#33 大罪人は薬剤師に会いに行く
路地裏、さらにその奥。人目につかないを体現したような場所。
「あァ? 金がない? ならちょうどいい。ついさっき合成したばっかのクスリがあるん
でなァ、その被検体になってくれりゃァ……」
「ヒィィ! ……や、やめてくれええええ!」
人目にはつかないが、どうやら相当に騒々しい様子だった。
直後。バタンと勢いよく扉が開け放たれ、怯えた様子の男が手で、足で、地を這いながら外に出てきて、そして一目散に逃げていった。
「クケケケケケケ、別にたぶん超絶危険な薬じゃァねえってのに、逃げるとはひどいねェ」
女の人の声で、奥のほうから聞こえてくる。
ふと、エアハルトはルカのほうに目をやった。ここまでのやり取りを見て相当な恐怖を感じたのだろう。エアハルトの後ろにぴったりくっついたままで「本当にここで合ってるの?」という訴えの瞳を向けている。
「相変わらずのようだな、ルーナ」
その無言の訴えに、エアハルトは遠回しな答えで返した。
「おォ? その声は……えっと、何て呼べばいいんだっけ?」
ズル、ズル、ズル、布と床が擦れあう音がしばらくして、扉の縁からしわくちゃの白衣の袖が出てくる。
そして、
「やあ、久しぶりだねェ。……エアでよかったかな?」
そう言ったのは、ボサボサの髪の毛に銀色フレームの下縁メガネ、不健康そうなまでに真っ白な肌の女性だった。
女性はエアハルトから視線をそらし、後ろにいたルカを見る。視線に気づいたルカは少し体をビクつかせる。
「……ふむ、ずいぶんとかわいい子を連れてんだねェ。ま、とりあえず入んな。あんまり外に居んのもよかねェだろうし」
「ああ、助かる」
エアハルトがそういうと、女性は扉の奥に入っていき、エアハルトもそれに続いて入っていった。
ルカは、少しあわあわしていたものの、とりあえずエアハルトから離れるわけにもいかず、とにかく一緒に入っていった。
扉の奥は、ルカにとっては初めての匂いで満ちあふれていた。単純に言ってしまえば、臭い。とにかく臭い。鼻が曲がりそうなほどに。
そしてそれは一種類のものからなる単純なものではなく、いろいろな匂いが混ざった複雑なものだった。
思わず、手で鼻を覆う。そしていったいこの匂いが何なのかと、周りをぐるっと見回す。
ビン、ビン、ビン、ビン。中は液体だったり、粉末だったり、はたまた植物だったり。
「おやァ? もしかしてお嬢ちゃん、何か気になるものでもあったかい?」
周りを見ていたのに気づいたのか、女性はそう尋ねてくる。
「ひゃっ……、い、いえ、別に」
「クケケ、飲みたいのがあったら飲んでみてもいいよ、たぶん毒はないはずだからさァ」
その言葉に、ルカは一層体をビクつかせる。そんな二人の様子に、エアハルトは「はぁ……」ため息をついて、言った。
「必要もなく怯えさせる必要はないだろ」
「いやァ、ずいぶんとかわいい反応をしてくれるもんだからつい。悪かったねお嬢ちゃん」
ケラケラと軽く笑いながら、そう言う。
「私はルーナっつってね、まァ、あれだ。薬剤師――クスリを作ってる」
「違法だがな」
エアハルトがそう突っ込む。
「クケケケケケケ、犯罪者はお互い様だろう。だからまァ、その辺にあるのも大体はクスリかその材料か、失敗作かだあね。量さえ間違えなけりゃ、たぶん毒にはならんはずよ。安全な量が不明な奴のほうが多いけど」
楽しげに言うルーナの対し、ルカはまたエアハルトの後ろに行き、隠れるようにした。
「お前のそれは素のものだったな。すっかり忘れていた。……あー、ルカ? こんなやつで、実際ヤバいやつだが、その、なんだ。いいやつといえばいいやつだ」
