#17 少女は植物を召喚する
「なにをやっていたか、か」
エアハルトは言った。
「まず一回目のやつだがな、それでお前の中にある魔法を使うための器官の準備をした。安全にできるんだが、この方法には欠点がある」
「なんかビクってなること?」
先程自分が関した感覚を、実際に体をビクつかせて表現するルカに、エアハルトは小さく笑いながら答える。
「違うさ。それじゃない」
本来、魔法使いの覚醒は魔法の暴発から始まる。危機的状況や、感情の高ぶり。その他諸々の条件下で魔法が暴発する。
このとき、その人間が魔法使いであることが発覚する。そして、それと同時にもう一つわかることがある。
その人間の、魔法使いとしての属性だ。
「お前の、いっちばん得意とする魔法がなんなのか、それがわからないからさ。だから」
エアハルトは《魔力共有》を使い、自身の魔力でルカの体を満たし、飽和して返ってきた魔力の中からルカの魔力を探したのだ。
その微量な魔力の中から感ぜられる、適正属性を見極めるため。
「まあ、練習さえすれば別に全部の属性も使えるんだけども、一番はじめは適正属性で練習するほうがいい」
「それで、私の属性は何だったの?」
ルカはうずうずしていた。楽しみなのだろう。
やっと、念願の、魔法が使えるのだ、と。
「ああ、ルカの属性はな――」
まるで、お前にぴったりな属性だと思わないか? エアハルトはそう尋ねた。
「さて、それでは魔法の練習をするぞ」
「やったー!」
見るからに嬉しそうである。声色も、表情も、ぴょんぴょん跳ねるその仕草も。
「まずは、簡単なやつから」
エアハルトは地面に両手をつける。ルカがそれを凝視してるのを見て、
「まず、こうやって地面に手を付けてから、何が起こって欲しいのかを考える。そうしたら今度は、地面に触れている手に神経を集中させて」
エアハルトは、言う。
「《植物召喚》」
すると、小さな可愛らしい花が、ぴょこんと頭を出した。ピンク色の花びらを持った、小さな小さな花だった。
「とまあ、こんな感じなんだが、俺も感覚的にやってるせいかいまいち口頭で伝えるのが難しいんだよな。てなわけで」
実践練習だ。と、
「まあ、まずは今俺が召喚したくらいの花を目標にやってみな。大きすぎても、小さすぎてもだめ。力の調整の訓練も兼ねて」
「はーい!」
ルカは早速膝をついて、地面に手を付けた。
ルカの適正属性は地属性だった。ただ、地属性とひとくちに言ってもその種類は豊富で、ルカのそれは地属性の中でも自然類と呼ばれるものだった。
自然類は、その名の通り自然に精通する系統の魔法で、今エアハルトが使った《植物召喚》のようなものから、近隣の地質さえをも変えてしまう《植生変化》、などと。とにかく自然環境になにかと関与する能力だ。
自然類の最大の特徴はその利便性であり、特に《植物召喚》は極め方次第で攻撃にも防御にも、サポートにも転じられる能力だ。
「《植物召喚》! 《植物召喚》! 《植物召喚》!」
「そんな何回も言うだけじゃ召喚できないっての。もっと、例えばどんな花なのかとか想像して、それからちゃんと魔力を手のひらに集めてあげるイメージで」
「むう」
少し不満げな声がしたが、すぐにもとにもどり、集中しているようだった。
それからしばらくして、エアハルトが口を挟んでから三度目のトライ。
小さな芽が生えた。
ぱああっと。ルカの輝く顔がエアハルトに向けられる。
「おう、おめでとう」
「うん! うん! やったよ!」
「それじゃあ、次はもっとうまくできるように練習だな」
夜。
カチャカチャと音がなる。スプーンが皿に当たる音。
「結局できなかったね」
「何言ってんだよ。生えたじゃねえか」
「お花は咲かなかった」
