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#167 語り継がれなくとも

 そのときのことは。後に、こう語られる。


 突如として、天を覆うほどの巨大な盾が出現し。精霊の王がそれを持ち、地を焦がす焔を禦いだ、と。






「《神盾アイギス》ッ!」


 神盾クオリアの、巨大化は。その広さを戦場を覆えるほどの規模へと拡げる。同時、植物召喚プラントで足場を生成し、神盾クオリアをなんとか構える。

 これならば、たしかに防ぐことはできる。

 だが――、


「ぐっ……、お、も……」


 当然の結論ではあるが、その重量はひとりの少女が持ちきれるものではない。

 そのうえ、神盾クオリアを展開したとほぼ同時、爆ぜた魔力の圧力が、盾ごとルカたちを押し潰そうとしてくる。


「――ッ、《植物召喚プラント》!」


 生まれてくる植物たちに、乱雑なやり方でごめんね、と謝る。


 良くも悪くも、先刻に魔力腺がイカれるレベルで魔力を放出したのが幸いした。

 過剰すぎる魔力の放出を伴う植物召喚プラントは、異常な大きさと成長速度を持つ植物を生み出す。


 末端の皮膚が割れるが、もはや、そんなこと気にしていられない。ありったけの魔力を放出する。


 貫きあげるようにして生えてきた数本の大樹が、神盾クオリアを支える。


「これでも、まだ、足りないの!?」


 重量だけであればまだ耐えられたのだろうが。しかし、現在は上からの圧がかかってしまっている。

 支えたそばからミシミシと音を立てながらに大樹が潰されていく。


「ぐっ……《植物召プラン――」


 追加で大樹を呼び出そうとした、その瞬間。

 地上のほうが騒がしいことに気づく。


 突然に現れた盾に動揺しているのか。それとも、緊急事態だということを察して逃げ惑っているのか。

 どちらにせよ、まだ、この神盾クオリアを止めるわけにはいかない、と。


 そう、思いかけて。


 しかし。違う、ということを理解する。


 彼らは、驚いたことに同じ方向に向けて、走り出していた。

 半ば統率などあったものではないが。しかし、それでも同じ方向へと。

 現在、神盾クオリアのあまりの大きさゆえに、ルカは空中に生成した足場に立っているものの、その一端は地面についている。

 そして、その方向に向けて、揃って皆が走っていた。


 逃げるのであれば、方向は逆だ。接地しているがゆえに、万が一神盾クオリアが倒れ込んできた場合、そちらの方から押し潰されかねない。

 だというのに、皆がそちらに向かう。


 ある意味奇行にも見えたその行動は。しかし、たしかな意味を持っていた。






「ルカ……」


 地上にて、アレキサンダーは空を見上げていた。とはいっても、空が見えるわけではなく、覆われた巨大な盾と、それを支える植物しか見えないのだけれども。

 たったひとりに全てを託すしかできない、という現実に。やるせなさを歯噛みする。


 だがしかし、魔法使いでもないアレキサンダーでは、彼女に魔力を供与することもできなければ、屈強な身体もないために、彼女を支えることもできない。


 あるのは王族という身分だけ。こんな窮地になにもできない権力など、いったいなんの役に立つというのだろうか。


 地上では、突然のことに対して、人間たちの様相は混沌としていた。

 焦り逃げ惑うもの、諦めて座り込むもの、狂気を伴い暴れているもの。


 とはいえ、その様子を見ることしかできない自分も、大きくは変わりないのだろう、と。そう、少しばかりの諦念をいだきかけた、その瞬間。

 トン、と。その背中を押される。


 振り返ってみると、そこにはひとりの人間とひとりの精霊。マルクスとゼーレの二人が立っていた。


「私は、今から盾の接地地点に向かい、少しでも支えてきます。正直なところ、あの規模のものに対して、ひとひとりの力の寄与など、些細なものではあるでしょうが」


「私も。魔力がほとんど尽きてるから気休めにしかならないだろうけどね。それでもいないよりかはマシだろう」


 そう言う彼らの後ろには、意志を同じくする者たちが並んでいた。

 全体の人数を見れば僅かではあるが、それでも諦めずに立ち上がるものたちが、たしかに。


