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#168 無限遠の果てで

「みん、な……」


 たくさんの人たちが、精霊たちが、手伝ってくれている。

 寄り集まって纏め上げたところで、果たしてどれだけの力があったのかは定かではない。正直なところ、受け止めている重みに対しては、微々たる量かもしれない。


 だが。彼らのその行動は、ルカに賭けてくれた、ということ。そして、そんなルカに少しでも協力しよう、という想いの現れである。


 たとえ、実情の物理としての力がどれだけ些細でも。支える重みに変わりがなくとも。

 心を押し付ける重圧が、軽くなった。


 守らないと、という責任ではない。


 期待に応えたい、という意気が。


「と、まれえええええ!」


 感情を、昂ぶらせる。


 魔法は、感情によってその出力を大きく上げる。

 無論、危険な行為である。本来扱える許容量キャパシティを超えて扱ってしまう可能性が高いために、例えば、怒りのままに魔法を行使すると、その身を滅ぼす結果となることもある。


 でも、今のルカにはもはや関係ない。


 既に、自身の許容量キャパシティを超えた魔力を行使している。事実、既に肘のあたりまで皮膚が割れ砕けており血も尋常でなく流れている。アドレナリンで痛みを感じていないから、なんとか意志を保っていられているというようなレベルである。

 この際、死にさえしなければ、結果の変化は些末であろう。腕が欲しいならくれてやる。


「――ッ!」


 押し付ける重みが加速度的に重くなる。でも、それでも支える。支える。支える。


 支えて――、


 強烈な閃光が、神盾クオリアの縁からでさえ差し込んでくる。今までで一番の重みが襲い来る。

 だが、それでも。守るために。期待に、答えるために。


 直後。ルカを。ルカたちを押し付ける重みが、突如として消え去る。


「守れ、た? ……うっ」


 魔力不足で形を維持できなくなった神盾クオリアが、その姿を消すと。空には、落ちてくる魔力は既に無く。衝撃で雲が一部吹き飛ばされ、青空が覗いていた。

 魔力が、爆ぜきった。全て、霧散した。


 守り切れた。


 ただ、その事実だけはたしかで。


 安心したルカは。体力が尽きるままに。そのまま意識を手放した。






 空が晴れた。


 自分たちを滅ぼさんと落ちてきていた魔力が消え去った。

 そのことに周囲が歓喜する。助かった、と。助けられた、と。


 テトラも、同じように喜びと安堵とを感じていた。あんな絶望的な状態から、こうして救われたのだ、と。

 もちろん、自分たちも動きはした。けれどなによりもこの状況の立役者はルカであろう。


 そう思いながら、上空で全てを支えてくれていた彼女へと視線を移す。


 樹木の上にいた彼女は、疲れたのか、その姿勢をふらつかせる。当然だろう。あんなに頑張ったのだから。

 ……って、


「危ない!」


 突然に叫んだテトラの声に、周りが驚く。

 だが、そう言わずにはいられなかった。


 あんな高いところで、ふらついていては――、


 テトラの懸念も虚しく、案の定、ルカの身体は倒れ込み、重力に従って落下を始める。

 慌てて駆け出すも、間に合いそうにないのは明白。でも、それでも走る。


「ひゃあっ!」


 途中、地面の石につんのめって、思いっきり転ぶ。めちゃくちゃに痛い。

 でも、こんなところで止まっているわけにはいかない。はやく、助けに行かないと。


 なんとか手を伸ばしてみるも、彼女が落ちてきている場所はもっと遠くで。

 その事実に歯噛みして。


「全く、肝心な所で鈍臭いのは相変わらずだな」


「でも、わかりやすく叫んでくれたから。すぐに気づくことができた。それは感謝してるよ」


 そんなテトラの両脇を、そんな声が駆け抜けていく。

 慣れ親しんだ、隊長の背中。そして、一匹の狼の姿。


この姿だし、接近するだけならば私のほうが速い。私がルカを全力で掴みに行く。可能な限りは着地の衝撃を和らげるが、魔力がほぼ尽きている都合、気休めにしかならない」


「ならば、そのゼーレとルカを私が受け止めよう」


 互いに示し合わせると、ゼーレが全力でルカに接近すると高く飛び上がり、彼女の衣服を咥えて捕まえる。

 空中でなんとか姿勢を組み替えて、意識を失ったままの彼女を抱きかかえるようにすると、地面の方へと意識を向ける。


 落下地点には、既にマルクスが入っていた。あの身体能力でただの人間だというから、本当におそろしい限りである。今は味方だから、ありがたいが。


