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170/174

#170 元凶

「っ、それで大丈夫。次!」


 魔人と化した魔法使いに血吸ノ黒剣(ブラッドソード)を刺していたエアハルトは、メルラからのその指示を聞いて直剣を引き抜き《吸血》を取りやめる。

 以前のバートレーのときとは違い、メルラが吸血の限界タイミングを判断してくれるので、かなりやりやすい。


 絶対に当たらないし、絶対に当てる。

 まさしく無法というような理不尽をもって、エアハルトとメルラは魔人をひとりひとり対処して回る。


 思考、判断の幾ばくかをを魔薬に奪われているとはいえ、それで考えることができなくなっているわけではない。だから、魔人たちもエアハルトたちの快進撃を見るとかなり、警戒をする。

 もしかしたら奪われた先が考えているのかもしれないが、どちらにせよ今のエアハルトたちには関係ない。


 攻撃の寸前でカウンターに切り替えるなどの対処を取ってくる者もいた。だが、それを視たメルラがカウンター動作とほぼ同時にエアハルトの速度を静止レベルまで引き下げてカウンターを避け、即座に速度をもとに戻してこちらの攻撃のみを当てる。

 複数で意識を奪いながらに隠れていたひとりが不意打ちを狙いに来るが、それさえも未来視したメルラによってむしろ攻撃を食らうハメになる。


 まさしく、無敵というところであった。

 なんなら、純粋に恐怖から逃げていったやつが一番厄介、まであった。こちらについてはただひたすらに追いかけるしかないからだ。

 だが、これについても逃げる方角や方向転換のタイミングまでを把握できるだけに、他の奴らに比較して大変、という話でしかないんだけれども。


 そうして、手当たり次第魔人と化した魔法使いをもとに戻して回って。


「おおかた、やり切ったか?」


 バートレーにも後遺症が発生していたように、魔薬の魔力を完全に抜ききるのは困難を極める。

 時間経過に比例する形で難しさは変化していくものの、ベースが魔法使いというだけあって本人の魔力と一部混和してしまっているからだ。


 だから、倒した魔法使いからも魔薬の残滓が漏れ出していて。どうにも周囲の判断が難しい。


 だが、強大な魔力は感じ取れない。ならば、余程隠密でもしていなければ、いないとは思うが。


 散々な様相ではあるものの。誰ひとりとして死んでいない戦場に立ちながらエアハルトは周囲を見回す。

 無事な魔法使いはいるが、戦闘の意志は見受けられない。先程の戦闘を見て、戦意を喪失したか。それとも、元よりそれほど戦争に賛同していなかったか。

 まあ、どちらにせよ戦わないのであれば、それでいい。


 戦争を、止められたのであれば。


 血吸之黒剣(ブラッドソード)を収めようとしたところで、エアハルトの元にひとりの魔法使いが近づいてくる気配がする。


 戦いに来たのか、と。魔装具の装還を取りやめてそちらに向くが。攻撃の意志は見えない。

 と、いうか。


「……お前の顔を見るのは久しぶりな気がするな」


「あ、連合、長」


 メルラの言うとおり、そこに在ったのは魔法使い連合の長たる男性、セルバの姿であった。


「申し訳ないね。……元はといえば、僕のせいでもあるのだろう」


 最初は、魔法使いの救済のために立ち上げた組織。それが、数を多くするうちに虐げられた者たちの集団と言うこともあり認知が歪み、破裂した。

 それを御しきれなかった、という意味では。たしかにセルバの罪ではあろう。


「だから、連合を代表して。謝罪と。それから感謝を伝えるよ」


 セルバの言葉は尤もであって事実。だからこそ、それ自体はエアハルトも受け取り。目を伏せる。


「……そうか。それで、ひとつ聞きたいことがある」


 だが、と。エアハルトはそっとその目を開き。

 猜疑に満ちた視線を、セルバに。いや、目の前の彼に投げかける。


「お前、誰だ」


「誰って。いやいや、さっきの素振りがあって覚えてない、は無理があるだろう?」


 少々慌てながらに、彼はそう言う。

 その言葉に、メルラも首を傾げる。メルラも、エアハルトとセルバの面識については把握しているからだ。

 それほど仲がいい、というわけでもないが、認知をしあっている関係性ではある。


 セルバに、対しては。


「姿を模倣している、わけではないな。身体は間違いなくセルバのそれだ。だが、中身が違うな」


「……えっ」


「そもそも、少し疑問があったんだ。いくら戦争をする、とはいえ、魔薬……それもブースト薬なんてものに魔法使い連合が手を出す、ということが。いや、そもそもの問題として」


