#164 これまでの道程
「離れないでね、アレク!」
「わかった」
願いの結晶があるとはいえ、ルカ自身まだ扱いに慣れていないということもあり、守るべきものは、間近にある方が都合がいい。
飛来してくる攻撃を大盾で防ぎながら、ルカたちは弾丸のように戦場を一直線に駆け抜ける。
この戦いにおいて、ルカがなすべき役割はふたつ。
ひとつは、アレキサンダーの声が届くように、前線へと彼を連れていくこと。
「アレク、このあたりがたぶん限界」
「いいや、十分だ。ありがとう」
そしてもうひとつは――、
「できれば、このまま守ってあげたいんだけど」
「……不安がないといえば嘘にはなるが、大丈夫。ルカには、ルカの役目がある。他の誰にも替えられない役目が」
それほどまでに、急を要する事情。
うなずいたアレキサンダーの姿を見てから、ルカは再び弾き飛ばされるように前へと駆け出す。
大盾を構えながらに突っ込んでくるルカに、周りの戦士たちは思わず怯む。
その一瞬を突きながら、ルカは彼らの間をすり抜けていく。
そうしてたどり着く、人間軍の後方。
外から見られることを気にしているのか、異質なほどの遮蔽を伴いつつ。それでいて、砲門のつけられている奇妙な車両。
そして。魔力の発生源。
ギリ、と。ルカが歯を噛みながらにその車両の上部に飛び乗ると、ハッチを無理やりにこじ開ける。
「ゼェ……カヒュッ……」
「ぐ……ぐあっ……」
中には、三人の男女。今にも死んでしまいそうなほどの、弱々しい呼吸。
彼らの腕には、どこか見覚えのある手錠が嵌められていて。
「……やっぱり」
嫌な予感が、確信へと至り。
そして、今。現実として確認できた。
彼ら彼女らは、魔法使いだ。
それでいて、おそらくは。捕まって、牢屋に入れられていた者たちなのだろう。
かつて、ミーナガルの街で遭遇した、幽霊船。
その動力にされていた魔法使いたちと、同じように。
つけられているのは、強制的に魔力を吸収するという手錠。
限界を超えて絞られ続けた魔力。それは、生命をも薪と焚べながらに、それでもなお奪い続ける。
「鍵……はあるわけないか。なら、無理やりに壊すしか」
車両の中にあれば話は早かったのだが、そんなわけもない。
破壊するために少し触れて。すぐさま、手を離す。
「触るだけでも、奪われるのね」
それほど多量に取られるわけではないが、しかし、これは厄介だ。
ルカの現在の身体能力はそれこそ並の成人男性など比にならないほどであり、このくらいの鎖であれば、めちゃくちゃに頑張れば破壊できないこともない。
だが、それはあくまで身体強化に依存した身体能力の話である。
それなりにトレーニングはしてきてはいるものの、そもそもの素が低かったところから始まったルカの身体機能は、やっと性別年齢相応になってきた程度である。
魔力による身体強化込みならばいざ知らず、それを抜きにしてしまうと到底壊せそうにない。
加えて、この車両も、一台だけというわけじゃなあない。
同様の車両が大量に存在していた――つまり、それだけの魔法使いが現在、犠牲になっている。
はやく、助けなければならないのに。
「っ!」
上方から気配を感じて、バッと上を向く。
当然といえば当然だが、攻め込んできたルカに対して、追いかけてくる手合は存在する。ひとりの男が、ハッチからルカへと手を伸ばそうとしていた。
しかも、現在のルカの位置は車両の中。入り口は車両上部のハッチだけ。つまり、袋小路。
まずい、と。そう直感で感じ取って臨戦態勢を取ろうとした、その瞬間。
「ぐえっ!」
「ひゃあっ! ご、ごめんなさい!」
なぜか、そこにいた男が飛ばされていって。
同時、どこか間の抜けたような声が聞こえてくる。
「あ、よかった。ルカちゃん、大丈夫だった?」
「……テトラさん?」
先程、一度交戦した彼女が、戦場には似つかわしくない緩やかな様相でそう声をかけてきた。
「ええっと、よくわかんないんだけど。隊長からこれが必要になるだろうから持っていってやれって、そう言われて」
そう言いながら、テトラは両手に持っていたそれをルカに渡してくる。
それは、鞘に収められた直剣。柄の作りに、見覚えがある。マルクスが使っていたものだ。
