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#40 薬剤師は来客に対応する

 カランカラン……。ドアベルが乾いた音を立てる。


「……やってるか」


「クケケケケ、やってるさァね」


 店主が独特の笑い方をしながら、尋ねてきた男を迎え入れる。


「それで、お前さんみたいな高官サマがこーんな違法薬局にやってくるたァ、なんだい? ついに私もお縄かい?」


 それにしちゃァ、随分と人が少ないようだが。店主がそうからかうと、男性は大きなため息をつき、話し始める。


「別にそういうわけではない。というか、わかって言ってるだろ、ルーナ女史」


「……その敬称はやめな? 好きじゃない。ただの犯罪者につけるもんじゃあないよ」


「ただの犯罪者であってたまるか。元宮廷抱えの薬剤師だった方が」


 男がそう言うと、ルーナは顔をしかめる。


「ま、いいさ。捕まえに来たんじゃないんなら誰だろうと客さね。それで、要件は?」


 ルーナはそう言いながらこっちにこいと手招きする。男はルーナの対面に座り、懐から小瓶を取り出した。

 コトリと置かれた小瓶の中には、焦げ茶色の半透明の液体が入っていた。


 そして、それを見た瞬間。


「ほォ、これァまた珍しいモンを持ってきたもんだねェ」


 ルーナの表情、態度が変わった。まるで、新しい玩具を与えられた子供のように、ひどく興味を示した。


「しかし、随分な粗悪品を掴まされたようだが、どうした? 使ったのか?」


「使ったわけがないだろう。これは押収品だ」


 クケケケケ、と。からかいに対し、男の語気がやや強まったことに満足感を覚える。

 まあ、この男がこれを体内に入れたとなれば、使ったではなく使われた状況だろう、と。ルーナはひとり納得しておく。


「それで、こんな魔薬(まやく)を持ってきてどうするんだい? うちに置いてほしいとでも?」


「なわけあるか! 違法薬物を取り締まる側だぞ」


「そりゃそうさ。私だってソイツらは扱っちゃいねえから、こっちから願い下げさね」


 そう言って、ルーナは小瓶を手に取った。揺らして中身を確かめてみるが、やはり純度が低い。粗悪品だ。


興奮剤(アッパー)か。しかしまァ、こんなもんに頼らなきゃならんような世の中になったってことかァね」


「……面目無い」


「お前さんが謝ることじゃないだろう。それがお国の責任であり、お前さんがお抱えの警備隊だとしても」


 ルーナがそう言うが、男は俯いたまま、様子を変えない。

 しばらく待っても、男は黙ったままだった。下唇を噛み、グッと何かを悔やみ、堪えていた。


「……そういや、まだ要件を聞いてなかったねェ」


 ルーナが柔らかな口調でそう言う。どうやら、思っていた以上に深刻な案件のようだった。


「解毒剤を、作れないか」


 男の言い放ったその言葉に、ルーナは目を丸くした。


「部下が……魔薬(それ)に手を出してしまった」


「なるほどねェ」


 ルーナは小瓶を片手でクルクルと回して、もてあそぶ。

 そして、


「無理さァね」


 ハッキリと、そう言った。


 その言葉を聞いた男は「やはりか……」と言い、悔しそうに歯を食いしばった。


「そもそも魔薬というものの性質上、解毒が無理さね」


「それは……どういうことだ?」


「魔薬はその名のとおり、魔法の薬さァね。もっと厳密に言うなら、体内の魔力に強引にアクセスして無理矢理に魔法を起動させるようなものさね」


「魔法を……起動させる? 待ってくれ、その言い方だとすると、使えるのか? 我々に魔法が」


 男が驚いた様子でそう言うと、ルーナはコクリと頷いた。


「まァ、私自身魔法を使えるわけじゃァないから、詳しい感覚とかは知らねェが、聞いた話によると(・・・・・・・・)魔力自体は全ての人類の体内にあって、使うための素質はあるらしい」


