#163 少女の願いの形
アレキサンダーたちを伴いながら、ルカは戦場を突っ切る。
幸いというべくか、両軍の境目に立っている大樹の影響もあってか、戦地のちょうど真ん中がむしろ安置となっているために、ルートさえうまく見繕えば、そこまで侵入すること自体はそれほど難しくもない。
アレキサンダーたちには当然魔力に対する体制がないために、眠ってしまわないようにだけ保護をかけると。程なくして、戦場の中央。大樹のふもとにたどり着く。
「って、エア!? なんでここに?」
「それはこっちのセリフなのだが」
ちょうどルカが大樹に到着したそのタイミングで、エアハルトもまた、大樹のもとへと移動してきていた。
ルカの知ってる男性と、知らない女性を伴いながら。
男性はぐったりとしているが、女性は抱き枕に身を預けながらにふわふわと浮いている。戦場で。
「戦線の維持以前の、ちょっと厄介なやつが出てきちまってな。体勢を立て直すために少し退いていた」
エアハルトはそう言いながらに、魔法使いの軍の方向へと視線を遣る。
たしかに、遠巻きに異形の姿を確認することができるし、それが有している魔力が異質であることは、ルカにもなんとなくわかる。
「それよりもルカの方こそ……いや、なんとなく理解した」
エアハルトがルカの事情を訪ねようとして、しかし、聞くよりも先に把握する。
なにせ、ルカがアレキサンダーを伴っていたのだから、その理由は明らかであろう。
「それで、その、女の人は誰?」
「ああ、はじめまして、だね。ルカちゃん」
コテンと首を傾げるルカに、女性はふわふわとした口調でそう答える。
……まあ、物理的にもふわふわ浮いているのだけれども。
「私のこと、知ってるの?」
「うん、私の妹弟子ちゃんでしょう?」
「妹? 弟子?」
「……ルカが混乱してるから、ちゃんと説明しろ、メルラ」
メルラは「もう、おししょーったら」と、そう小さく言いながらに、彼女は立ち上がると。しっかりと目を開いて、ルカに面と向かう。
「私は、メルラ。おししょー……エアハルトの弟子の魔法使い」
「エアの!?」
「うん。昔にいろいろと教えてもらってね……と、できるならここで昔話をしてあげたいところではあるんだけど。そういうわけにもいかないだろうからね」
現在進行形で戦況が動いている状況。
人間側は精霊たちが手伝ってくれているものの、少々厄介な存在が出てきて、ことを急ぐ。
魔法使い側は凶悪な魔力を引き出し始めた存在が暴れている。
互いに、放置はできない。
「私とおししょーは魔法使い側をどうにかするから。人間側は、任せていいかな」
「うん。大丈夫」
それぞれ、状況が更に進行してしまったとはいえ、当初の予定どうりである。断る理由も、ない。
「そっか。それなら、姉弟子として、これを渡しておくね」
そう言いながらに、メルラは先程まで抱きついていた抱き枕を差し出してくる。
「本当ならちゃんとした契約周りをしなきゃなんだけど、こんな場だからね。無理やり移譲って形にしておくよ」
「あ、りがとうございます?」
突然に渡されたそのプレゼントにルカは疑問符を頭の上に浮かべる。
そんな様子に、エアハルトは大きくため息を付きながら「だから、言葉が足りてねえんだよお前は」と言う。
「ああ、そっか。ルカちゃん、その枕はね、枕じゃないの」
「枕なのに、枕じゃない……?」
「うん。それは。――その、遺物魔法の魔装具の名前は、願いの結晶。契約者の性格にあわせて、当人が最も必要な形にその姿を変貌させる、魔装具」
抱き枕がルカ手に渡った、その瞬間。願いの結晶はその姿を大きく歪ませて。全くもって、別な形を結ぶ。
「なるほどね。それが、あなたの願いの形なのね」
「まあ、ルカらしいんじゃないか」
メルラの言葉に、エアハルトがそう答える。
