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#2 大罪人と少女は一晩を明かした

「ふわぁぁ……」


「起きたか、おはよう」


 パチパチと少しの火の粉を吐き出しながら、小さく火が燃えていた。木々の間からは優しく日の光が差している。


「おはよう、エア」


「背中、痛くないか?」


 エアハルトは上半身を起こしたルカにそう聞いた。


「全然大丈夫だよ、いつもこんなだし」


「……そうか」


 笑いながら気丈に答える彼女から、エアハルトはそっと目を話した。


 昨晩、森の中を歩いてしばらく。ルカの様子が変わった。足取りは重くなり、だんだんと目も虚ろになってきた。


(仕方ないか。1日中森の中で母親を探し続けた訳だし、何より時間も時間、深夜だ)


 あまり無理をさせる訳にもいかない。と、エアハルトはそこで一晩過ごすことを提案した。


「まだ大丈夫だよ」


 というルカの声もあったが、睡魔には勝てなかったのだろう。

 すぐにウトウトしだし、結局夜を明かすことになった。


 手近なところから枝なんかを集めたエアハルトは魔法でそれに着火し、焚き火を作った。

 焚き火ができる頃にはルカは座ったままで眠りついていた。


「軽い」


 ルカの体を持ち上げ、エアハルトは言った。

 改めて見てみると、四肢は細枝のように痩せこけていて、爪や血色なんかを見ても、相当に栄養状態が悪いことがわかる。

 枯れ枝なんかを集めて作った簡易の寝床に横たわらせる。


「大体、10に至らない程度か」


 年齢的には成長期だろうに、小さく寝息を立てる少女の体に言った。

 寝ている少女の体をまじまじと見続けるのもどうだろうかと、目を離した。

 つもりだった。エアハルトの瞳はある場所を捉えて離さなかった。


「足……わかってはいたが、傷がすごいな」


 足に近づいてみる。裸足で森を歩いてきた訳だから当然といえば当然ではあるのだが、大小深浅様々な傷が無数についていた。


「我がこいねがうは癒しの光、傷を包みてこれを治さん」


 手をルカの足にかざしながら、エアハルトは詠唱をした。


「《大治癒(ハイ・ヒール)》」


 直後、白くやわらかな光が細い足をまるごと包んだ。その光に紛れるようにして傷が薄れ、消えていく。


「まあ、古傷は消えきらないか」


 光が消えた足には傷はまだ残っていた。浅くこそなっていたものの、薄く痕はまだそこにある。


 ぐぎゅるるるるるる…………。


 盛大に、虫が鳴いていた。腹の虫。


「やはり、あれだけでは活動つかうには、少し足りんな」


 ついしばらく前、目の前の少女より給わった、木の実とパン。エアハルトの命を繋いでくれたもの。

 しかし、やはりアレだけではちょっと足りなかったらしい。すっと、エアハルトは立ち上がった。その瞳には疲れが見える。


 魔法を使うためには、人間の通常の活動に同じく、体力――エネルギーを要する。

 人間が空腹であればまともに動けないのと同じように、魔法使いも空腹であればまともに魔法を使えない。


 だならこそ――。


「わざわざそちらから出てきてくれて感謝する。探す手間が省けた」


 エアハルトの声が静かに冷たく放たれた。


「寝ているものがいるのでな、静かに頼むぞ」


 グルルルルルル…………。


 何かが鳴いている。茂みにはいくつかエアハルトを睨む瞳。


「《魔装:血吸之黒槍(ブラッドシャベリン)》」


 そう唱えると、エアハルトの手の中に黒の柄が現れる。

 血吸之黒槍、魔法で召喚できる武器の1つ。召喚に必要なエネルギーに対して性能が高い武器だった。

 というのも、生物にしか力を発揮せず、例えば家のような建造物にはただのデクの棒と化する。

 しかし、生物相手ではこの武器の真価が発揮される。名前のとおり、吸血するのだ。

 吸収した血を召喚時に足りなかったエネルギーの代替として用いる。これにより先にあるような召喚に必要なエネルギーに対して性能が高い武器が実現している。


 ただ、デメリットもある。さっきも言ったように生物以外には全く力を持たない。縦や鎧などもそれに含まれる。もちろん、服も。

