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#36 大罪人と少女は詰め寄られる

 冒険者が、現れた。


 最初に口を開いたのは、男性側だった。陽気で快活な声色は、安全地帯内によく響く。


「いやあ、こんなところで一緒になるだなんて、奇遇ですね。あ、俺はアルフレッドって言います。で、こっちは相棒のクレア」


「はじめまして、クレアです」


 そう言い、女性――クレアはペコリと頭を下げた。


「……俺はエアだ。そしてこっちがルカ」


 エアハルトの後ろに隠れながら、ルカが小さく会釈だけする。


「わあ、かわいい! ルカちゃん……ですっけ?」


 そう、黄色い歓声を挙げたのはクレアだった。そう言ってこちらへと駆け寄ってこようとする。


「待て」


 それを、牽制したのはエアハルトだった。少し眉間にシワを寄せ、落ち着いた口調で言う。


「非干渉の原則……知らないわけではないよな?」


「あー、まあ。ちゃんと冒険者なんで、さすがに知ってはいますよ」


 答えたのはアルフレッド。しかし、半笑いというか、良くも悪くも軽いノリというような印象を受ける口調で言った。


「でも、正直ただの古い慣習っていうか、悪習って感じしません? それ」


 そう言うと、アルフレッドもクレアに続いて近づいてくる。


「俺、思うんすよね。ダンジョンなんていう特殊な状況下で出会ったからこそ、むしろ仲良くしていくべきじゃないかなーって」


「コイツ……」


 聞こえないように、エアハルトは小さく吐き捨てた。


(急いで次の安全地帯(セーフハウス)を目指すか? いや、それはあまりにも危険すぎる)


 先ほどルカに言ったように、これ以降に安全地帯(セーフハウス)の外に出るのは自殺行為にほかならない。あと一度か二度揺れれば、あるいはもう次が構造変化でも不思議ではない。


(しかし、古い慣習――悪習と言い切るか)


 体制への反発心か。あるいは単純な無知傲慢からくるものか。

 どちらにせよ、エアハルトたちにとって望ましい状況ではない。下手に接触され、気付かれでもすれば最悪の状況になりかねない。


「ルールが敷かれるときには、大抵の場合何かしらの理由がある。もちろんそこには利己的なものからくるものもあるが、コレは――」


「はいはい、そういうお説教じみた話は今までも散々聞かされてきましたよーっと。大丈夫大丈夫、俺ら何回も潜ってますけど、このやり方でやってて問題起こったことないですし」


 ケラケラと、エアハルトの言葉を一蹴する。


「まあ、そういうことですし、せっかくだから一緒に――」


「非干渉の、原則だ。……ルールにはルールが敷かれた理由がある。それがたとえ暗黙の了解だとしてもな」


 顔を見られないように、被っていたフードを更に深く被る。

 明確な拒絶にアルフレッドが厳しい表情をするが「ね、ねえアルフ。さすがにこれ以上は……」とクレアが引き下がった。


「わかったよ。……ったく」


 彼はそう言って、クレアと一緒にエアハルトたちとは反対側の隅へと向かう。しかしその表情と声色は、納得のいっていない、不服そのものという様子がヒシヒシと伝わってくるものだった。


 そしてそれとほぼ同時、今までの比ではない大きさの揺れが発生して、安全地帯(セーフハウス)の入り口が全て塞がれる。


「わっ、わっ、わっ!」


「……大丈夫か?」


「うっ、うん」


 構造変化が始まった。


「……練習、できないね」


 ルカは残念そうにそう言った。


「まあ、こればっかりは仕方がない。運が悪かったと割りきろう」


「うん」


 そう言って、ルカは素直に頷く。

 急なことが起こって食べ損ねていた3枚目の干し肉を手に持ち、口に運ぶ。


「そういえば、構造変化ってどれくらいかかるの?」


「バラバラだな。すぐに終わることもあるらしいし、その一方で数刻から、長いときだと半日ほど終わらなかった事もあるらしい」


「そうなんだ。……早く終わるといいなあ」


 ルカは、そう言いながら小さくアルフレッドとクレアの方をチラッと見た。


 考え過ぎだと、気にし過ぎだと思いたいけれど。アルフレッドの視線がこちらを向いている気がしてならない。ちょっと怖い。


「もし。……いいや、疲れているだろう。さっきも少し走ったし」


 エアハルトが、そう聞いてきた。


「まだしばらく潜り続けるし、今のうちに寝ておいて英気を養うといい。構造変化が終わったら起こしてやるから」


「えっ、あっ、うん。……うん」


 少し戸惑ったが、エアハルトの言うことも理解できる、と。ルカはその場に横になった。

 カバンを枕の代わりにして、エアハルトから貰った毛布を被って。


(わかってはいたけど、床、硬いな)


