば、どういうことか、わかるか?」
エアハルトの問いかけに、ルカは状況をひとつひとつ分解しながら確認してみる。
ゴーレムの核はこのダンジョンの壁と同質の成分。
ダンジョンの壁は魔法の一切を受け付けない。
そんな成分を含んだ核がゴーレムの身体の中にある。
つまり……、
「もしかして、ゴーレムって魔法が効かないの!?」
「大正解。もちろん、全く効かないってわけじゃないけどな」
なるほど、と。ルカの中に納得の感情が浮かぶ。
しかし、それに追いかけるようにして、もっと違う、そしてもっと大きな感情が湧き上がってくる。
「ってことは、私に勝ち目なかったってことじゃん!」
魔法が効かない相手に、ルカの武器は魔法。つまり、どうしようもない。
そんな状況下でずっと戦わさせられていたのか! と、ルカは憤りを顕にする。
「まあまあまあまあ、落ち着けルカ。それに、勝ち目が無かったわけじゃない」
「えっ?」
エアハルトの言葉に、ルカが首を傾げる。
「それじゃあ魔法の講義だ。今回は自分に不利な相手、不利な環境での戦い方」
そう言うと、エアハルトは右腕を前に突き出す。
突っ込んでくるゴーレムにしっかりと照準を合わせ、魔力を集中させる。
「《植物召喚:盾蔓》」
エアハルトがそう詠唱すると、エアハルトの腕から蔓が伸び始め、ゴーレムの攻撃を受け止める。
「自分に不利な環境。ルカの場合だと植物の召喚がしにくい地形の場合だ」
今のダンジョンを始めとして、金属の多い場所なんかも育ちにくし、土壌が極端に酸性になっていてもやはり育ちにくい。
「そういった場合、地面からの魔力供給による《植物召喚》には期待しないほうがいい。そして、それを打開する方法として、自分自身の身体に生やすことだ」
自分自身の身体に生やすことで、本来いつもは地面に肩代わりしてもらっている分の魔力を自力で補う必要があるが、その代わりにどんな環境下でもそして、自分の身体の延長として植物を扱うことができる。
「そして、苦手な相手。魔法の効かない相手への対抗策として。盾蔓にはこういう使い道もある」
エアハルトがそう言うと、守るためによせ集まっていた蔓たちはその密度を下げていき、その代わりに広く、そして互いに絡むようにして位置を変えていった。
「《網蔓》ッ!」
エアハルトがそう言い切ると、蔓たちはゴーレムを包み切り、絡み合ってゴーレムを縛り上げる。
「あくまで魔法による攻撃が効きにくいだけだ。だから、魔法で召喚した植物からの攻撃ではなかなか効きにくいが、こうやって物理的に直接干渉するようなものであれば問題なく作用する」
エアハルトはそう言うと、身動きが取れなくなっているゴーレムに近づく。
「ただ倒すだけが答えってわけでもない。こうやって相手を行動不能にするだけでも、十二分ってわけだ」
エアハルトはそう言うと、魔法でハンマーを取り出しす。
「2本目持ってたんだ」
「ああ、まあな。ここのゴーレムへのわかりやすい対抗手段だから、一応予備として」
エアハルトが「やるか?」と差し出してくるが、ルカは全力で拒否をする。
自分の体躯より長い柄のハンマーを振り回せる気がしない。
エアハルトはそんなルカを見て笑うと、そのまま動けないゴーレムをハンマーで割り、倒し切った。