「まるで魔法使いの知り合いがいるかのような言い方だな」


「クケケケケケケ、どうだろうね」


 乾いた笑い声で、ルーナは適当に流す。

 元より、誤魔化す気も毛頭ない。


「魔法使いとそれ以外との差は、簡単に言うと魔力を扱える器官が活性化してるかどうかさァね」


 だから、なろうと思えばお前さんだってなれるさね。と、ルーナはからかう。男は笑わず、ジッと考え込んだ。


 そして、なにかに気づいたのか、慌て始め、思わず立ち上がる。


「……待ってくれ。無理矢理に魔法を発動させる薬が魔薬なのなら、これを使ってしまったら!」


「大丈夫大丈夫、魔法使いになるこたァ無いよ。そこは安心していい」


 ルーナの否定に、男は少し落ち着いて、再び腰を落とした。


「魔薬を飲んだときに発動する魔法は魔薬が発動させている。人体の魔力経路に影響を与えることはおそらく無い」


「おそらく……なのだな」


「まァ、実際に使ったことがあるわけじゃないし、継続的な使用で全くの影響がないかとかも知らねェからね」


 ただ、そういった症例報告を聞いたことがないからたぶん大丈夫なんじゃなかろうかねェ。と、ルーナは笑いながらに言う。


「あれは、材料になったヤツらが魔力を介して魔法を発動させてるのさね。ヌラヨカチが放つ香りとかと同じさ」


 ルーナはそう言うと、ここまでの戯けたような表情から一変して、真面目なモノに変えた。


「しかし、全くの無問題なものかというと、そういうわけじゃァ無い。それはお前さんも知ってのとおりだろう?」


「……ああ。魔薬には使用後に現れる強い依存性と、人体への損傷がある」


 コクリ、と。ルーナは頷き、話し始めた。


「そのとおり。前者に関しては、魔法を使い慣れてないものが間接的にとはいえ魔法を使ったことによって、身体に魔法の残滓が残るのさね。そしてその残滓が、再びの魔法の使用を促す」


 その影響で、再びの魔薬の摂取を求める。


「後者は体内で無理矢理に魔法を発動させたことによる反動さァね。簡単に言やァ身体の中で小さな爆発を発生させてるようなものだと思えばいい」


 そう言うと、ルーナはスッと立ち上がった。


「魔法の薬、魔薬なんて言っちゃあいるが、その実ただの毒。それに関しては私も同意見さね」


 ルーナはそう呟きながら薬の入った棚を開き、カチャカチャとそれらを動かし始める。


「ただ、今の説明の通り、身体の中で起こってるのは魔法とその後遺症。それに対する解毒剤……いんや、解魔剤(かいまざい)とでも呼ぼうかァね? そんなものに心当たりはない」


 そもそもそのときに起こった魔法に対して後から影響を及ぼすなんてことは無理だ。魔法の残滓を除くことができる薬なんてものは聞いたこともない。身体の損傷は、ただの怪我だ。……内部からの細やかな損傷だから手がつけにくいことが難点だが。


 そんなことをつぶやきながら、ルーナはひとつの小瓶を手に取り、元いた席に戻った。


「その代わり、これならある」


 そう言ってルーナが置いたのは、キラキラとした粉末だった。


「……これは?」


「解魔材に対して名付けるなら、抗魔材(こうまざい)とでも言おうかね? ……まあ、早い話が魔法の影響を遮断する薬さね」


 ルーナがそう言うと、男はとてつもない勢いで小瓶を手にとった。


「そんなものが、本当にあるのか?」


「……まあ、臨床実験が不十分だから絶対に効くとは言えない。根本から解決するわけじゃないから依存性を抑えられるだけな上に定期的な摂取が必要。……が、困ったことに材料が安定的に手に入るものじゃァない」


 そう言うとルーナは、ニヤリと笑う。


「高いぞぉ、その薬は」


「……いくらだ」


 男のその対応に、ルーナはクケケケケと笑った。


「金じゃあ無いさ。安全と、それから情報が欲しい。その代わりに、ひとつおまけもやる」


 安全は、この店と私。それから客を見逃すこと。

 情報は、この魔薬の出処。今すぐわからないのならわかってからでいい。


「わかった。そもそもひとつ目はもとよりそのつもりだったしな」


「そりゃァおありがたいことで。クケケケケ」


 そうやって笑って、クルクルと回りながらルーナは男に近づいた。


「それじゃあおまけだ。イイコトを教えてやろう」


 そう言うと、彼女は男の耳に口を近づけ、言った。




 ――解魔剤は知らねェが、治療できるやつは知ってるぞ。

 ま、お前たちがソイツらのことを頼りに行くとは思えねえがねェ。

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