 なけなしの魔力で勢いを可能な限り落としながら、自身の体を下に、そしてその下にマルクスを下敷きにする形で地面へと落下。


 ひとりと一匹の嗚咽の声が漏れながらも。しかひ、なんとかルカへの衝撃を和らげることには成功する。


「マルクス隊長! ゼーレさん!」


 先程まで転んでいたテトラが、遅れながらに慌てた様子でふたりに駆け寄ってくる。

 ルカの下敷きとなったふたりの状態を見ようとした彼女だが。しかし、その両名から首を振られる。


「先にルカの治療をしてやってくれ。正直、身体が保ってるのが奇跡のレベルだ。ある意味、終わって即座に気絶していてよかった」


 ゼーレに言われてテトラがルカの身体を見て、絶句する。

 両腕は肌がバキバキに裂けており、指の先端については崩れかかっている。腕中の至るところから出血しており、両脚からも腕ほどではないにせよ末端の崩壊と出血が見られる。

 意識があれば、この痛みに苦しむことになっただろう。


「過剰な魔力の反動だ。あれ程の魔法を長時間維持し続けたんだから、当然といえば当然だが」


 加えて、魔力腺がイカれてしまっている都合、自己を修復する力も弱まっているとのこと。


 テトラはあまりの惨状に怯みかけたが。しかし、すぐさま首を振って切り替えると、背嚢から救急用の道具を取り出し、治療にあたる。


「私は、武器はてんでだめだけど。ルカちゃんが守ることで戦ったように。私は、救うことで戦うことができると思うから」


 なにがなんでも、彼女のことを救わなければならない。


 正直、普段の治療とは全く持って性質が違う。こんな負傷の仕方をしているところなど見たこともないし、魔法使いの身体機能についても詳しいわけじゃない。


 どうしても、焦りはある。でも、だからこそ冷静に。そして、基本に立ち返って。


「崩れかかっているところは、正直処置のしようがわからないから、下手に触って崩壊が進まないように。皮膚が裂けているところと出血については、雑菌が侵入しないように消毒を行ってから、包帯で処置」


 丁寧に、ひとつひとつ。手当を進めていく。


「テトラ。ルカのかばんの中に入ってた水薬ポーションだ。とはいっても、こうなると焼け石に水だが」


「ううん。ありがとうございます、ゼーレさん」


 ゼーレから受け取った水薬ポーションをルカの口に誤嚥しないように気をつけながら、ゆっくりと流し込む。

 ルカの所持物であれば、魔法製の薬品だ。彼女の症状のことを考えると、下手な薬よりよほど効果がある可能性が高い。


「……精霊わたしたちに魔力がまともに残ってりゃ、回復魔法をかけてやれたんだが」


「無いものを、強請っても仕方ない。やれることを――」


「回復魔法が、あればいいのか」


 ふと、突如としてそんな声が聞こえた。


 驚いてテトラが顔を上げると。


「よお。もう、二度と会うことはないと思ってたが」


「あな、たは」


 ミーナガルの街で助け。群青の横穴で互いの意思をぶつけ合い。平行線ながらに理解はした、魔法使いである。


「……かつての俺らと同じような被害にあってるやつの気配がして、助けに来たら、そいつらは既に助かっていて、代わりにいつかの嬢ちゃんが死にかけてるって、なにがあったらこうなるんだよ」


 まあ、事情は捕まってた魔法使いたちに聞いたから察しているが、と。


「それより、今、回復魔法と言ったか?」


「お前は……ああ、なるほど。あのときにいたフィーリルか。狼の姿をしてるからわからなかったが」


「変化を維持するだけの魔力も残っていないんだ。察しろ。それよりも今は、回復魔法の話だ」


「まあ、得意ではないにせよ。やれはする。なにせ、俺たちについては、今ここに来たばかりだしな。それに、万全ではないにせよ――」


 それに、と。ぞろぞろと魔法使いが数人集まってくる。

 その多くは、先刻まで魔導車両に繋がれて燃料にされていた魔法使いたち。


「正直。俺たちの多くととお前らとでは、考えが合わない、平行線だってのは相変わらずだ。……でもよ、それはそれとして。借りは返さないと気がすまねえってやつもいるんだわ」


 ほとんどの人間は、先刻まで魔力が枯渇していた。

 だが、そこからしばらくとはいえ、回復の期間を経ている。

 ルカに魔力を供与してほぼカラッ欠の精霊たちよりかは、マシ程度だが。


「まあ、せめてもの感謝だってこった。……って言っても、当人は気絶してるがな」


 わずかな光が寄り集まって、ルカを包み込む。


「全く、平行線だと思ってたのによ。奇妙なところで交わるもんだ」

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