 それだというのに。アレキサンダーは、自身が諦念を持ちかけていたことを恥じた。


「ぼ、僕は――」


「アレキサンダー様。言葉を遮る形で、申し訳ありません」


「なぁに。緊急事態だ。それくらい許されるだろうさ」


 マルクスが被せた言葉な、ゼーレがそう小さく笑う。


「私たちが動いたところで、小さな変化にしかなりません。ですが、この場には少なくない人数がいます」


「それでも、ルカが背負っている重みに対しては、些細な力にしかならないだろうけど。でも、全てあの子に背負わせるわけにはいかない。そうだろう?」


「だからこそ、必要なのは、この場にいる全員に訴えかけることができる人間です。言葉に対する信用度、そして行動を指示できるだけの強制力。私では、自身の隊と旧知の知り合いを動かすので、精一杯です」


「精霊の方は、私から呼びかけることはできるけど。人間の方は無理だからね」


 ポン、と。ふたりから、肩に手を置かれる。


「ですが、この場には私以上の適任がいますので」


「それじゃ、行ってくるよ」


 そうして、盾の麓(最も危険な場所)に向かう彼らを見送る。

 アレキサンダーの拳は、自然と握りしめられていた。


 ああ、そうだ。たしかに、こんなときになにもできない権力など、クソ喰らえである。

 だが、それはひとえに。自分自身が動いていなかったがゆえの結果なのだ。


 それを、彼らは暗に伝えてくれた。

 そして、なにをするべきなのか、も。


 アレキサンダーは顔を上げると、しっかりと戦場を、そこにいる人々を見据える。


 そうして、そんな彼らに伝えるために。

 喉が裂けるのも厭わずに、力一杯に叫ぶ。


「皆のもの、聞いてほしい!」


 先程、この場にいる全員が聞いた、第三王子の言葉。

 王族という権力を備えている言葉には、たしかに、力がある。


「現在、僕の友人である魔法使いがこの場を守ってくれている。だが、現状を見てもらってわかるとおり、ジリ貧になってしまっているのが事実だ」


 大樹が徐々に潰れ、盾が少しずつ高度を落としてきている。


「時間を稼いでくれている、というのもあながち間違いではない。だからこそ、ここから逃げるのを咎める気はない。むしろ、そのほうが懸命な判断でもあるし、そうしたいものはしてくれて構わない」


 だけれども、もし。


「たしかに、彼女は魔法使いだ。嫌悪を抱くものもいるだろう。だが、まだ十にも満たないような彼女が、僕たちのことを守ろうとしてくれている」


 少しでも、勇気を持てるのならば。


「どうか、彼女の力となってはくれないだろうか。僕の友人を、助けてはくれないだろうか」


 アレキサンダーの叫ぶ声が、神盾アイギスの下にに響き渡る。


「ふふっ、十にも満たない、だってさ」


 遠く後ろのアレキサンダーの言葉を聞いたゼーレが小さく笑う。

 その様子に、マルクスは嘆息を漏らす。


「まあ、あの見た目で年齢が十八だと察せ、という方が無理だろう」


「だが、都合はいい。良くも悪くも、年齢という印象は強い。自身よりずっと幼い、それも少女に守られてなにもしない、というのは体裁が悪いだろうからね」


 偶然もあったが。どうやら、あの王子(アレキサンダー)はうまくやったようだ。

 後ろから聞こえてくる雄叫びが、その証拠である。


「しかし、まさかほぼ全員が来るとはね」


 見た限りでは、逃げている人間は見受けられない。

 押すための場所を確保するためにも、ルカの植物召喚プラントの残渣の魔力で、足場を作る。

 まさか、魔力腺がバカになるほどの魔力の行使であぶれた魔力が、良くも悪くもこんなところで作用するとは。


「こっちでやれることはやりきった。……だから、あともう少しの踏ん張りだ。頑張れ、ルカ」





 現実は、御伽話ほど甘くはない。

 英雄譚に語られるほど、華々しいものは早々起こり得ない。


 だがしかし。たとえ後世に語り継がれなくとも。


 多くのものたちが、泥臭く足掻き藻掻く美しさは、たしかにそこにあった。

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