#18 少女は魔法を練習する
エアハルトは悩んでいた。
教えるべきか、否か。
エアハルトは悩んでいた。
悩みながら、近くにいたワイルドボアを屠っていた。
ザッザッザッザッ、草を踏み潰す音が近づいてくる。
(正直、自然系ですごい安心したんだよな)
ブンッと手に持っていた得物を振るう。風切り音とともに、生物の断末魔が聞こえる。血飛沫は飛ばない。
黒色の得物は血吸之黒剣。血吸之黒槍と同じく《魔装》という召喚魔法による武器だ。
その性能は血吸之黒槍とほぼ同じく、違いは武器系統としての差だけだった。
対生物性能に特化したこの武器は、相変わらず食料調達に愛用されていた。
まあ、たしかに適してはいるのだが。
(でも、どうしたものか。教えるべきか、それとも教えない方がいいのか)
悩んでいたのは、魔法による攻撃を教えるかどうかだった。自然系は訓練の仕方で攻撃型にも、支援型にも。なんなら非戦闘型にもなれる、かなり特殊なタイプだ。
だから、エアハルトは安心したのだ。魔法使いになりたいというルカの願いをかなえることができ、その上ルカを戦闘から遠ざけることも可能になる。
ただ、戦闘に使うような魔法は一度に激しく消費するものも多く、戦闘をするにしてもしないにしても魔力のトレーニングにはもってこいなのだ。
(戦闘魔法は身を守るためにも使える。誰かを助ける力にもなる。何より、もし俺が死んでしまっても)
ルカが生き延びる力になる。今、エアハルトがしているように狩りをして、食料を得ることができる。
ザンッ。エアハルトが腕を振るうと、突っ込んできたワイルドボアが絶命する。
「そろそろいい感じか」
転がる五体のワイルドボアにエアハルトが魔法をかける。《制限付き反重力》だ。
「これだけありゃ、しばらくは持つだろう」
毛皮は剥いで、骨はキレイに洗って、ミリアに売ってもらおう。
ザッザッザッザッ、音がした。
「悪いな。《眠れ》」
視線を駆けてきたそれに向け、エアハルトはそう呟いた。
勢いよく走ってきていたワイルドボアは、段々とおぼつかない足取りになり、コテンと横向きにコケてしまった。
「……どうすっかな」
これからのルカの生存率を考えるならば、やはり攻撃はできるようになっておいたほうがいいだろう。ただ、もちろんなから攻撃するような魔法は、多くの魔力を一度に扱う分、危険がつきものになる。
「そのあたりも含めてキチンと教えりゃ、なんとかなるかなあ」
幸い、俺とは真逆のタイプだし。エアハルトはそう呟いた。
家に向かって歩くエアハルトの後ろを、ふわりふわりとワイルドボアが浮いていた。
数日間が経った。
「さて、ルカ」
「なに?」
「お待ちかねだぞ」
「なにが?」
「お待ちかねの、旅行のお時間だ」
「……………………え?」
ルカは食卓についたまま、固まっていた。真ん中には空っぽの食器が並んでいる。
「なんだ、いろんなところに行きたくなかったのか?」
「いや、そうだけど。急すぎない?」
「……それもそうか」
ふむ、なるほど。エアハルトは顎に指を当てていた。
「まあ、ともかく旅行に行くぞ。まあ、もう少し先の話だけどな」
「う、うん! それで、どこに行くの?」
「ファフマールだ。農業都市ファフマール」
農業都市ファフマール。国内にいくつかある農業都市の一つで、例によってヌレヨカチの大樹を擁している。
その中はいくつかのブロックに分かれていて、様々な植物や家畜が育てられている。
「いちおう俺は農村の出であるが、何年前だよってレベルだしな。それに、村から出てったのも9歳のときだから、そこまで知識がなくてな。それでファフマールで調べたいことが――」
「…………エア!」
ルカが遮った。
「ねえ、エア。覚えてる? 出会った場所」
「ああ」
「もう一度、そこに行くことは?」
「できるぞ。なんでだ?」
エアハルトの答えに、ルカの顔が明るむ。
「その近くにね、ヌラヨカチの木があるの。そこにね、私の宝物おいてきちゃったの」
「なんでそんなこと早く言わなかったんだよ。それで、取りに行くのか?」
「うん、まだ使えるといいんだけど。きっと、今のエアにぴったりだから」
「……お、おう。とにかく、ファフマールに行くにあたって、一つ。ルカにやってもらいたいことがある」
なあに? ルカは首をかしげる。
エアハルトは真剣な顔で、語りかけた。
「ルカには、ファフマールに到着する前に完璧に魔法を使えるようになってもらう」
「ふえ!? そ、そんな急に難しいよ!」
ルカがそう反論する。というのも、ルカはつい昨日、やっとこさ安定して《植物召喚》を使えるようになったのだ。
ただし、小さなお花に限る。
「安心しろ。具体的には、いくつかの攻撃魔法と防御魔法、支援魔法。それから《創造》とか《転移》などの基本技能だ」
「十分多いよ……」
ぼやくルカに、どのみち教える予定だったんだから一緒だろう。と、エアハルトは言う。
若干ふくれっ面のルカを置いておいて、エアハルトは言う。
「とりあえず、数日のうちにそれらの魔法の基礎を教える。ある程度習得できたなあと思ったら、ファフマールに向かって移動する、道中でも訓練するけどな」
「うう……」
「頑張ろうな」
「うあぃ……」
「《植物使役:焔花》」
ルカの言葉とともに、小さな一輪の花が咲く。
花は、風に揺られるとパチ、パチと小さな火花を散らす。
「《植物使役:盾蔓》」
今度は蔓が地面から飛び出す。庇うようにルカの前に立つ。
「ふむ、焔花の方はまだ訓練がいるが、盾蔓は中々なもんだな」
「うーん、相手がいるっていうのがわかりにくいんだよねえ。盾蔓は私にやるってイメージがあるから考えやすいんだけど」
「……なら、俺に向かってやってみるか?」
「ええ?」
エアハルトの提案に、ルカが声を上げる。
「相手なら、俺にやればいいだろ」
「え……え!? エアに!?」
「ああ、なにか問題あるか?」
「おおありでしょ!? 危ないよ?」
…………エアハルトが考える。考える。考える。
「うん、問題ない。どんとこい」
「えええええ……」
胸を張って、そういうエアハルト。ルカは怪訝そうな視線を向ける。
「うう、それじゃあ、やるよ?」
「おう」
《植物使役:焔花》。ルカがそう言うと、花が生まれた。さっきの花よりもシャンとしている焔花は、しばらくしてエアハルトに向かって炎を吐き出す。
「《守れ》」
エアハルトは落ち着いた様子だった。言葉はエアハルトの前に円形の板を作る。透明なそれは、飛んできた炎柱を軽く防ぐ。
「なるほど、練習相手も必要ということか」
「え、エア! 大丈夫!?」
「ああ、問題ない」
練習相手……か。エアハルトは思った。
やはり、これは実践練習しかないだろう、と。




