#31 大罪人は後輩に別れを告げる
「さて、ここまでくればもう大丈夫か」
町から離れて森の中、エアハルトはここまで担いできたウェルズを降ろし、網を解いた。
「体、動くか?」
「ええ、多少は」
「……そうか、なら大丈夫だな。じゃあ俺たちはここからまた離れるから、お前も気をつけるように」
そう言いつつ、エアハルトはルカを近くに呼んだ。そしてその手を取る。
「それじゃ、行くか」
「うん!」
ウェルズに背を向け、エアハルトが歩き始めたとき。
「エアハルトさん……」
声をかけた、かけられた。
「どうした?」
「聞きたいことがあります」
エアハルトは足を止め、半身をウェルズに向けた。
「どうして、どうしてあのとき《豪爆重弾烈》を使ったんですか? 仮に一般人があれを食らったとしたらひとたまりも……」
「そのことならこう言っておこう、お前のところに行く前に、周辺の避難ができているかを確認していた。お前と対面したときも一人隠れていたのはわかっていた。が、どう救助しようかと決めあぐねていた矢先にお前が攻撃したもんで驚いたが」
ハァ、と大きくため息をついてウェルズは言った。
「やっぱり、気づいてたんですか。……で、あのときの驚嘆はまさか私がそっちに攻撃するか? という」
「そんなところだ。まあ、気づかないわけがないだろう。お前に《索敵》を教えたのは俺だからな」
エアハルトはというと、少し笑ってそう返していた。
ウェルズは「それもそうか……」とこちらも苦笑い。
「あと、あの魔法を使った理由はまだあるぞ。いちおう火事に対しては《恵雨》で対応してはいたがな、どこかの誰かが《爆発》とか言ってバンバンボンボンやりやがってたからな。延焼防止目的で吹き飛ばした」
「……そのための避難確認でもあった、というわけですか」
「そうだ。お前相手だとわかっていたから、どうせこうなるだろうと思っていたからな。あと、他にも理由が……」
そこまで言って、エアハルトは繋いでいない方の手をアゴに当てがう。「ふむ」とつぶやいた。
「いや、これはお前とは全く関係ないな」
「そうっすか。まあ、だいたいの予想はつきますが」
ケラケラと乾いた笑い声を立てて、ウェルズは言う。
「さて、他に質問はあるか?」
「無いっすよ。……しかしまあ、やっぱりあなたの考え方は俺にはできそうにないっすわ」
「あたりまえだろう。俺は俺、お前はお前なんだから」
「はは、違いねえや」
「それじゃあ、今度こそ。元気でな」
エアハルトは再びウェルズに背を向けた。そしてルカの手を引く。
しばらく歩いていると、二人の後ろの方でウェルズが立ち上がる音がした。
「さて……《炎弾》」
「えっ!?」
ルカはたしかにそう聞いた。慌てて振り向くと、オレンジ色をした火の玉が。
「エアッ!」
「落ち着け、ルカ」
「ええええ!?」
エアハルトから返ってきた予想外の反応に、ルカは驚きと焦りでどうにかなってしまいそうだった。
だって、だって――、
しかし、エアハルトは何をするわけでもなく、平然とそのまま歩みをすすめる。ルカの手を引きながら。
「エア――ッ!」
「大丈夫だ」
もうルカまであとちょっと、というところまで接近した……とき、
「……えっ?」
一匹のイノシシが、目の前に現れる、そして見事《炎弾》が。
「どうせ、あんだけの技使ったんだから腹減ってるんでしょ? 俺からの詫びですよ、今回の」
「全く、変な気を使いやがって」
「それじゃ、俺はあっちに行きますんで。……師匠」
「……ああ」
二人の男がそう会話したそばで、ちょっと色々起こりすぎて何が何だか分からない少女が一人。
キョトンとしていた。
「……ねえ、エア」
握っていた手を、少しだけ引っ張って呼びかける。
「どうした? ルカ」
「魔法って怖いんだね」
「……ああ、その通りだ」
エアハルトは、ルカから目をそらしてそう言った。
魔法をキレイなものとして捉えていたルカが、美しいものとして捉えていたルカが、初めて魔法を恐れた、ということだろう。エアハルトの中で、少しチクリと痛むものがあった。
「やめるか? 今ならまだお前は魔法使いとして周囲に知られてはいないから、これから先一切使わないように気をつけていれば、普通の少女として生きることもできる」
いや、本当ならば彼女はそう生きていたのだろう。そういう意味も込めてエアハルトは言った。が、
「ううん、やめない。むしろ、ちゃんと使えるようになって、エアのお手伝いしたい」
「お手伝いって……一体何するつもりだよ」
クスリ、苦い顔の中に少しだけ笑みが混ざった。
ルカはそんなエアハルトの様子に少し安心しながら、でも実はというとどうするかとか考えていなかったので、なんとか答えを絞り出そうと考える。
「えっ……と、お花を咲かせる?」
それはまた、ずいぶんとかわいいことで。
だがしかし、エアハルトはかなり驚いていた。
(正直、《豪爆重弾烈》を使った目的の一つはあわよくばルカが魔法使いを目指すというのを諦めるか? と思ったからだ)
魔法の性質上、魔法使いの戦闘は高火力かつ短期で終了する。
やはり起因となるなはその燃費、魔法を使えば使うほどお腹が減る。携帯食糧などで補給を行いながら戦うという手もあるが、それも繰り返しているうち、次第に消化が間に合わなくなり胸焼けする。だから、長期に渡る戦闘は向かない。
そのため、小規模な魔法で敵のすきを作りだし、そして一撃で相手を制圧できるような超高火力魔法が利用される。今回で言えば前者は《炎弾》、後者は《豪爆重弾烈》が相当する。
だがしかし、こういった大規模な魔法はもちろんながら非常に危険である。
食らうのはもちろん、使用することも。
エアハルトは、他の魔法使いよりちょっと魔法を扱うのがうまかった。扱うというより、調整することが。
だから、本来の許容量以上、かつ体が壊れないギリギリのラインまで魔力を使うことができた。
しかし、普通はそうはいかない。許容量というのは、本来制御できるか否かということだ。それ以上を出すということは、必然的に魔力が荒ぶる。
荒ぶった魔力で魔法を使うと、ちょっと強い力が発動してしまう。そのちょっと、たったちょっとの差で、腕が消し飛ぶ。体が持たない。ウェルズが言っていたことは、誇張でもなんでもなく、事実なのである。
そういったことから、できるならルカを遠ざけたいとは思っていたのだが、
(……まあ、俺がしっかりすればいいだけか)
ルカが戦うようなことにならなければ、そんな心配もない。
エアハルトはそう思い、少し不安ながらに決意した。




