#29 少女は迷子の男の子と出会う
「だが、それは魔法使い連盟として避けたかった。という話だ」
ここまでで出てきたアレ、とは、簡単に言うと魔法使いと人間との戦争である。
魔法使い連盟は魔法使いの地位改善を目標にしている。そのためなら戦争もやむなしと考えている。エアハルトはそう聞いていた。
「そもそも、アレはやっても意味がないだろう。人間と魔法使いの間の確執がより深まるだけだ」
「そんなもの、やってみないとわからないじゃないですか」
(……そんなことはないとは思うんだが)
魔法使いが人間から恐れられている理由は、魔法が人間にとって脅威となるからだ。仮に戦争でも起こせば、魔法が危険なものとなり人間に襲いかかる。そうすれば人間にとって魔法使いとはさらなる恐怖になり得るだろう。
そうは思ったものの、エアハルトはそれをウェルズに伝えることはできなかった。彼にとっては魔法使いの地位改善はもちろんなのだが、それよりも人間への復讐心が強い。その復讐の好機とも言える戦争に、下手に触れると、逆撫ですることになりかねなかったからだ。
「ともかく、俺は魔法使い連盟としてアレには参加しない。だが、アイツラに会うことがあれば伝えておいてくれ」
「……なんですか」
「仮にアレをやろうものなら、俺は人間側にも魔法使い側にも立たず、双方を全力で止めに行く、と」
「バカなんです? やれると思ってるんですか?」
「やれるかじゃないんだよ、やるんだよ」
エアハルトはウェルズのことを見据えた。ウェルズは一歩後ずさる。わけのわからない威圧感に押されて、また一歩後ずさる。
「助けられる命は助けるべきだ。救える命は救うべきだ。失わないで済む命は奪うべきでない」
「そんなの……ただの理想論じゃないですか! 現実は、そんなに甘くないんですよ」
「そうだ。ただの理想だ。だが、その理想をできる限り現実に近づけるための力、俺達にとってのそれが、魔法なんじゃないのか?」
「ぐっ……」
ウェルズは苦い顔をした。
「そんな、そんなの……。な、なら……」
その、苦そうな顔のまま、しかし、何かに気づいたのか、
「やってみせてくださいよ」
また、笑った。
「ねえ、エアハルトさん。俺、ずいぶんと魔法うまくなったと思いません?」
「急にどうした」
「実は、かなり遠くまで火球を飛ばせるようになったんですよ。それも、ちゃんと制御して」
「……なにが言いたい」
ニヤリ、一番に気味の悪い笑みをして、
「食堂で一緒にいたあの少女と、いったいどういう関係です?」
「なっ――」
「ほら、どうします? ちなみに、ちょっと面白いことになってますよ?」
村外れでも、遠くで爆音が聞こえた。ルカはどうしたものかとふらふらそのあたりをさまよっていた。
歩くたびに持っている鈴がリンと鳴り、その音に少しだけ安心する。けれども、不安なのには変わりなかった。
「エア……大丈夫だよね……?」
エアハルトが向かった先に魔法使いがいるのはルカにもわかっていた。ルカは今まで魔法使いと魔法使いの戦いを見たことがない。でも、魔法使いの戦い方なら見たことがある。
以前に見た《重弾烈》、あのような技が飛び交う最中だと思うと、心配で心配でたまらなかった。
「……大丈夫。大丈夫。だってエアは強いもん。大丈夫……大丈夫だよ」
そう言い聞かせるしかなかった。ひとりぼっちなのはさらにルカを不安にする。
「エア……」
そんなとき、
「おーい、アドルフー! エルガー! どこだー?」
「……?」
自分と同じように、不安そうな顔つきで誰かを探している少年を、ルカは見つけた。
「くっそお、どこにいるんだよふたりとも……」
「ね、ねえ。どうしたの?」
「う、うおあっ! だ、誰だ!?」
ルカが声をかけると、少年はおばけに襲われたのような大きなリアクションをとって驚く。
「そんな驚かなくても。私はルカよ」
「ルカ……、そうか。ちなみに俺はアレキ……いや、アレクだ」
「アレク、いい名前ね。ところで、どうしたの?」
「……それがな、一緒に来ていた……というか保護者代わりについてきてくれていたふたりとはぐれてしまって」
「……要するに迷子なのね」
ぐっ、と。少年は悔しそうな表情をした。
「痛いところをついてくるが、そんなルカもひとりぼっちなんじゃないのか?」
「えっ、まあ、一緒に来ていたエ……、ええっと! 一緒に来ていた人にちょっとここで待っててって言われて」
「その一緒に来てた人はどうしたんだ?」
「今、向こうの方で戦ってると思う」
「冒険者なのか。すごい……かっこいい……」
アレクが目を輝かせた。村の方向、遠くを見つめている、
すると、ルカが違和感を感じる。アレクの瞳が輝いているのは、決して期待の眼差しとか羨望の眼差しとか、そういうわけだけじゃなかった。
本当に、輝いている。まるで近くに強い光源があるかのように。
「危ないっ!」
ルカはとっさにアレクを押し倒した。ルカの背中、ちょっと上を熱いものが通り過ぎた。
「な、なんだ!?」
「ま、魔法がここまで……!」
浮遊する火球は、動きをピタリと止めたかと思うと、再びルカとアレクの方向へと向かってきた。
「《植物召か……ッ!」
途中まで言って、ルカはやめた。
エアハルトは特に他人の前では使うなと言っていた。今はアレクの前である。使うわけにはいかない。
(でも、こんな状況でも、こんな状況だったとしても使っちゃだめなの!?)
ルカは悔しく思った。もしかしたら、私がもっとうまく魔法を使えるようになっていたら、こういうときには使ってもいいよってエアハルトから言われていたかもしれない、と。
ふたりはなんとか火球をかわす。しかし、火球はまたもターンしてふたりに襲いかかる。
「……ッ! エアッ!」
リン――、鈴が鳴った。
続いて、シュー……と火の消える音。
「……ルカ、悪かった。こういうときは使ってもいいと言っておくべきだった」
「……エアアアアアアアアアア」
突然どこからともなく現れた、その大きな背中に。ルカはその叫びと……それから涙をこらえきれなかった。
「おーう、おーう、すまんかった。すまんかったからそんなに泣かないでくれ」
「あああああああああああん!」
なでりなでりと、エアハルトがルカをなだめようとする。頭をそっと撫でる。
しばらくなでていると、エアハルトは視線に気づいた。
「……面白いことって、そういうことか」
「助けてくれて……その、ありがと。……でも、急に現れたけど、どうやったの?」
「……その質問には少し答えかねる。いくら相手があなたのような人でも」
「俺のこと、知ってるのか?」
「いちおう、ね。ともかく、もうすぐここに魔法使いが来る。一緒に来た人はいないのか?」
「……はぐれた」
少年から告げられ、エアハルトは驚いた。それと同時にちょっとだけ呆れた。
「仕方ない。今から起きることは秘密にしてくれ。ちょっとばかし悪いことをするからな。……その代わり、絶対に君を守ってみせる」
……ちょっとばかしどころか、大罪なんだけど。エアハルトは心のなかでそうツッコんだ。




