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#169 本当の理不尽

 一方、少し前の時間。エアハルトたちは。


「……さて、やるべきことをやろうか。と、そう言ってみたはいいものの」


 目の前の状況に、エアハルトは息をつく。


「一度、相対したことがあるから知っていることではあったが。お前らは、それでいいのか?」


「いいもなにも、もとよりこうあるべきなんだよ! 俺は、俺たちは、人などよりも優れているから!」


「その声は、ベリアか」


 呆れの混じった視線で睨めつけるエアハルト。

 つい先刻出会っていたはずの彼の、その姿が記憶と一致しなかった。

 なんせ、そこにいたのは。まだ人の形を保ってこそいるものの、人であるかが怪しい存在たち。


 魔人、だ。


 エアハルトたちが一度戦線を退いて立て直すことになった理由。魔薬――ブースト薬だ。

 かつてエアハルトも、それを使ったバートレーと対峙したことがあるからその凶悪さは理解している。

 魔法使いとしての実力ではバートレーよりもエアハルトのほうが勝っていたというのに、ブースト薬を使った彼は肉薄、あるいは追い越さんという実力を手にしていた。


「その薬、下手な使い方は身を滅ぼすと思うが」


 その一方で、バートレーは、ブースト薬の持つ魔力、その根本にいる精神に思考を支配されているような傾向を見せていた。


「おやおや。そんな粗悪品を使うと思うかあ!?」


「……まあ、思いはしないな」


 ただ、完全に精神が正常、というわけでもなさそうではある。主導権こそ本人が維持しているものの、間違いなく影響は受けている。


 ブースト薬自身が高品質であるということに加えて、ベリアたちが魔法使いとしても優秀であること。そして、精神力が強いことなども作用しているのだろう。


 そう。ベリアたちは魔法使いとして優秀。


 正直なところ、彼らはエアハルトが各個に戦っていけば、おそらく勝てない相手ではない。集団で囲まれればまずいが、うまく立ち回ればなんとかなる、という見込みはあった。

 ブースト薬を使われるまでは。


 バートレーですら、エアハルトに匹敵する力を有したのだ。

 そんな彼以上の存在がブースト薬を使ったなら。


 その結論が、一度退かざるを得なかった、という事実である。


「しかし、せっかく一度逃げたのに、わざわざ戻ってきてよかったのかぁ? 勝てない、と思ったから逃げたんだろ?」


「……まあ、否定はしないな」


 エアハルト単独では魔人化したベリアには勝てない。

 エアハルト自身、魔法使いとしては相当な上澄みである。そんな彼がどうにもならないと判断せざるを得ないほどに、理不尽な力を現在の彼は有している。


「だが。俺はこの場を。この戦争を、見過ごすことができないから」


「はっ。まだそんなこと言ってるのか」


「――だから、本当の理不尽ってやつを見せてやる」


 そう言いながらに、エアハルトは魔力を溜める。

 隠す素振りすら見せないために、当然ながらにベリアの目からでもあからさま。


「はん。それがお前のいう理不尽ってやつか? たしかに魔力量だけなら尋常じゃあないが、これから攻撃します、って宣言されてるようなものにわざわざ当たりに行ってやると思うか?」


 たしかに、エアハルトの魔力量を考えると、かなりの理不尽ではある。魔人に匹敵しうる魔力。ただの魔法使いに扱えていい魔力量ではない。

 だが、量だけ、である。


 大振りの攻撃は躱しやすいというように、攻撃が来ることがわかっていれば回避なり防御は容易。魔法とて、それは同様。

 規模の大きな魔法にはそれに見合った準備が必要だし、それだけ相手に猶予を与えてしまう。

 だからこそ、熟練の相手になればなるほど、そんな魔法は不意打ちでもなければまず当たらない。とはいっても、そもそも不意打ちをしようにも魔力を貯める工程で気づかれるのが関の山だから。