 そして、召喚から長時間の間、吸血が行われないままだと、足りなかったエネルギーは術者より吸収する。


 しかし、エアハルトはこの武器を「血抜きが楽だ」という理由からよく使っているらしいが。


 エアハルトは周りを囲まれていた。しかし、負けるつもりなどサラサラないようで。


「来るがいい、肉」


 獰猛な瞳は、獣のものか、エアハルトのものか。






「ほら、ルカも食べろ。……まあ、朝起きてすぐに肉ってのもまあキツいかもしれねえが」


 エアハルトは右手で少し焦げ目がついたくらいに焼けた肉を差し出しながらにそう言う。

 骨付きの肉だった。「熱いから気をつけろよ」とエアハルトに言われ、フー、フーと、ルカは手渡された肉に息を吹きかける。


 はむっと、肉にかぶりつく。じんわり肉汁が染み出して少し熱かったのだろう、ルカが驚いた様子だった。

 食べ始めたのを見て、エアハルトも自身の食事を再開した。


「そういえば、気になったんだが。ルカって何歳なんだ?」


 肉を飲み込んだエアハルトはそう訊いた。


「私? えっとたしか……たぶん17くらい?」


「じゅうなっ!? え、今17って言ったか?」


 あんまり衝撃だったのか、手に持っていた肉を落としかける。慌ててエアハルトは握り直した。


「うん、2年くらい前にお母さんが私のことを15歳って言ってたから、たぶん16か17か18のどれかだと思うよ」


 ここまで説明されてしまっては、エアハルトは耳を疑うことはできない。耳は正常なようなので、ということは目がおかしくなったのだろうか。と、目を疑うことにした。


 ……が、まあ当然ながら目を擦ってみてもまばたきしてみても、映る彼女の姿は変わりなく(というか昨晩からずっと見続けているのに今更急に変わってもらってはそれはそれで困るのだが)、やはり目も信じざるを得ないようだった。


 しかしこのエアハルトの前にいる少女、ルカは確かに彼が言うとおりどう見ても齢10に満たないような、とびきり高く年齢を見積もってもせいぜい12や13そこらが限界くらいの容姿にしか見えない。

 まるで、成長期を前にして時間が止まったかのように。


 刹那、背筋を凍てつかせるような感覚がエアハルトを戦慄させる。


 聞いたことがないでもなかった。ただ、あまりにも縁遠く、まるで物語の中での出来事のような。それくらいに非現実的なこと。


 栄養状態が極めて悪いとき、体が成長よりも生存を優先させ、成長期であるにも関わらず、まるで時が止まったかのように姿をそのままとどめるという。


「どうしたの? エア」


「いや、少し考え事をしていただけだ。なんでもない」


 見誤っていた、軽視していた。と、エアハルトは自身を咎めた。いや、エアハルトは別に彼女の境遇についてそこまで軽視していた訳でもないし、むしろかなりまともに考えていた。が、ルカの境遇が、エアハルトの想像を上回っていたのだ。


 この少女は――ルカは、エアハルトが思っているよりも、遥かに酷い扱いを受けてきていたようだった。


 見たこともないルカの村の人々、そしてエアハルト自身への、どうしようもない憤りが込み上げてくる。しかし、それと同時に昨晩のエアハルトが感じていた違和感が解消されていた。


 幼さの割に、異様なまでに物分りもいいし、聞き分けも聞く。物事を達観した見方をするし、そしてエアハルトが事実を伝えたときに、いくら「泣いてはいけない」と禁止されていたとはいえ、感情に呑まれずに「泣かなかった」ということ。


「なあ、ルカ」


「エア、どうかしたの?」


「……俺はお前に拾われたんだ。だから、わがまま言ってもいいんだぞ」


 エアハルトはほとんど肉の残っていない骨を持ったままでそう言う。しかし、


「ううん、大丈夫よ。だって一緒にいるだけで私は十分幸せだから」


 ニコッと笑ってそう言う。そしてルカはまだ割と残っている肉に再びかぶりついた。


 しかし、そのときたたえられた笑顔は、エアハルトにとっては酷く恐ろしい物にしか見えなかった。

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