それに、俺たちみたいな存在にとってはありがったい人物ではあるんだ。と、エアハルトは続け、自己紹介を促した。
「あの、ええっと、ルカです。よろしくお願いします」
「ん、よろしくねェ」
店の奥に進むと、ルーナ曰く居住スペースがそこにはあった。
とはいうものの、そこら中の壁やら床に走り書きが書き連ねられていたり、店先あったようなビンが大量に並んでいたり。よくわからない器具なんかも散乱していた。
「来客用のイス……あったような気もするが、ずうっと使ってねェからどこにしまったけか」
器具を動かし動かし、部屋の中を探索する。動かす先が適当なのもあって、余計に部屋が散らかっていく。
「いや、大丈夫だ。急に来た俺らが悪いんだし、適当なところに座るさ」
「そうかい。まァ、床でよけりゃ好きなところに座ってくれていいよ」
エアハルトが適当なところに腰を下ろすと、ルカもその近くで空いている場所を探し、座る。
「しかしまた、そんな子を連れてこの街に来るだなんて、いったい何の用だい?」
唯一ある椅子にルーナは座り、二人のほうを向いてそう尋ねる。
「今、こいつと一緒に旅をしていてな。ちょうどその目的地への経由ってのが最大の目的」
エアハルトの横でルカがコクコクと頷く。
「ほう、それで知り合いの私がいるここを選んだってわけか」
「それもあるし、ついでにここのダンジョンに潜ろうかと」
そう言うと、ルーナは少し驚いた様子で目を丸くした。
「そいつは勝手だが、その子――ルカちゃんはどうするんだい? 私は店番やクスリいじりがあるから子守りはできんぞ」
「ああ、さすがにそこまで迷惑をかけるつもりはない」
そのエアハルトの対応に、ルーナは少し考えて「まさか……一緒に?」と、口にした。
「ああ、そのまさかだ。……ああ、そういえば言い忘れていたな。ルカはまだ公に存在がばれてはいないが、こいつも魔法使いだ」
「なるほどねェ。それでお前さんがそんな子と行動しているのかの合点がいったよ」
「それから、たぶん勘違いしてそうだからってのと、それから最後の目的に関わることだから先に言っておくと――ルカは17歳だ」
その言葉に、ルーナは背筋を伸ばし、人差し指でメガネを押し上げる。ルカはまたもや頷いていた。
「……ほほう、そいつァ興味深い。詳しく聞かせてくれ」
「正直、俺も最初は信じられなかったんだが、こいつの境遇を考えると、少し納得がいかなくもなくってな。いわゆる、極度の栄養失調が原因だと、そう思っている」
「そんな話を、たしかに聞いたことがある気もくるねェ。それで、最後の目的ってのは何だい?」
ルーナは顎に指を添えながらルカを見つめた。それに、ルカがエアハルトのほうへ少し近づくと「嫌われたもんだねェ」とつぶやいた。
「どうにかする方法、分からないか?」
その質問に、ルーナは少し考える。
「まァ、そんなこったと思ったよ。……結論から言うと、少なくとも今は無理だァね」
「そうか」
エアハルトがため息をつくと、ルーナはケラケラと笑う。
「まあ、そんなに気を落とすほどでもない。今は無理だが、あくまで今は、だ。一応私のほうでも研究してみよう。お前さんには世話になってるし、それに個人的に興味もあるしね」
「助かる。……恩があるのはお互い様なんだがな」
エアハルトがそう言うと、ルーナはそんな細かいこと、どうでもいいさ。と返す。
「ああ、それから滞在している間はここに泊まっていくといい。しばらく使っていないが、たしか客間があったはずだ。それに、ルカちゃんについて、少し調べさせてほしいしねェ」
クケケケケケ、とルーナは怪しく笑う。ルカは「え? ええ?」と。エアハルトに助けを求めるが、そんな彼女はよそにエアハルトは「よろしく頼む」と言うのだった。




