#38 冒険者はもう一度提案する
ゴゴゴゴゴゴ……。地響きと同時に安全地帯の出入り口を塞いでいた壁が取り払われる。
「おっ」
「あっ」
最初にエアハルトが。続いてアルフレッドが。ゴーレムとの戦闘を終え、心身を休めていた2チームともが休憩の終わりを悟った。
「さて、どちらが先に出発するかだが」
「ああ、それなんですけど」
アルフレッドは、少し気まずそうにしながら言う。
「もしよかったら。その……一緒に行動してもらえないかなって」
「…………さっきも言ったが」
「非干渉の原則! ……ですよね。もちろんわかってます」
エアハルトは一度行ったやりとりに少しいらだった声を出すが、アルフレッドはそれを遮るように。強く言葉を紡いだ。
「もちろんそれをわかった上で。けれど、今の俺たちはダンジョンを舐めていた。あまりにも無知すぎる、と感じたんです」
少し俯きながら、悔しそうに彼はいう。その斜め後ろに立っていたクレアも頷いた。
「だから! ……その、一緒に行動して、俺に色々教えてくれませんか? と」
ゴーレムとの戦いや、エアハルトとのやり取りで彼も思ったところがあるのだろう。
「その! えっと、なんていうか。すごく言葉にするのは難しいんですけど」
アルフレッドは少しモジモジしながら、恥ずかしそうに、不安そうに言う。
「さっきのゴーレム戦、俺とクレアのことを育ててくれてたんですよね」
「…………」
アルフレッドの問いかけにエアハルトは、黙ったままだった。ふたりの視線が真っ直ぐにエアハルトを向く。
なんのことがわかってないルカは、そんな3人の顔を順繰りに眺め、首を傾げていた。
「1体目のゴーレムを、説明しながら、しかし迅速に倒して。それでいて疲れている様子もなかった」
アルフレッドが、指を折りながらさっきのことを思い返していく。
「2体目と3体目が出てきたあと、さっきと同じように自分で倒したほうが速いにも関わらず、武器を俺に渡してくれて、そのまま倒し方の教授」
「それから、ミスした私のカバー」
みっつ、指が折られる。
「俺たち、あなたのおかげでうまく立ち回ることができたんです。だから――」
「たしかに、あのとき戦い方を教えたのは事実だ」
エアハルトが、そう言った。
「だが、それはあくまでこの後にお前らの死体を見たくなかったからだ」
ハッキリと、キッパリと言い切るエアハルトに、場の空気が凍りつく。
「曲がりなりにも、安全地帯で一緒になったやつだ。そいつの死体を見かけるとなると、さすがに寝覚めが悪いし」
チラッと。エアハルトはルカの方を見る。
「俺はともかく、うちのルカが、どちらかというとそういうことを気にするタチだからな」
「エアっ!?」
突然に名前を呼ばれ、ルカは驚く。
ついでに、少し子供扱いされているような言い草だったのでむくれておく。
「まあ、そういう感情論を抜きにして言うにしても、一緒に行動することはオススメしない」
エアハルトは、優しい口調で語る。
「1つ目に、そもそも即席のチームアップでは、連携がブレることがある。ダンジョンはそれですら死にかねない場所だ」
人差し指を立ててそう言うと、今度は続けて中指を立てる。
「2つ目に、これから先も組むのならともかく、そうでもないならダンジョン内でチーム単独で生存できるようになっておかないといけない。そのためにも誰かに頼り切るという癖はつけるべきじゃない」
そして、薬指を立てる。
「3つ目。ただでさえ俺は今、こいつの訓練に付き合ってるのでな。そっちにまで気を配れる保証が無い」
立てていた3つの指を折りたたむと、今度はまだ頬を膨らませているルカを親指でピッと指す。
「そういうわけだ。それでもまだ、俺と行動したいか?」
「うっ……」
エアハルトは、ハッキリと言ったわけじゃない。しかし、今の説明はアルフレッドたちに対する間接的な提案への拒絶であった。
「それにしても、自分たちの知識が足りないから、知識のある人間についてきてほしい、か。なかなか都合のいい話だな」
カラッと。エアハルトが笑いながらに言った。
「いやっ、えっとその! そういう意味でいったんじゃなくって……いや、そんなに違うわけでもないんだけど……」
慌てるアルフレッドに、エアハルトは小さく笑い、語りかける。
「いいや、その心構えでいい。ダンジョンの中ではあるものをすべて使って生き残るというのが原則だ。他者の死体を漁ってでも使えそうなものは使い切る。なんとしてでも生き残る。その心構えがないと、死ぬ」
ダンジョンとは、そういう場所だ、と。ここまでの話でエアハルトが何度も言ってきたものだった。
「まあ、こんなところで会った縁だ。もし、何かあったときにたまたまそこに居たなら、そのときは手助けくらいならできるとは思う」
順番についてだが、先に安全地帯についたのが俺たちだから、俺たちからでいいか? と。話を切り替えるようにエアハルトが言った。
「あのっ!」
そうして、出ていこうとしたエアハルトとルカを。直前で引き止める。
「……どうした?」
「ハンマー……忘れてますよ」
そう言って、アルフレッドはハンマーを差し出す。ゴーレム戦でエアハルトがアルフレッドに渡したものだ。
「いや、それはやる。俺は他にも武器は持ってるし、さっきも言ったようにいざとなったら岩石でもゴーレムに勝てる」
「でもっ!」
「それとも、ゴーレムへの有効武器も持たずに死ぬつもりか? それなら構わないが」
エアハルトがサラリと言い放った言葉に、アルフレッドはグッと引き下がる。
「まあ、餞別だ。一緒に行動して助けてやることはできないから、せめてもの、だ」
そう言うと、エアハルトは彼らに背を向けて歩き出す。ルカもそれについていくようにトコトコと歩き始めた。
「じゃあ、またどこかで会えたら、そのときは」
ヒラヒラと手を振りながら、ふたりはダンジョンの奥へと消えていった。
そして残されたアルフレッドとクレア。そして彼のハンマー。
「……不思議な人だった」
ボソリ、と。アルフレッドはつぶやいた。
「そう、だね。もちろん一緒に行動することをあそこまで拒絶するってのも珍しかったけど、そういう意味ではなくって……なんていうか、さ」
クレアもそれに同意するように話す。
「なんていうんだろう。掴みきれない、というか。絶対にある一線以上には近づけない、近づけさせないという感じがする」
アルフレッドが、難しい顔をする。
どのみち先行したグループとは再びカチ合わせないようにしばらく時間を置く必要があるのだ。少し考えてみよう。
「なんか、どこかで見たことあるような人なんだけどなあ。……あんなに強い人だから、冒険者番付とかに載ってたのかもだけど」
アルフレッドが、思い当たる顔をざっと思い出してみるが、該当しない。もちろん全員覚えているわけではないので、帰ったらまた見返してみよう。
「エアさんとルカさん……かあ」
どこかでまた会えるかな。記憶の端でなにか引っかかることがあるものの、そんなことを考えていたふたりだった。




