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#26 少女は煮魚定食を食べる

 注文を済ませた後、ルカは待ち遠しいのか周期的に横揺れしていた。


「どんなお魚かなー!」


「でも、川魚で煮付けって珍しいな。たいていは塩焼きとかがうまいんだが」


「でもエアだって頼んだの塩焼きじゃないじゃん」


「まあ、それもそうか」


 エアハルトはグラスを取り、クックックイッと水を飲む。ひんやりとした氷が歯に当たったかと思うと、机に戻してカランコロンと甲高い音を立てる。


「ふう……」


 ふと、エアハルトは入口の方に目を向ける。せわしなく行き交う人。それに比べて店の中は比較的落ち着いている。


(こうやって暇に旅するのとか、すっげえ懐かしいなあ)


 そんな感傷に浸っていた。実際ルカと出会う前、魔狩りから逃げているときなんて生きるか死ぬかの問題だったし、そうでないときでも、とりあえずどうやって平穏に生き抜こうかということしか考えてなかった。

 観光して、ぶらぶらして、そんな目的で旅をするのなんて、いつぶりだろうか。はたまた、初めてではなかろうか。


「なーんかエアのそれ、おじいちゃんみたいー」


 クスクスクスクス、ルカが笑った。


「そうか?」


「うん! 物思いに耽る? っていうのかな。面白かったよ!」


「面白いのか……?」


 その感性は若干肯定しかねる。エアハルトは苦い顔でルカを見るが、当のルカはカランとした笑顔でエアハルトのことを見ていた。

 苦い顔には全く気づいていない様子。


「はいはーい、おまちどうさま!」


 両手にお盆を持ちながら、女性が軽い足取りでやってきた。エアハルトもルカも、よくそれで転ばないなあと感心する。


「カワダイの煮付け定食と、それからワカサギの天ぷら定食ね」


 トン、トン、と手早く。しかし丁寧に二つのお盆が置かれた。


「カワダイ……か、そうか。コイツがいたか」


「そうそう、別に塩焼きにしてもいいんだがね、やっぱりカワダイは煮付けがうんまいの。ほら、嬢ちゃん、食べてみな」


「うん!」


 ルカの前に置かれたのは、切り身の魚。赤茶色した煮汁の奥に、白色の身が見えている。見た目だけなら、この間食べた照り焼きと似てないと言えなくもなかった。

 ルカは箸を取り、ちょっと考えながら魚の切り身から、ちょっとだけ身をほぐす。それをつまんで、口に。


「んんんんんー!」


 食べてみたら、また全然違って。なんだろうこの風味は。と、生姜の風味に浸ってみたり、しっかりとした身の食感に浸ってみたり。


「気に入ったみたいだな」


「そうかい、そりゃあうちの店としてもありがたいねえ」


 カワダイはタイに近い魚だった。ただし、住んでいるのは川や湖。

 独特の癖や臭みこそあるものの、ちゃんと処理してやれば、タイにも劣らぬ味を持つ。

 元々持ち合わせた癖のせいか、塩焼きにしてもうまいのだが、カワダイは煮付けが絶品とされることが多い。

 ちなみに生食は推奨されていない。


「さて、俺もいただきます……っと」


 天ぷらの一つをとり、少し塩をつけて口に運ぶ。


「んっ……と。やっぱりワカサギの天ぷらはうまいな」


「そいつはここからちょっと山の方に行ったところで取れたやつだねえ」


「冬山の方でしたっけ」


「そうそう、そこの湖にね、知り合いがいて。そっちから卸して貰ってるんだよ」


 なるほど、と。納得しながらエアハルトは次の天ぷらに手をつける。

 サクサクとした衣に包まれた魚を噛むと、さきほどとは打って変わってジュワッと熱くてうまい食感、味がする。


 そうして食べていると、いつの間にやら女性は厨房の方に消えていた。


 さて、もうひとつ。エアハルトが箸を向けようとすると、視線に気づく。


「じー」


「……口に出してじーというやつがいるか」


「食べたい」


「……仕方ないなあ」


 エアハルトは天ぷらの乗った皿をルカの方に置いてやる。ルカがわああっと喜んでいる間に、店の外を見ながら白飯を一口、運んでやる。


(人通り……多いな……)


 外を見つめるその瞳は半分閉じられていて、なんだか虚ろであった。


「……、……、ェア!」


「どうした?」


「ありがと!」


「……おう」


 返された皿を受け取り、ついでにひとつ口に運んだ。

 モグモグ、モグモグ、しっかり咀嚼してから、エアハルトは飲み込んだ。さっきまで考えていたことも一緒に飲み込んだ。


 味噌汁に手を伸ばし、すする。シジミの出汁がよく効いていた。




「ありがとうございましたー!」


 ふたつかみっつほどの声が重なって、二人の退出を飾った。


「どうだった?」


「おいしかった!」


「そうか」


 スタ、スタ、スタ、と。ちょっと歩いて。


「ルカ、すまんが予定変更だ」


「どうしたの?」


「一度宿に戻る」


「……うん」


 ルカにとって楽しみだった観光。それがなくなってしまった。事前に聞いていた話では、ここの湖がキレイだとか、観光街ではないが、ちょっとした商店街があるだとか、そんな話を聞いていたので、行きたい気持ちは強かった。

 でも、


(エアのあの顔。……大切なことを言うときの顔だった)


 何か、緊急事態が起こっている。言葉として伝えられていなかったものの、ルカは直感的にそう感じ取った。


 そして、その直感は見事に当たったのである。




「《格納コンテナ》ッ!」


 エアハルトがそう叫ぶやいなや、部屋に放置してあった荷物が全て消えた。


「うわー、便利ー」


「そうか。中に入れるところは初めて見るのか」


「うん、そんな雑でいいんだね」


 エアハルトはコクリと頷いた。


「さて、と」


 エアハルトは今度は声には出さず《格納コンテナ》をつかい、金属塊を二つ取り出す。

 慣れれば、大規模な出し入れでもない限り、無詠唱で可能になる。


「キレイな金属」


「確かに、キレイだな。その分高いが」


「えっ」


 金色と、銀色の金属。


「見た目が色の名前にもなってる。金と銀だ」


「すごいやつじゃん!」


「まあ、今は貴重とかそんなこと言ってる場合じゃないんだけど……」


 今度は《鋳造》を。金の方をグリグリいじり、形作っていく。

 同時に銀の方もグリグリいじり、形作っていく。


「っと、忘れるところだった」


 金から、小さな金の玉を作り上げ、銀からも小さな銀の玉を作り、


「これでよし」


 小さな銀の玉を残った金で包み込むようにして形を作る。小さな金の玉も、同様に銀で包み込むようにして。


「これって……鈴?」


「そうだ。あとは……《同調ペア》」


 エアハルトの声に従って、二つの鈴が同時になる。リンッと、甲高くも、透き通った音。


 最後に紐をつけて。


「ルカ、今から俺はやらないといけないことがある。だから……」


 金色の鈴を、ルカに押し付ける。


「それが終わったら、お前を迎えに来るから、それまではこれを持っていろ。何があっても手放すなよ?」


「うん、それはいいけど……なにがあったの?」


「それはだな、実は――」


 ドゴンッ! 爆音。


「マジかっ!」


 ぱっと、ルカの手を取り、急いで玄関から外に出る。


「行くぞ!」


「え、あ、うん」


 ルカは、ただ手をひかれるしかできなかった。

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