「そんな最初からうまくいくわけねえだろうが」
ぼやくルカに、エアハルトはそう答えた。パンをちぎり、シチューに浸す。
「エアも、昔は下手くそだったの?」
「ん? ああ、俺の場合はルカの逆だったがな」
「逆?」
「おう。制御するのが、大変だった」
口の中にパンを放り込む。クリームシチューの甘い味がパンに乗って広がる。
「まあ、地道に練習だな。自然類の魔法を使えるようになったら、水魔法と風魔法の練習も待ってるし」
「水? 風? なんで?」
「ん、ああ、そうか。知らないんだったな」
自然類の強みは、もう一つある。自然類は地属性でありながら、その特性から水属性と風属性にも適正を持つ。
エアハルトは《魔力共有》時に、地属性の魔力の他、水属性や風属性も強く感じ、一瞬ごっちゃになって、そのため、思った以上に時間がかかった。
「まあ、ぴったりだろう。お前に」
「どうして?」
「だって、自然に精通する魔法だぞ? 要するに農業やるにはもってこい」
「あ……、そっか。そっか!」
テンションが上がったのか、ルカは持っていたスプーンをブンブン振り始めた。すぐにエアハルトに怒られる。
「ほら、楽しみなんだったらさっさと食べて、風呂入って、寝なさい。明日も魔法の練習するんだから」
「はーい!」
ルカはスプーンでシチューをすくった。そしてそれを口に運ぶ。
「おいしいよ、エア!」
「そうか」
「それじゃあ、昨日と同じ魔法の練習、できるな?」
「うん!」
ルカはそう言うと地面に手を付けた。
「それじゃあ、俺は別の作業してるから、何かあったら呼んでくれ」
「……うん、うん?」
そう言って、エアハルトはちょっと離れたところに行ってしまった。少し寂しい。ルカはそう感じた。
(でも、すぐそこじゃん、全然遠くないし、それに)
エアは、絶対に私をおいてどこか遠くに行ったりしない。絶対に帰ってきてくれるもん。
だって、エアは私の帰るところで、私はエアの帰るところなんだから。
ルカは、地面に向かい、集中する。
ざわり。小さな体の中で蠢く少しの不安感。ルカはブンブンと頭を振り、それをほどこうとする。
「ぷ、《植物召喚》!」
しかし、何も起こらない。
もう一度。
しかし、何も起こらない。
《植物召喚》《植物召喚》《植物召喚》
しかし、何も起こらない。
《植物召――
「おい、ルカ」
「うひゃあ!」
エアハルトだった。
「ど、どうかした?」
「どうかしたもなにも、昨日言っただろうが。むやみやたらに詠唱してもダメだって」
「え……あ、そうだっ……たね」
あはは、と。ルカが力なく笑う。
「別に、昨日の疲れがあるなら今日は休んでてもいいんだぞ? 初めての魔法だし、相当に疲れただろうし」
「だ、大丈夫。大丈夫、だから」
「……ならいいが。まあ、無理はするなよ」
そう言うと、エアハルトは元いた場所に戻ってしまった。よく見るとそこには何かの棒やら何かの石やらが転がっている。
何か、作っているのだろうか。ルカはとても気になった。
……いや、これは口実だったのだろう。ルカは気になったという「口実」のもと、エアハルトに近づいた。
「こ、ここでやってもいい?」
「うん? まあ、構わないぞ」
ルカはエアハルトの真横で手をついた。すう、はあ。呼吸をする。
(落ち着く……)
エアハルトが、側にいるだけで。とても、とても。
さっきまで乱れていた集中が、一気にまとまっていく。
「《植物召喚》!」
すると、少しだけ土が盛り上がった。
盛り上がった土はヒビを作り、その間から緑の芽が。
芽は段々と大きくなり、そして。
「エア! エア!」
「ん? どうした?」
「できたよ! 私!」
エアハルトが目をやると、そこには。
喜ぶルカと、小さく可愛い、黄色の花。




