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#35 大罪人と少女は安全地帯に入り込む

 ゴゴゴ……、小さく床が揺れ、響くような音が聞こえてくる。


「きゃあっ!」


「ルカ、大丈夫か?」


 突然のことにルカが驚き、尻もちをつく。


「うん、大丈夫。……これが、言ってたやつ?」


「ああ、そうだ。まだ弱い揺れだから時間余裕はあると思うが、早めにセーフハウスを探す必要があるだろう」


 エアハルトは時折後ろを気にかけながら、しかし足早に前へと進んでいく。


「ここで一旦おさらいしておこう。ルカ、さっきの揺れと、ダンジョンの特性について言えるか?」


「うん、えっとね――」


 そう言って、ルカは昨日にエアハルトとルーナから教えてもらったことを思い出す。






『ダンジョンは、別名で生ける迷宮とも呼ばれる構造物だ』


 エアハルトの説明に、ルカは首を傾げる。


『生ける迷宮? 生きてるの?』


『いいや、実際に生きているわけではない。だが、その名前の由来は――』


『侵入者を、食べてしまうから、さね。クケケケ』


 割って入ってきたルーナの言葉に、ルカはサッと顔を青ざめさせる。


『もちろんただの比喩表現だ。だがしかし、あながちただの比喩とも言えないが』


『ダンジョンは、動くんだァね。定期的にその内部構造を大きく変化させる。その際、一部のエリアを除いてほとんどの場所が移動したり、あるいは道がなくなったり、できたりするのさ』


 ルーナは両の手のひらを互いに向かい合わせ、


『そして、そのときに無くなる道にいた侵入者ってェのが』


 パチン、と。その手のひらを合わせる。ニヤリ、と不気味な笑いを携えて、


『文字通りダンジョンに呑み込まれて、糧になっちまうってェわけさね。クケケケ』


『ひっ……』


 ただでさえ青かった顔が、更に引き攣る。そんなルカを見て楽しんでいるルーナにため息を付きながら、エアハルトは続けた。


『まあ、ダンジョン攻略の黎明期ならともかく、今ではそういう死に方をするやつも珍しくなってきてはいる』


『まァ、そうさねェ』


『さっきのコイツの説明にもでてきたように、ダンジョンは動く。だが、動くのは一部を除いたエリアだ』


 エアハルトは左の人差し指をピンと立て、右手でそれを指差した。


『つまり、動かないエリア――何も変化の起こらない安全地帯(セーフハウス)が存在する』


『セーフ、ハウス』


 ルカが、初めて聞いた単語を復唱すると、エアハルトは小さく頷く。


『ああ。そして基本的にはその安全地帯(セーフハウス)を軸にして探索を行うことになる』


 伸ばしていた指を戻し、エアハルトは話を続ける。


『さっき言ったダンジョン内部の構造変化には予兆がある』


 まるで地震のように。あるいはダンジョン自体が生き物のように、全体が震えるのだ。


『その揺れ自体も少しずつ段階的に大きくなっていく。そして、その揺れが一定の大きさに達したとき』


『ダンジョンの中が、変化する』


『そのとおりだ』






「……だから、兆候である揺れが始まったら急いで次の安全地帯(セーフハウス)を目指すか、もしくはひとつ前のところに戻る」


「そのとおり。まあ、どうしても間に合わないときの非常手段もなくはないが、あくまで緊急用の手段だ。助かるかは賭けだし、安全地帯(セーフハウス)を目指すのが一番確実だ」


 ゴゴゴゴゴゴ……、先程よりも少し大きな揺れが起こる。


「まだ急を要するほどではないが、少しだけ急ぐぞ」


「うん」


 そう言うとエアハルトは更に歩調を強めた。それについていくためにトットコトットコと、小走りで追いかけた。


「そう、いえば。なんで、こんな、仕組みに、なって、るの?」


 少しして、ルカがそう尋ねた。やや息切れしていて、少し話しづらそうではある。


「よくわかっていない、というのが正しい回答だ。先史時代の古代文明の遺したものだから、解明されてないことも多い」


 さっき言った、壁がどうして他の影響を受けないのかなどと同じように、と付け加えた上で。


「ただ、どこかの偉いさんの言う話を聞いた限りでは、資格のある者を導き、侵入者を撃退するため、とか言ってたな」


「どう、いう、こと?」


 疲れの見える声で、ルカは更に尋ねる。


「資格のある人間のときは、最奥部……一番奥まで簡単にたどり着けるように道をまっすぐにして、逆に侵入者が入ってきたときは、道を周りくねったものにさせ、仕掛けられた罠や魔物で撃退する」


