#37 冒険者たちはゴーレムを討伐する
振り切ったハンマーは、再生しようとしていたゴーレムを叩き潰し、そのまま地面までしっかりと殴りつけた。
「ここまでやって、初めて討伐だ」
エアハルトがそう言うと、ゴーレムだった残骸の中から宝石のような赤色の珠を拾う。
「これがコイツラの核だ。これに損傷を与えると再生しなくなる」
そう言いながらエアハルトの手の中にあるそれを見せる。よく見ると、たしかに少しヒビが入っていた。
「あ、ありがとうございます」
アルフレッドは、一瞬で起こったことの多さに少し呆然としながら、しかしたとえ先刻「なんかいけ好かないやつ」と思っていた相手だとはいえ、助けてくれたことには違いはなく、戸惑いながらに礼を告げた。
しかし、エアハルトは緊張感のこもった声色のままで言葉を返した。
「まだ、その言葉には早いんじゃないか」
その言葉に、理解が追い付いていない様子の彼だったが、次の瞬間その意味をはっきりと認識する。
「そりゃ、そうか。1体しかいないわけないもんな。さっき言ってたもんな。ダンジョンの中を自由に移動できるんだって」
地面から、天井から。岩石が現れ、動き出す。
先程エアハルトが倒した個体が再び動き出したわけではない。
2体。ゴーレムは少しずつ身体を形成させている。
その様子に、今度は慌てずしっかりと武器を構えられているふたりを見て、エアハルトは一歩引きルカの近くに行く。
「攻撃をあたえて十分に小さくしてから、再生しようとした岩の欠片に攻撃を加える。そのまま核ごとぶっ壊せば討伐できる」
改めて、これから初めてゴーレムに立ち向かうふたりに、倒し方の手順を説明する。
「無策な攻撃はこちらがひたすらに損耗するだけだ。構成要素が岩石や土砂な都合で斬撃はあまり効果がない。打撃攻撃が可能ならそれが望ましいが、持ってるか?」
エアハルトがそう尋ねると、ふたりは微妙な反応をする。……どうやら持っていないようだった。
とはいえ、予想していないわけではなかった。実際、構えている武器はアルフレッドが剣でクレアが弓。他に追加の武装を持っているようにも見えない。
エアハルトはため息をつくと、ついさっき自分が使っていたハンマーを投げた。
突然、自分の目の前に身長ほどの柄があり、そこそこに大きな鉄の鎚がついたハンマーが現れたアルフレッドは、驚きを示した。
「全く。さっきも言ったが、情報収集は大切だ。楽に攻略できるようにするためじゃない。自分たちの命を守るために、情報を得るんだ」
ギッと、あまりにも今の自分たちにクリティカルヒットする正論を叩きつけられ、歯を食いしばる。
「そこそこの重さのあるハンマーだ。かなり重心が遠いから身体を持っていかれないように、しっかりと構えて使え」
「でも、そうするとエアさんの武器が」
「俺は、これで十分だ」
そう言うと、エアハルトは倒したゴーレムの残骸から手頃な大きさの岩石を拾った。
「素手やるのは痛くてゴメンだが、これで殴る分には差し支えない」
「そ、そんなもんなん……すか?」
エアハルトの言葉に、アルフレッドは苦笑いしながらそう反応した。
「それか、そいつらをふたりで討伐してくれるなら俺も岩石で戦わなくて済むが……どうする? 冒険者さんたち」
そう、ふたりを煽ってみせる。
「……そこまで言われて、ここまでやってもらって、やらねえわけには行かねえっすよ。なあ、クレア!」
「えっ? あ、う、うんっ!」
そう言い、アルフレッドはハンマーを握り締めて突進する。
「ぐっ……」
普段から使い慣れている剣よりも、相当に取り回しが違うのだろう。振りかぶりから、振り切りにかかるまでにやや時間がかかる。
しかし、ゴーレム自身が愚鈍な種族なので多少の時間がかかる程度では反撃を食らうことはない。アルフレッドはそのまま攻撃に移行することができる。
「うぉあっ!」
振り切ろうとして、アルフレッドは先程言われた重心が遠いの意味を強く理解する。アルフレッド自身、重心が遠いことによる取り回しの違いを知らないわけではなかった。しかし、
(なんだこの武器、めちゃくちゃに――引っ張られる!)
