#23 二人は焚き火でソーセージを焼く
パチパチ……チチ……パチパチ……。オレンジの火の粉が舞う。
「むう」
「なんだ、まだ拗ねてるのか」
焚き火をいじりながら、エアハルトはそう言う。
「だって……」
「だっても何も、お前できなかっただろう」
「むう……」
現在、《領域制圧》の術者はエアハルトだった。というのも、先の《再領域制圧》の後、エアハルトがルカにいくつかの魔法を教えて、範囲内に魔法をかけさせようとした……のたが。
全て不発に終わり、エアハルトが上から制圧し直した、ということだ。
「全く……、すぐにできなくて当然だといつも言っているだろうが」
「そう……だけど、そうだけどさ!」
「お前、《植物召喚》のときだっててこずってただろ?」
ルカが顔をしかめる。
「そう、だけどあれは初めてのときのやつだし。その後にやった《焔花》とか《盾蔓》はすぐにできたもん」
「それは《植物召喚》を先に練習してたから土台がある程度できていたからだ。それに自然系の適性もあるし」
「ぐっ……ぬぬ」
ルカは顔をしかめた。エアハルトは《格納庫》とつぶやき、中から棒付きソーセージを二本出す。
「ほら、よ」
エアハルトに差し出され、ルカは少しだけためらって受け取る。
長めに取られた棒の端っこを持ち、ソーセージを火で炙る。
「あのな、ルカ。別に俺はできないからって怒ろうと言うわけじゃないんだ。ただな、できないことはできないって認めておけ」
火の中にソーセージが入ると、パチパチと音が勢いを増す。
火を囲む二人の間に、音と声とが交わされる。
「できないことを、できないって認めることは、悪いことじゃない。むしろ、できないことをできないことと認めないほうがまずい」
「なんで?」
「それ以上の成長が見込めない」
できないことを認めないということは、例えば、できていないにも関わらず「本気出せばできるけど出してないだけだし」と言うようなものである。
そう言ってしまえば、楽なものは楽である。だって、やる必要がないのだから。
でも、それと同時にそれ以上踏み込む必要がなくなる。踏み込もうとしなくなる。
そうすれば、成長は止まる。
「できないことは、ちゃんとできないと認めろ。その上で練習するんだ。そして、それでもできなかったときは、できないことだと開き直れ」
やってもできないことは、もちろん存在する。それは仕方ないことだ。
だから、その時は他人を頼る。
「変な意地は張らずに、また明日頑張ればいいだろう」
「……そうする」
ソーセージを火から上げ、ルカがかぶる。熱っ、熱っ、と慌てて離す。
そりゃあすぐに食べたら熱いだろうと、エアハルトは少し笑った。
「エアも昔はできなかったんだよね?」
「うん? ああ、魔法のことか」
ルカがコクリと頷くと、エアハルトは答えた。
「そうだ。全く調整が効かなかった」
「それじゃあ、どうやって今みたいになったの?」
「今みたいに?」
「いろんな魔法を使えるように」
「ああ、なるほど。そういうことか」
エアハルトは、どう説明すべきかと。顎に手を当てて考えた。
「そう、だな。まあざっくりと説明してしまうと、練習以外にはない」
「ぐっ……」
「ルカは今、魔法を覚えたばっかりだろ? 言ってしまえば魔力の吐き出し方を知っただけなんだよ」
でも、魔法にはもっと強く、便利に使うための手法がある。
「例えば、命令式というものがある」
「命令式?」
「そうだ。さっきルカを通じて無理やりに《再領域制圧》したとき、体の中に違和感があったろ?」
エアハルトの質問に、ルカは肯定で返す。
「あのとき、ルカの体には魔力と一緒に命令式も流し込んだんだ」
命令式は、言ってしまえば魔法を使うための型紙のようなものだ。
魔法を使うときには想像を要する。魔法を繰り返し使用する中で、その想像がどんなものなのかを記憶し、それに当てはめて魔法を使用する。命令式の使い方はこうだった。
「まあ、この命令式を使うためには、その前に魔法を使えるようにならないといけないんだけども。ルカ、思い出してみな」
「なにを?」
「お前さ、繰り返し《植物召喚》や《焔花》使ってるときに、だいたいこんな感じでやればいいのかな? っていうの、ちょっとは感じたんじゃないか?」
「うん、繰り返してるうちに、なんかこれをこうして、ああするとなるってのはつかめるようになってきたよ」
「そう、それが命令式なんだ」
肉のなくなった棒でビシッと差す。「おっとすまない、行儀が悪いな……」と棒を火の中に投げ込む。パチパチと音を立てて燃え始める。
また《格納庫》と、棒付きソーセージ。
「まあ、それをもっと繰り返し続けて、形にすることができれば、だな」
ちなみに、命令式は《魔力共有》により他人から体に流し込んでもらうことを繰り返し続け、それを体が覚えることでも可能といえば可能である。
「ただ、それだとその魔法の根幹の部分の理解をおろそかにしてしまうからな、万が一のときに対応できなくなる。だからち、ちゃんと自分で覚えることが大切だ」
「そうなんだ……。エアはいろんなこと知ってるんだね」
「まあ、な。昔に教えてもらったから」
「……? エアにも誰か先生がいたの?」
「そりゃあな、大きく世話になった人が二人ほど」
エアハルトが魔法を制御できるようになるまで付き合ってくれた「おっさん」と、その後アテもなく旅している中で出会った、親切な魔法使い。
「魔法の種類や原理、生活に必要になるような魔法のだいたいはその親切な魔法使いから教えてもらった。それから俺の適正属性以外の魔法の基礎も」
そこから先は、また道中で出会った魔法使いに教えてもらったり、あるいは、敵対してしまった魔法使いから見て奪ったり。
「そうすることで、俺は今、いろいろな魔法を使えるようになってるわけだが、その土台には二人に世話になったときに得た知識と、練習が元となってる」
だから、
「俺がちゃんと教えてやるから、心配するな。背伸びもするな。自分のペースでいいんだから」
火から上げた棒付きソーセージを、ルカに渡す。「ちゃんと冷ませよ?」と。
今度はためらいなく受け取って、ふーふーと息を吹きかけ、かぶりつき、
「熱っ、熱い!」
「だから、せっかちなんだよって。もっとゆっくりでも大丈夫なんだから」
エアハルトが少し笑う。ルカは不服そうな顔をするかと思いきや、ニヘヘ、と笑っていた。またやっちゃった、と。
それでも今度はちょっとは待てた、息を吹きかけて冷まそうとした。少しは前に進めてる。
きっと魔法もそんなもんなんだろう。ルカはソーセージにかぶりついた。
まだ熱かった、でも、
「おいしい」
ルカは、棒に気をつけて次のひとくちを食べた。




