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#34 大罪人はダンジョンに侵入する

 遮りの魔窟は、コルチの町にあるダンジョンだ。


 赤茶けたレンガ造りの地下構造物で、壁にはオレンジ色の炎が灯っており、足元をおぼろに照らしている。


「降りれるか? ルカ」


「う、うん」


「本当にか?」


「……やっぱり手伝ってほしい」


 およそ人ふたり分くらいの高さのある天井に空いた穴から、ルカはそう言った。


 エアハルトは両腕を上にあげ、ゆっくりと降りてくるルカを抱きかかえる。

 そのまま地面に降ろすと、ルカは小さく礼を言った。


「事前にも言ったが、ここから先はダンジョンだ。俺の守れる範囲では守るつもりではあるが、少しのミスで不意に死ぬような場所だ」


 その言葉に、ルカの表情が少しこわばる。


「絶対に俺から離れないように」


「うん」


 ルカの返事を聞いて、エアハルトは頷き、歩き始める。

 それについていくように、しかし少し硬い動きで、ルカは後ろをついていった。




「そういえば、ダンジョンの入り口って、あんなところなんだね」


「ん? どういうことだ?」


 ルカはついさっきこのダンジョンに入ってきたときのことを思い出しながらそう言った。


「いや、天井が入り口なんだねって。ちょっと不思議に思ったの」


「ああ、それはまあ正規の入り口じゃないしな」


「えっ?」


 エアハルトは少し後ろを振り返り、ルカの様子を伺いながら続けた。


「本当はちゃんと整備された――ギルドが管理してる入り口があるぞ」


「じゃあなんでそこを使わないの?」


「そりゃまあ……俺が罪人だからな」


「あっ……」


 ルカは言葉に詰まったかのようにそう言うと、バツの悪そうな顔をした。「ふぅ……」と、エアハルトが軽く息をつくと、気にするなと言って続けた。


「まあ、ギルドの管理ってのはつまりは入場も管理されてるからな。冒険者証や正規の手続きのない俺……俺達には正面から入りようがないってわけだ」


 そう言うと、エアハルトは前を向いて――正確にはルカから視線をそらした。


(本当に、これでよかったのか……?)


 あのとき、ルカを魔法使いにしたときは納得したつもりで、そして彼女を魔法使いにした。それが彼女の願いであり、それと同時に彼女自身のためだとも思った。

 しかし、それと同時にずっと考えてもいた。それが本当に正しい選択だったのかを。


 今までも彼女の行動において魔法使いという身分が不都合を起こしたことはゼロではない。街中では原則姿を隠しながら行動することになるわけだし、他人との深い関りも原則禁止されている。

 ルカは気にしていないや、あるいは大丈夫だと言っているが、全くの負担になっていないということは無いだろう。


 そして、今回それが過去で一番大きく出たことだろう。魔法使いは、その身分自体が罪である。それすなわち、公にその身分を証明する必要のある場に赴くことができなくなることと等しい。


 本当に、これでよかったのだろうか。あるいはまだ魔法つかいとして認識をされていない今のうちに。


(……いや、違うな)


 あの時、俺は「納得」したんだ。それが正しいことだと考えたんだ。

 ならば、それは曲げるべきではない。たとえそれがどれだけ社会的に認められない判断だったとしても。


(これは、俺の罪だ。彼女に罪を負わせてしまったという罪だ。ならば、全力で彼女のために、彼女に贖っていくべきだ)


 そのためにも、とりあえずはしっかりと彼女を守っていくことだ。


 そう決心し、エアハルトは一層気を張り詰めさせる。


「……やっぱり、あんまり感知も機能しねえな」


「感知?」


「ああ。魔法である程度周辺の状況を感知してみようとしたんだが、やはりというべきか」


 ダンジョンはいつ頃、何のために作られたのかすら不明なものだ。と、エアハルトは言った。

 入る前に言ったこともそうだが、それ以外にもいろいろと“人知の領域を超えた”性質を要していて、そのひとつに魔法を受け付けないというものがある。


「まあ、もっと厳密な表現をするなら、建造物自体が他の影響を受け付けない、というのが正確な表現になる」


「他の影響を?」


「ああ。雑に言い表すなら無理やりに壁を壊そうとかそういうことができない。そして、その一環に魔法を受け付けないってことがあるんだ」


 試しに、と。エアハルトはどこからかハンマーを召喚し、それで全力で壁へと振り切った。


 ドシン、相当に重々しい音こそなったものの、それだけで壁には傷ひとつついていない。レンガの角すら欠けていない。


「そういうことで、感知魔法の類を使ってはみても、その索敵が壁を貫通することは無いんだ」


 エアハルトが右手でハンマー持ち上げると、ハンマーが一瞬で消え失せる。

 そして、先へ向かおうかと言わんばかりに歩き始めた。


「そう、なん……だ?」


 ルカは、なんとなく理解したような、しかし本質までは理解しきっていないような、微妙な反応をしていた。


「まあ、感知が十分に機能しないからといって何か深刻な問題が起こるわけでもない。魔物なんかは出たりするが、ここの魔物は動きが鈍いから発見が少し遅れたくらいで致命的な状況になることは無いし」


 そもそも単独で探索しているときは使わないことのほうが多かったりもした。ルカがいる今だって、魔物に遭遇したところでそう大事にはならないだろう。


「じゃあなんで感知使ってたの?」


「それはまあ、先に反応できるに越したことは無いってものあるが、一番は人に会わないように、だな」


 人に。つまりは、他の冒険者に会わないように、ということだ。


「ダンジョン内では暗黙の了解として他のグループとは必要以上の接触をしないというルールがある」


「……なんで?」


「ダンジョン内では何が起こるかわからないからだ」


 いつ、どこで死ぬかがわからない。そんな状況下に置かれるダンジョン探索では、他者の存在が足枷になりかねない。

 下手に関わりを持った人間の死体を見つけたときなど、その大小は違うだろうが心を乱されかねない。


 そして、その一瞬の判断が、命運を分けかねない。それがダンジョンでもある。


「そういう都合で冒険者のバッタリ会いました。といったところで急に問題が起こることは少ないが、ルカはともかくとして、俺は思いっきり高額懸賞金ついてる罪人だからな。顔を把握してる冒険者もそこそこに多い」


「……ただでさえ何が起こるかわからないダンジョンで、いざこざを起こすわけにはいけないってこと?」


「まあ、ありていにいってしまえばそういうことだ」


 カツ、カツ、カツ。エアハルトは時折後ろを確認しながらも、そこそこに速いスピードで歩き進める。

 ルカはそれに追いつこうと、少し小走りになりながら歩いていく。


(俺ひとりなら、魔法で隠れるだの逃げるだのできるにはできるだろう。――いや、ルカがいても逃げられはするだろう。しかし)


 エアハルトは、さっきの感知の感覚を思い出す。壁に阻まれるため、まともに機能はしないものの、全く機能しないわけではない。正確さや反応範囲は圧倒的に劣るが、使えないわけではない。


 いる。後ろに。距離はとても近いわけではないが、性能の落ちた感知で感じ取れる範囲にいる。遠くもない。


(見つかることの、一番の問題はルカが俺と行動していることが発見されることだ)


 俺による誘拐だとかそういう勘違いをしてくれるのなら、それならいい。


 マズイのは、ルカが魔法使いだとバレることだ。

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