#28 大罪人と後輩は言い争う
「たしか、《鎮まれ》ってそこまで射程が遠くないですよね?」
「……なんの確認だ?」
「まあまあ、いいじゃないですか」
妙な質問、エアハルトはウェルズがなにか企んでいるのはわかっていた。しかし、その顔からは意図が見いだせないでいた。
「ところで、エアハルトさん。気づいてました?」
不気味な笑みをたくわえたまま、ウェルズは《炎弾》と唱える。ぽん、ぽん、といくつかの火の玉が弱々しくも現れる。
いったいなにをするつもりなのか。エアハルトはいつでも魔法で対抗できるようにと構えながら、ウェルズの動向を伺っていた。
ウェルズは、笑った。
「そこの家屋、まだ逃げられていない子供が隠れてるんですよ?」
「!?」
ウェルズが腕を右へと振るう。強く振るう。斜め後ろにまで振るう。すると火球は手に従うように急加速し、家屋の壁へと激突しようとする。
「《鎮まッ! だめだ、届かないっ!」
「止められるなら、止めてみてくださいよ! 守れるなら……ねっ!」
「……ッ! 《消えろ》」
シュン……、エアハルトよりもずっと遠くの位置にあった火球が、先程よりも早く消え去る。壁には、なんとか届かなかったようだった。
ウェルズは驚きながら、しかし感心した様子だった。
「へえ……初めてみますね、それ」
「……今までめったに使うことはなかったからな」
「アパ……《消えろ》でしたっけ? 規模は私の知るところではありませんが、えげつない魔法ですね……」
「バカいえ、多少魔力があって多少技術があれば誰でもできる」
「……相変わらず、自分の力を見誤ってるんですね」
ウェルズが眉を歪ませる。
「どうして、どうしてあなたのような人が魔法使い連合への勧誘を蹴ってるんですか。入れば絶対に幹部クラスですよ?」
「なんでかって、めんどくさいからだって言ってるだろ? 前にお前が勧誘に来たときもそう答えたろう」
「理解できないですよ! どうして人間に味方しようとしてるのかもそうですし……」
「……別に、俺は人間に味方しているわけではない」
「じゃあっ! じゃあどうして今! 人間を! 守ろうとしてるんですか!」
ウェルズが叫ぶ。目を見開いて、喉が痛むほどに、必死に。
「人間に味方しているわけじゃなかったら、なんで人間を守ろうとしてるんですかっ!」
「……この人たちが、殺される理由。それが見当たらないからだ」
エアハルトは答える。静かな声で、しかしウェルズに伝わるように。
「逆に聞くが、ウェルズ。お前はどうしてこの人たちを殺そうとしている?」
「決まってるじゃないですか。人間だからですよ」
「人間だったら殺すのか?」
「当然じゃないですか。だって、人間は俺たちを自分たちと違うものとしてみて、排そうとしているんですよ?」
「全ての人間がそう思ってるわけじゃない」
「たしかにそうかもしれないですけど、でも、あなたならわかってるはずですよね? それがいかに少数派の人間なのかを」
エアハルトは言葉に詰まった。エアハルトは知っている。自分のことを魔法使いというだけで排そうという考えを持っていない者がいることを。
しかしそれと同時に知っている。ウェルズの言うとおり、それがいかに少数派なのかを。
それは、例えばエアハルトが街で普通に買い物をしようとしたときの、相手の様子を見れば歴然である。フードを深く被って、バレないようにしてやっと買い物ができるか否か。
「わからないんですよ……俺たちのほうが圧倒的に優秀なのに! ただマイノリティだからという理由で、マジョリティにとって危険があるからという理由で! なんで俺たちのほうが排されなきゃならないんだ!」
彼は――魔狩りに殺される寸前だった。それを考えれば、ウェルズが人間に殺意を抱くのは当然といえば当然だろう。むしろ、エアハルトのように考えられる方がよっぽど狂っていると言っても過言ではない。
でも、けれど、エアハルトは、
「ウェルズ。お前がいかに人間を恨もうが構わない。だが、これだけは訂正しておけ」
「……なんですか」
「驕るな。魔法使いと人間のどちらが優秀なのか、それはお前が知ったことではない。もちろん、俺も」
「は? どういう意味です?」
ウェルズは怒りのこもった声色で、そう疑問を呈した。
「そのままの意味だ。さっきのお前の口ぶりでは、本来魔法使いのほうが人間より優位に立っているというようにとれたが、違うか?」
「そのとおりですよ! だって魔法使いは魔法を使えるようになった人間ですよ!? どう考えたって魔法使いのほうが優秀じゃないですか!」
「その考えが驕りだ。俺たちが気づいてないだけで、俺たち魔法使いには人間にはない弱点があるのかもしれない。いや、気づいてはいるが見ないようにしている弱点も」
例えば魔法使いの燃費の悪さ。魔法使いは魔法の使用に多くのエネルギーを要する。その分普通の人間が活動し続けるよりも連続して活動できる時間は短くなる。途中でエネルギーを補給するという手段もあるにはあるが、食事を摂るとなると隙が大きくなるし、繰り返し食べているとそのうち食べるのが辛くなってくる。
「魔法使いが人間よりも優れている。そう思っていると、そのうち足をすくわれかねないぞ」
ウェルズは俯いた。
「……相変わらず、俺はあなたのことが完全に理解できないです」
ウェルズは呟いた。
「でも、ひとつわかってることがあります。いや、わかったことがあります」
ウェルズは前を向いた。
「やっぱり、あなたが魔法使い連盟に参加しない理由、めんどくさいからとか、そんな理由じゃないですよね?」
「……めんどくさいからだ」
「嘘だ。本当は戦いたくないからだ。可能なことなら戦いを避けたいからだ。いや、正しくは無駄に命が消えていってほしくないからだ」
今度は、エアハルトが黙りこんでしまった。
「魔法使い連盟はいちおうは幹部などの組織性はあるとはいえ、基本的には自由な面が多い。仮に加入しても、魔法使いたちに無駄な戦いを避けるように仕向けられるようになるだけの影響力は無いと、あなたは判断した」
「……」
「そして、上の方の魔法使いが、アレを画策しているということにも気づいていた」
「……」
「アレが発生すれば、死傷者は溢れるように生まれるだろう。そして、仮に魔法使い連盟に参加してきたら、あなたももちろんアレに参加せざるを得ない」
「……」
「あなたが参加しないのは、アレから逃げるため。……違いますか?」
「ひとつ尋ねたい。お前がアレを知っているということは、アレは起きかねないということでいいのか?」
「……ノーコメントで」
「そうか」
エアハルトが、目を伏せて深呼吸をする。
「俺が参加しなかったのは、たしかにアレを避けたかったからだ」
「どうしてそこまでして、アレを避けたが――」
「だが、それは魔法使い連盟として避けたかった。という話だ」