エアハルトが普通に振っていた様子を見ていたこともあってか、油断していた。
結果、身体が持っていかれ、照準がややブレる。
ハンマーはゴーレムへと当たるものの、その右腕を潰すだけに留まる。
「アルフ!」
「わかってる!」
落ち着いて体勢を立て直し、後ろに飛のく。
「大丈夫? アルフ」
「……ああ、思ってた以上にこのハンマーの重心が遠かっただけだ。次は、しっかりと当てる」
「頼むよ。……あの、エアさん! 私、その、弓使いなんですけど、何か、やれることはないですか?」
「本体に直接、は無理だ。ただ、ゴーレムは岩石の集合体。だから弱いところ――繋ぎ目を狙えば支援くらいならできる」
「あっ、ありがとうございます!」
(しかし、あのエアって人マジで何もんだ? いろいろなことに詳しいのはまあ場馴れしてるとしても、ちょっと見た感じの見てくれではそんなに筋肉とかついてなさそうなのに)
見た目、服装などだけで見るならそれこそ斥候や遊撃のような機動力を重視したことが得意そうだというのに、彼から渡された武器はどちらかというと重戦士のような人な扱う武器だ。
アルフレッドは、これでも一端の剣士の自覚はあった。そんな自分が扱うに困るほどの武器を、彼が使えるようには見えなかったのだ。
(いいや、それはいい。それよりも今、優先すべきことは)
アルフレッドは、しっかりとハンマーを握り直し、構える。
(今度は、ミスらねえ!)
同じように突進をして。しかし、今度は振りかぶるその前に、しっかりと踏ん張り、腰に力を入れてから、
「喰らえええ!」
ゴーレムの身体が、バラバラに崩れ落ちる。
「どれだっ!」
アルフレッドは、すぐさまその欠片たちを見回す。ゴーレムは、壊しただけでは死なない。エアハルトが言っていたことだ。
動いているやつは、
「あった――」
「アルフ! 危ない!」
アルフが喜びながらハンマーを振りかぶろうとしていたとき、クレアの叫び声が聞こえる。
ゴーレムは、愚鈍な種族ではあるものの、それはちょっと対応か遅れたくらいなら致命的にならない、という意味である。
「しまった……」
アルフレッドは失念していた。もう1体、いたのだ。後ろを振り返ったときには、もう既に右腕を振りあげられており、そのまま振り下ろすだけという状態。
「くっ――」
歯をくいしばり、衝撃に備える。しかし、拳は落ちてこない。
不思議に思っていると、振り上げられた腕は、そのまま横に崩れ落ちていっているところだった。
「アルフレッドは、もっと周囲の確認を。クレアは先程自分で聞いていただろう。自分に何ができるのかと」
エアハルトが投げた礫が、ゴーレムの腕と身体を繋ぎ目を断ち切ったのだ。
「す、すみません」
「謝らなくていい。それよりも、アルフレッドは、早く核を潰す。クレアはアルフレッドが集中できるように、援護するんだ」
「はいっ!」
エアハルトに言われ、ふたりは改めて向き直す。
アルフレッドは、先程再生しようとしていた岩石は見つけていた。それを叩き潰す。
クレアは、アルフレッドが1体目を倒すのに集中するために、持っていた弓矢でもう1体の左腕を断ち切る。
「よし、倒した!」
「こっちもある程度は無力化したよ!」
そんな様子を見て、エアハルトはルカの横に座った。もう大丈夫だろう。そんな確信があった。
(ま、使うことにならなくてよかった)
そう思いながら、こっそりと強化魔法をかけていた岩石を床に置いた。
これでゴーレムを倒せるというのは事実だったが、しかし実際にその様子を見られると流石に色々と疑われかねない。
魔法の力で岩石が壊れないように補強し、自身にも強化魔法を施した上での攻撃になる。普通の視点で見れば、違和感しかない絵面になりかねない。
そんな状況を見せなくて済んだことに、エアハルトが安堵の息を漏らした頃には。
「倒した! やったぞクレア!」
「うん! アルフくん!」
どうやら、2体目も倒せたようだった。