 魔薬に手を出していることを、セルバが黙認しているということを。


 これで規模が小さければ、末端のやつらが勝手にやっているだけ、としてまだ理解はできた。

 だが、戦争に持ち出されるほど、となると。かなり大きく扱っているはずである。


 エアハルトとて、セルバについてそれほど知っているわけではない、が。

 とりわけ、魔薬という存在に嫌悪感を抱いていて。かつ、魔族に家族を殺されている彼が、そのふたつの組み合わせたるブースト薬なんてものを持ち出すことが理解できなかった。


 だが、こうすると理解もできる。


「さっさと出てこいよ。クソ悪魔が」


 彼でないなにかが憑いていて。それが、セルバを演じているとするならば。


「ふふっ、バレちゃってるのなら、しょうがないね」


 一瞬、セルバの身体から異様な気配が溢れてきた。バレたのであれば、隠れる必要もない、ということだろう。

 その気配は、人のようで人でなく。まさしく、魔そのもの。


「せっかく人間同士で争わせて遊んでたのにさ。水を刺さないでほしかったな」


「人のことをおもちゃみたいに扱いやがって、このクソ悪魔が」


「ふふっ、いちおう僕にもゼラウスっていうちゃんとした名前があるんだけどなあ。まあ、いいや」


 ゼラウスはそういうと、不敵に笑って。


「その代わりに。エアハルト(キミ)で遊ぶことにするから」






 悪魔。魔物の中でも特に上位に当たり、知性を持ちながらに人に害意を有するものたちを呼称する呼び名である。


 その特性や性格はまちまちではあるものの、ゼラウスのそれは、かなり劣悪とも言える。


 無論、人間という立場からしてみれば、ではあるが。


「さて。さっきまでの戦い方を見るに、簡単に壊れるようなやつじゃあないと思うが。興ざめなことはしないでくれよ?」


 クヒヒ、と。ゼラウスは笑ってみせる。

 あれほどの理不尽を見てもなおゼラウスが笑ってられるのは、悪魔という存在がそれほどのものであるからであった。


 もちろん、悪魔の中でも強さの差はある。というか、各個体ごとが別々の性質を持ちすぎていて、悪魔という呼称自体が種族というよりかは総括的にそう呼んでいるだけである。


 だが、多くの場合、悪魔と呼称される存在はそれ一個体で国すらも滅ぼしかねない力を有している。

 なにせ、奴らは魔、そのものであり。それゆえに、現象そのものを有している。

 エアハルトも、過去に一度だけ対峙したことがあるが。そのときは、その悪魔は天気そのものをその身にを有していた。


 こちらが理不尽を押し付けようにも、相手がそれ以上の理不尽を有している可能性がある。それが、悪魔というものである。


 そして、その予感は嫌なことに、当たる。


「……存在、そのものの境界を曖昧にする能力か」


 しばらくの継戦。メルラの補助を得ながらに戦い続けた結果、そう、判断した。


 攻撃自体が当たらない。いや、当ててはいるのだ。メルラのおかげもあって。

 だが、その攻撃が素通りする。


 だが、動作による空気の動きや大地の音などから、その姿自体に「ある」ときと「ない」ときがあることを理解する。

 つまり、攻撃が当たる瞬間に、セルバの身体とゼラウス自身の存在を無いことにしているのだ。

 逆に攻撃をするときには存在がなければ干渉ができないために、今度は存在を作り上げてはいる。が、その際にもうまくかわされてしまっている。


 そんな時間が、延々と続く。


「……おししょー、まずい」


 ただでさえ強大な相手なために、要求される未来の修正頻度が高く、メルラの消耗も激しい。そしてなにより、ゼラウスがセルバの身体を乗っ取っている以上、救出方法として血吸之黒剣(ブラッドソード)を使わざるを得ない、が。吸血できていないなために、エアハルトの負担も大きい。

 このままでは、ジリ貧になりかねない。


 早期決着が、最善手。


「《瞬間強化リン・フォ・ルー――」


 あえて表現するならば。パキリ、と。紡いだ魔法陣が割れたような、そんな感覚。


「しまっ――」


 焦るエアハルトに、ゼラウスがニタリといやらしく笑う。

 普段の感覚のままに、自己の魔力管理をしていた。

 久々のメルラとの共同戦線。いくらこの魔法が消費が重いとはいえ、まだ、猶予はあるはずっだった。


 だが、失念していた。エアハルトは今回、自力での魔力管理をできない魔法を一度だけ発動している。


 ルカの召喚した戦争を忌む()もの()たちの()抵抗()。そのための魔力連鎖チェインだ。これに関しては経験がある時計仕掛けの舞台装置(エクス・マキナ)と違って、本当に消費の程度が感覚でしか理解できていない。


 もちろん、頭の中では消費を弾いていたが。それでも、大きな誤差が発生していた。


 魔力の足りない魔法は、形を成すことなく崩れていく。それだけではない。それ以外の魔法の維持も解けていくわけで――、


「万事休す、というやつだな」


 ゼラウスの手が、すぐそこまで伸びてきていた。

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