 だからこそ、魔法での戦いの原則は速射性のほうが重視されやすい。威力ももちろん大切だが、そもそも当たらなければ意味がない。

 どれだけ威力を積み上げようが、当たらなければただの虚仮脅しにしかならない。


 そう。当たらなければ。


 なれば、やることはただひとつ。


「当てれば、いいだけだろ?」


「……は?」


 エアハルトたちの後方では、巨大な魔力同士がぶつかり合っている気配がする。おそらく、ルカが魔力連鎖チェインをもとになにかをやっているのだろう。

 心配はあるが、信用もしている。なんせ、向こうは彼女たちに任せたのだ。

 だから、大丈夫。


「《魔力連鎖チェイン》」


 エアハルトが魔力連鎖チェインを発動する。対象は、無論――、


「ありがと、おししょー。これで、魔力が足りる。……向こうで妹弟子ルカちゃんがやってるし、せっかくなんだから、こっちも仲良くやらないとね?」


 メルラが、ゆっくりとその瞼を持ち上げる。

 翡翠のような瞳がしっかりと前を見据えると、


「《時流支配クロックワーク時計仕掛けの舞台装置(エクス・マキナ)》ッ!」


 メルラのその行動に、ベリアは身構える。

 たしかに、エアハルトの言うとおり、当てられてしまえば相当にまずいことになる。

 エアハルトがかき集めている魔力の量を鑑みるに、相当に手痛いダメージとなるだろう。魔人化した身体であるために一撃で吹き飛ぶなんてことはないと思うが、下手に喰らえば行動不能になりかねない。


 だからこそ、警戒するのはメルラからの行動阻害。縛り付けられたり、あるいは弱体化デバフを与えられたり。

 しかし、これらについてもわかっていれば対処は余裕だ。元よりメルラとではベリアは同格かそれ以上の魔法使いだ。それが現在魔人化しているのだから、対策さえしておけば行動阻害もあって一瞬。

 その程度の阻害でこんな大振りの攻撃が当てられるほどに、魔人の身体能力は低くない。


 だから――、


 放出される魔法。見て、かわすことは余裕に思えた。


 メルラからの妨害はなかった。力量差もあり、そもそも耐性から通用しなかったか。


 移動した先から、エアハルトとメルラの姿を見る。

 さて、それじゃあ調子に乗っているクソ共に灸を据えるか、と。そう、思いかけて。


「……は?」


 理解が、遅れる。たしかに、かわしたはずだ。

 ならば、なぜ。今、俺は、


「ぐっ、が……」


 その場に、膝から崩れ落ちている。

 左の腹が抉れるように吹き飛んでいて、血が滴り落ちている。魔人としての回復力があるためにこれでも致命にはならないものの、痛みから身体が硬直する。

 だがそれ以上に、理解ができない。

 たしかに、見て、かわした。それは間違いない。

 視界だって、かわした先に移動している。行動阻害を受けたような覚えもない。


「なんで当たった。……とでも言いたげな表情をしているな」


 恨めしそうに睨めつけてくるベリアに対して、エアハルトは血吸之黒剣(ブラッドソード)を召喚しながらそう言う。

 現状、バートレーとの戦いから魔人に対して有効だとわかっている数少ない武器だ。

 人間に対しては、魔法使いであっても使わないと決めているものだが、相手が魔人なので例外だ。


「単純な話だ。ただ、当てただけ」


「それ、が。できないから、言ってるんだろう」


 そう。あんな大振りの攻撃、本来ならば当てることができない。

 だが、エアハルトはそれを無理矢理に当てた。


 いや、正確に言うならば。


「メルラが、無理矢理に当てただけだ」


 ベリアがメルラを警戒したのは間違いではなかった。事実、今回ベリアが被弾をしたのは間違いなくメルラが原因だ。

 だが、警戒の方向性が間違っていた。彼女は、行動阻害などしていない。


 やったのは、たったのふたつ。


 未来予知と、それに伴う行動の修正。


 常時、戦況を未来予知により把握。相手が格上なので予知した未来は破られるが、それを把握した上で即座に再度予知を行い逐一未来を把握する。

 その上で、エアハルトに対して物体の速度を加減速させる魔法を発動。これにより、エアハルトの動作をメルラが補助。


 相手からの攻撃は全て予知して回避。

 相手の回避や防御も全て予知して貫通。


「なんだよ、そんなの、ありかよ」


「だから言っただろう。本当の理不尽ってやつを見せてやると」


 正義側のやることじゃあないって?


「残念。俺たちは正義でもなんでもなく、ただ、戦争を止めに来ただけの大罪人(まほうつかい)だ」

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