 いつだったか忘れたが、そんなことを教えてもらったことがある、と。


「まあ、誰もダンジョンの道がまっすぐになったところなんて見たことないし、撃退のシステムだって、それならどうして道を封鎖しないんだって反論意見もあるらしいが」


「そうなん……だ」


 視線がやや下を向き、必死についていきながら、なんとかそう返す。

 そうやって必死で進んでいたルカの身体は、肩を掴まれグッと引き止められる。


「えっ?」


 引き止めたのは、エアハルトだった。必死で歩いている間に、いつの間にかエアハルトよりルカのほうが先に進んでしまっていたようだった。


「急かさせて悪かったな。もう、急がなくて大丈夫だ」


 彼が前方を指差すと、しばらく先にそこそこの広さのある広間があった。


「ついたぞ、安全地帯(セーフハウス)






 ゴゴゴゴゴゴッ! それから何度目かの揺れが起こり、今回はかなり強い揺れが発生していた。


「もう、そろそろ?」


「ああ。これ以降は安全地帯(セーフハウス)の外に出ることは自殺行為になりかねない」


 そう言って、荷物を整理しつつ適当な食料をエアハルトが取り出す。


「味は微妙かもしれんが、食わないとやっていけないからな」


 そう言って、干し肉を3枚ルカに渡す。受け取った彼女は、いただきます、と言ってから1枚をガジガジと齧り始めた。

 エアハルトも、1枚口に咥えつつ、作業を進める。


「構造変化が発生すると、安全地帯(セーフハウス)の中はある種の密室状態になる。だから、その間に魔法の訓練をするつもりだ」


「そっか。誰も入ってこれないのなら見られる心配もないもんね」


 コクンッと。ルカは十分に咀嚼したあと、1枚目を飲み込んだ。そしてまた、2枚目をガジガジと齧り始める。


「それに、さっきも言ったようにダンジョン内の壁面はありとあらゆる影響を跳ね除ける。だからこそ、多少無理なことをしても問題がないってことも理由だな」


 エアハルトは、両手で別のことをしながら、起用に頭の動きと舌だけで、咥えていた干し肉を食べ切る。


「それに、安全地帯(セーフハウス)という名前で勘違いしがちだが、ここには――」


 エアハルトが、何かを言いかけて。

 ハッと、何かに気づき、顔を上げる。


「なんてタイミングの悪い。……嫌な予感が当たるとは」


 そう言うと、魔法で格納していた――ついさっき実演のためにも使ったハンマーを取り出す。


「エア? どうしたの?」


「ルカ、これを」


 続いて、同じく取り出した短剣(ダガー)を渡す。


「ふぇっ? 私、刃物なんて使えないよ!?」


「使えるか使えないかは今は重要じゃない。持っているか持っていないか、それが一番重要なんだ」


 エアハルトの言葉とほぼ同時、ルカの耳にも遠くから近づいてくる靴音に気がついた。


「人間――他の冒険者だ。つまり」


「バレちゃいけない……魔法使いだって」


 ルカは、小さくそうつぶやいた。


「ああ。たとえどんな見た目の人間であろうが、原則ダンジョン内にいるのなら冒険者だ。冒険者が、武器もなくダンジョンに潜ることはない。仮に持っていないやつがいるのなら、そいつは武器なしでも戦える――」


「魔法使い……」


「そういうことだ」


 だからこそ、持っていることが重要になる。


「いいな、ルカ。元より冒険者同士の暗黙の了解でもあるが、必要以上の干渉をしないように」


 エアハルトのその言葉に、ルカはコクリと頷く。


 タッタッタッタッ、ザッザッザッザッ。足音はふたつ。かなり急いでこちらへ向かってきているのがわかる。

 おそらくは先程探知した後方の反応だったものだろう。


 そうして、どんどん近づいてきて。


「ふぃー! 間に合ったー!」


「もう。アルフがもたもたしてるからでしょうが!」


「悪い悪い……って、先客がいたのか。どうも、すみません。次のフェーズまで、よろしくお願いしますね!」


 男性がひとり、女性がひとり。


 冒険者が、現れた。

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