 目を閉じ、思考を落ち着かせてみる。が、眠れない。環境的な理由もあるが、それ以上に、


(あの人たち……特にアルフレッドって人、怖い)


 少しだけ目を開いて見てみる。やっぱりこっちを見ていることに気づき、ギュッと瞼を閉じる。

 なんとか眠ってしまおうとするが、そうやって考えれば考えるほど眠れなくなっていく。


 嫌に静かで、けれど緊張の張り詰めている空気感に、身を守るようにしてルカは身体を丸める。

 そうしていると、ソッと身体を優しく撫でてくれる暖かな手の感覚が感ぜられた。


 エアハルトの手だった。


 ルカの不安を感じ取ってか、あるいはただの気まぐれからか。

 しかしそのどちらであっても、今のルカにとってはこの上なく嬉しく、安心できるものであった。


 大丈夫、エアハルトがそばにいる。

 大丈夫、エアハルトが守ってくれる。


 その事実を強く感じることができ、ほんの少し気が楽になる。


 ゆっくりと、暖かに、身体をなぞるその手は、


 グッと。急に力が籠もり、少し微睡みかけていたルカの意識を一気に覚醒させる。


「ふぇっ」


「すまん、ルカ。起こしてしまったか。……だがしかし、ちょっとの間起きておいてくれ」


 エアハルトは、少しだけ焦った様子で。手近に置いてあったハンマーを手に取り、そう言った。


 突然のことに混濁する思考の中で、ルカは必死に考える。


 エアハルトのは武器をとった。何かが起こってる?

 構造変化中は安全地帯(セーフハウス)内は密室。ここにいるのは?


 ふと、ふたりのいる方を見てみる。彼らも各々武器を持とうとしていたが、どうもこちらを見ているわけではなかった。


「後ろに下がってろ。……何かあったらすぐに呼ぶように」


「う、うん……?」


 まだ、十分に理解できていないルカは周囲をぐるりと確認する。


 すると、先程までは見覚えのないものがそこにあった。


「くっそ、なんでもって急に出てきたんだよ! 安全地帯(セーフハウス)じゃねえのかよここ!」


 愚痴を吐き捨てるように、アルフレッドはそう言った。


「アルフレッド……だったな? 遮りの魔窟は初めてだったか」


「ああっ? そ、そうだ。でも、他のダンジョンなら――」


「情報収集を抜かったな。探索前にはせめて最低限の特徴と、魔物の情報くらいは調べておくほうがいい」


 そう言って、3人は同じ方向。ルカがちょうど見つけたものの方を見つめる。


「遮りの魔窟の魔物。岩石の衛兵、ゴーレムだ。その性質は体内にあるコアを中心に周囲の砂や岩石を使ってその身体を生成することができる」


 エアハルトはハンマーを構え、言葉を続ける。


「その都合、コアがダンジョンの壁面を移動することができ、結果として」


 ウオオアアアアアアアッ! ゴーレムが慟哭する。

 エアハルト以外の全員が萎縮する中、まっすぐにゴーレムに向かって駆け出す。


「ダンジョン内を自由に行き来できるっ!」


 ハンマーを振り切り、ゴーレムを粉砕する。それを見て、ルカが「わっ!」と歓声を上げるが、エアハルトは「まだだ」と言う。


「ゴーレムはそのコアを破壊しない限り再生する。だからまだ動き始めるぞ」


 エアハルトは砕いたゴーレムのそのひとつひとつに視線を向ける。そのうちのひとつがコトリ、と少し動く。

 続けてその石に向かって周囲の欠片が転がり近づいていく。……再生を、始めようとしていた。


「覚えておくといい。安全地帯(セーフハウス)は構造変化に巻き込まれない場所という意味合いなだけであって安全な場所ではない」


 エアハルトは、再生を始めようとした石片に、ハンマーを振り下ろした。

群青色の方程式と同じように、定期外での更新は3日目の今回で一旦区切りになります。


定期の更新は再開するので、来週(可能な限り毎週更新するつもりですが、忙しい場合は再来週になります)の金曜理をお待ちください。


これからもどうかよろしくお願いします。

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