#27 大罪人は後輩と再開する
二人が宿から出る頃には、あたりは騒然としていた。
それもそのはずである。宿のすぐ近くで、というわけではないが、今、この村の中で火事が発生している。しかし、事態はそれだけにとどまらないはず、エアハルトにはそう確信するだけの根拠があった。
「ルカ、こっちだ」
「ふぇっ、うあ、うん」
どうやらルカもこの様子には戸惑っているようで、エアハルトにただ手を引かれるばかりであった。
「ねえ、エア! 何が起きてるの?!」
「全部終わったら説明してやるから、済まないが我慢してくれ。今は周りがあるから!」
「周り……? 周りを気にするって、もしかして」
「たぶんお前の考えているとおりだ」
人目をはばかる理由、エアハルトが思うものも、ルカが思うものも、どちらも同一であった。
今起きていることは、間違いなく、魔法使いによるものだ。エアハルトには、そう思うだけの根拠はあった。
昼食を食べた定食屋、あのとき、たしかにエアハルトのことを見る知り合いの目があった。
人通りも多かったし、昼食中だったし、なによりルカの前だったし。騒ぎにしたくなかったエアハルトはそんな彼を無視した。
しかし、彼について、エアハルトは深く印象に残っている。
(間違いない、あのときいたのはウェルズだ。そして危惧して準備してたら、この有様、間違いなくウェルズの仕業だ)
ウェルズというのは、エアハルトより少し若い魔法使いだ。魔狩りに襲われていたときにエアハルトに助けてもらい、しばらくはともに過ごしていた。
しかし、彼は人間を相当に憎み、人間を助けたりしていたエアハルトを見て、呆れてウェルズはエアハルトの元を去った。
多くの魔法使いたちがその差別的な扱いに苦しみ、そしてそんなことをしてくる国に対抗しようと作った組織がある。そのまんまな名前だが、魔法使い連合という。
もちろん、表立った活動はできないが、魔法使いたちが捕まらないように支援したり、いつかはこの魔法使いの立場をなんとかしようと考え、そのためにも行動をしたりしている。
今では、ほとんどの魔法使いが連合に参加していると言っても過言ではないほど、連合に入っていない魔法使いは少ない。エアハルトは(面倒だからといって)加入を頑なに断っているが。
そんな魔法使い連合に所属する魔法使いたちの多くは、少なからず人間を憎んでいる。また、ある程度の割合の魔法使いは、積極的に村を襲おうとしたりしている。そんな中でも、ウェルズはよく名前が上がるほどに人間を嫌っていた。
(そんなやつが現れた。そして、何かを訴えかけるような目でこちらを見ていた……アレが、あの目が、もしかして邪魔するな。というようなことを伝えるものだったとするならば)
そうすれば、今の状況にカチリとハマる。エアハルトは舌打ちをした。
走り続けてしばらく、村のはずれまでやってきた。
「ここにいてくれ。できればあんまり動いてほしくはないが、危ないと思ったら逃げるんだぞ?」
「うん……」
「絶対に、鈴を離すんじゃないぞ?」
「わかってる」
ルカが鈴を両手で握った。エアハルトは握られた手に両手をかざし、力を込めた。
「《音色:護り》」
エアハルトが言うと同時に、ルカの手の中で小さく音がなる。
「それじゃあ、行ってくる」
「エアッ……、気をつけてね?」
「……ああ」
「私が、エアの帰ってくる場所だからね?」
「……ああ」
そう言って、エアハルトはルカから離れた。
しばらく駆けた先で、エアハルトは再び返事をした。ルカには聞こえていなかっただろうが。
ドゴンッ! ドガンッ! 家屋が火を上げながら爆発に近い燃え方をした。
青年は手のひらを開いて、軽く掲げた。
「《爆発》」
腕を振り下ろすようにして、同時に手のひらを握る。すると家屋のひとつが、先ほどと同様に爆発する。
青年は再び腕を掲げる。そして振り下ろす。
「《爆発》」
「《鎮まれ》ッ!」
声がした。すると今度は爆発することなく、家屋は無事なままだった。
「あんまり自然系は得意じゃないんだけど……《恵雨》」
逃げ惑う人々の間から、遡るようにして現れた青年は、そう愚痴りながらにも、力を込めた。
太陽がサンサンと照らしていたはずの空には、次第に黒雲が現れ、ポツ、ポツと雨を降らし始めた。
「……やっぱり来ましたか」
「そりゃあな」
「邪魔するなって言ったら?」
「もちろん邪魔する」
「身の保証はしませんよ?」
「残念ながら、それは俺にも言える」
段々と人が捌けてくると、道に取り残されたのは二人だけだった。
「エアハルトさん」
「ウェルズ」
二人の間に沈黙が流れる。
そして、その沈黙に耐え兼ねたのは、ウェルズだった。
「容赦はしませんっ! 《炎弾》」
腕を振るい、そう叫ぶと、彼の背後にいくつもの火球が現れる。
「いくらあなたであろうと、この数を捌くのはキツイでしょ?」
到底数えられるほどの数ではない。エアハルトから見ると、ウェルズの背後にはもうひとつ太陽があるのか? と思ってしまうほどに眩しく、思わず目を背けてしまいそうになる。
「できれば僕はあなたと戦いたくないんですよ」
そう言いつつ、火球をひとつエアハルトへと飛ばす。いや、そのスピードは弾き飛ばされたという方が正しいのかもしれない。
「……《鎮まれ》」
そう言うと、火球はいったいどうしたのか消滅をする。
「全く、あなたのその魔法、本当に面倒ですね」
「別に、イメージさえ掴めれば誰でもできるだろう?」
「そんな繊細な魔法、誰でも使えてたまるもんですかっ!」
ヒュン、ヒュン、ヒュン、三発が飛んでいく。しかし、同様の魔法で火球は消えてしまう。
「……でも、いくらエアハルトさんでも、数が多ければ全部は消しきれないでしょう?」
そう言って、彼は腕を正面に突き出した。すると、火球たちはヌッとゆっくり動き出して、
かと思うと、一部が急加速して飛んでくる。次も、次も、次も次も次も!
エアハルトの目の前に、火球の弾幕が張られた。
「お前なあ、なんのために天気を雨にしたと思ってんだよ。《激流壁》」
その弾幕がエアハルトに届く前に、エアハルトの正面に水流の盾が張られる。歪む水面を通して見えるウェルズの顔が、少し苦くなる。
「炎属性の魔法を得意とする僕に、有利な状況にしないように、ですよね」
「それだけじゃない。家屋の鎮火と延焼の予防、それから建物への攻撃の抑止だ」
雨であれば、多少爆発の威力や発動速度が落ちる。それを理解していないウェルズではない。
そうすれば、《爆発》などの魔法はエアハルトに止められる可能性が高くなり、また、相手に攻撃の起点を与えることになりかねない。
「そうっすか……」
ウェルズはニヤリと笑った。
「どうした?」
「いくらエアハルトさんでも、周囲に気を配りながらじゃ、戦いにくいですもんねえ」
まるで確認のような、その発言が、変に特徴的に感じられた。
ウェルズは、ニヤリと、笑った。