「これが、私の願いの形」
たしかめるようにして、しっかりと。ルカは願いの結晶を握り込んだ。
「……相手方の出力のほうがバグってるせいで、キツイな」
ルカを送り出してしばらく、ゼーレたちは戦線をなんとか維持していた。
だが、あまり芳しい戦況ではない。
通常、精霊は並の魔法使いよりかは魔法に長けている。
だからこそ、純粋な力比べだけでいえば、一対一では負けることもないし、なんなら人数差があっても押し切れることさえある。
だが、それはなにもなければ、の話。
魔法使い側が通常よりも強い魔法を使えるなにかを準備していたならば、話が変わる。
あるいは、そうせざるを得ない状況を強制されていれば。
早くしなければならない、という焦りが、間違いなくゼーレの中にはあった。
やや押され気味であるという精霊たちの事情ももちろん、それ以上に、火力が上がってきている。いや、火力を挙げざるを得なくなっている、人間側のそれらの事情を鑑みるに。時間の猶予があまりない。
だからこそ。
「しまっ――」
張り詰めた緊張に、ほんの少しの綻びが生まれた。
意識を、前に向けすぎた。横から迫ってくるその火球。大きさから見ても、距離感からしても、間違いなくかわせない。
肌を焼くようなその感覚で、それが半端な火力ではないことは確実。
まずい、と。そう理解して。同時に、手立てがないと諦めかけた、その瞬間。
「ゼーレさんっ!」
待っていた、人物の声がした。
でも、その声は。
「ルカ! 今はこっちに来ちゃだめだ!」
巻き込まれてしまう。被害は少しでも小さく押し留めなければならない、と。
そうして、覚悟を決めたゼーレの前に。
しかし、ルカが割り込んでくる。
目を丸めたゼーレ。どういうつもりなのか。いや、それよりも今は、どうにかして彼女を安全な場所に移動させないと。
いいや、自分が移動できないのに、どうやって――、
と。そんな思考を巡らせていたゼーレに。しきし、ルカは全く違う回答を提示する。
「《魔装:願いの結晶》」
突如として、ルカの前に小さな水晶のようなものが現れる。
そして、ルカがそれを握りこむと。
「《大盾》」
願いの結晶は、彼女の身の丈よりも大きく、銀色をした、大盾の姿へと変化して。
「最大展開ッ!」
ルカの叫びに呼応するようにして、彼女の身体より大きいどころか、大きな壁かと思わさせられる程の大きさへと、その姿を変化させる。
飛んできた火球は大盾へとぶつかると、そのまま霧散をする。同時、願いの結晶も縮小をする。
願いの結晶は、契約者の想いを形作る。
傷つけたいのではなく、守りたい。
ルカらしい、願いの形を模した武器であろう。
「ごめんなさい、遅れちゃって」
「いいや、大丈夫だ。だが、状況は芳しくない」
明らかに時間制限が間近に迫ってきている。ゼーレとしても、その盾はなんなのだと聞きたい気持ちもなくはないが、その時間すらも今は惜しい。
「……そこの少年を連れてきた、というのにも。ちゃんと意味があるんだろうね」
「うん。アレクが、自分がやらなきゃいけないことがあるって」
ルカのその言葉に、アレキサンダーがコクリと頷く。その目には、たしかな覚悟が宿っている。
「……そうかい。それなら、精霊がバックアップをしてやるから。しっかりと、やるべきことをやってきな」
アレキサンダーの覚悟と、ルカの大盾があれば、きっと、たどり着けるだろう。
「魔力なら、貸してやる」
ゼーレが、魔力連携を発動する。それを見た他の精霊たちも、同じく、力を貸す。
「だから、全部、助けてこい!」
どのみち、現状の拮抗状態を打開するには、一手を投じる必要はある。
ならば、彼女たちを信じてみようじゃないか。
傷つけることではなく、守ることに。勝機を見出した、ルカたちを。