……ということは、おそらく、先程の男はこれで殴り飛ばされたのか。
「あのね。私もあのあと、いろいろと調べてたの」
突然テトラは、とうとうと話し始める。
「その手枷は、間違いなく国が作ってる。建前上では、魔法使いの力を封じるためなんて言ってるけど、そんなわけがない」
目の前の景色。それが、真実。
「そして、その造りについても、全部は調べられなかったけど、ちょっとだけ調べたの」
魔力を吸収していく、その仕組み。
それは、鎖が繋がれた先にある、水晶球。
テトラからの説明を聞く限りでは、原理的には標識針などにも使うそれと同様の性状を持つそれは、定められた魔力を行使するという性格はそのままに、魔力を蓄えるという性質を魔力を奪い取るという形に変化させられていた。
「……つまり」
「そこを壊せば、なんとかなるはず。でも、その性質上」
「魔法使いが直接に触れるのは、危険」
ただでさえ、手錠に触れただけでも魔力を奪われかけたのだ。
そんなものの本体に触れるのは、言語道断。
ついでに、魔法による干渉も難しいだろう。
「でも、なんで直剣?」
「マルクス隊長は、エアハルトのことを追ってたって言ってたでしょ? だから、魔法を切り裂けるように、魔力を遮断する素材で自分の武器を作ってたの」
本来は、その刀身を持って相手からくる魔力を拒むための武器。
けれどそれが、今。不思議な縁として、ルカの魔力を守る武器として機能している。
「もちろん、そんな水晶球は簡単に壊れるように設計されてない。周りは金属で保護されてるし、水晶球自体もかなり硬い。でも、身体強化込みの魔法使いなら」
振り上げた直剣を、テトラに教えてもらった箇所に向けて、振り下ろす。
ガキン、と。鈍い音を立てて。金属を貫通し、水晶球が、破片を撒き散らしながらに砕ける。
「……壊せる」
これなら、各車両にある同じものを壊せばいいだけになる。
ひとつひとつの鎖を壊さなくてもいいから数が単純に減る。
「この人たちの救護なら任せて。なにせ、私の救護隊の人員。支援が仕事だから」
まだまだ助けなきゃでしょ? と。テトラにそう背を押される。
急がないといけないのはわかってる。でも、
「なんでテトラさんが私を助けてくれたの……?」
「言ったでしょ? 私は、私の正義のままにここにいるって。そして、それは隊長も同じ」
「……マルクスさんが?」
そう言われ、ルカが聞き返したその瞬間。ふと、外の様子が一変する。
「止まってくださいっ!」
アレキサンダーの声が響く。
たしかに、子供の声ではある。だが、たしかな強さと覚悟を伴った声が、戦場を駆け抜けていく。
……けれど、
「止まら、ない」
人々の進行は、止まろうとしない。
それぞれのことで精一杯で聞こえていないのか、あるいは、聞こえていて、知らないふりをしているのか。
あのままでは、アレキサンダーの身が危ない。進軍していく人たちに巻き込まれかねないし。行く手を阻むものと判断されれば、攻撃をされるかもしれない。
助けに戻らなければ。でも、そんなことをしている余裕もない。それくらいに、この車両の停止は急務である。
身体が、ふたつに裂けそうな想いに苛まれながら、ルカが判断を迷っていると。
「大丈夫、ルカちゃん。言ったでしょ? 私も、隊長も。そしてなんなら、うちの隊員たちも。自分の正義のために、ここにいるって」
「……えっ?」
「安心して。だってマルクス隊長、とっても強いから」
テトラの言葉とはほぼ同時。アレキサンダーに向けて矢が射られた。
ルカがまずいとそう思った、その瞬間。しかし、悲劇は、起こらなかった。
「今、矢を放ったもの。前へ出たまえ」
淡々と、落ち着いた声音。
マルクスが矢をその手で掴みながら、鋭い眼光で人々を牽制し、そう言った。
「この方を、誰と思っての狼藉だ。止まれという命令にも反し進んでいた他のものも同様だが」
その声には、たしかな力があって。状況を正確に理解できていない人々も、思わず、足を止めてしまう。
「大丈夫でしょ? だから行って、ルカちゃん!」
「……ありがとう!」
これまで、過ごしてきた時間。繋いできた関係。
それらに背を押され、託されながら。
直剣と大盾を構え、ルカは再び駆け出した。




