#162 かつて助けられた鈴の音
「――助けないと」
そうは思ってみるも、魔力の放出源は人間たちの軍のド真ん中。あるいは、後方の方にある。
そのため、人間たちに対して正面からぶつかっていく必要がある。
いくら魔法使いであるがゆえに、身体能力が上がっていて、かつ、魔法という優位があるとはいえ、本陣の中で大立ち回りできるほどの力はルカにはない。
だけれども、これを見過ごすわけにはいかない。二重の、意味で。
「ゼーレさん、手伝っ――」
とにかく、助けるために。走りだそうとした、その瞬間。
チリン、と。ルカの懐から、そんな音がした。鈴の音、だ。
一瞬、理解が遅れた。しかし、すぐさまそれは、理解の遅れを許さないものだということを思い出す。
かつて、自身に振りかかった害意から、ルカを助けてくれたことのある、鈴の音。
つまりは、彼の身に、なにかが起こった、ということである。
行かないと。でも、こっちも助けなきゃ。
目の前にふたつのやらなければならないことが発生して、その、どちらもが時間制限を有している。
足が、止まる。どうすればいいかが、わからなくなって――、
「ルカ、判断を迷うな! だが、思考も止めるな!」
ゼーレが、強い言葉で檄を飛ばしてくる。
その言葉に、はっと引き戻される。
迷っている、その時間さえもが、今は惜しいのだ。
「考えろ、ルカにしかできないことを!」
「私にしか、できないこと」
目の前の、人間たちの軍から飛んでくる魔法への対処は、ルカでなくてもやれなくない。
そもそも、ルカの独力ではできなさそうだから、精霊たちの力を借りるつもりでいたのだ。
だから、こちらはルカでなくても、やれる。最悪、ルカが戻ってくるまでの時間は稼げる。
だが、胸の中で鳴った鈴の音。こちらは、ルカにしかできない。今、彼がどこにいるのかがわからないからだ。
「ゼーレさん、こっちはお願い! 皆を、助けてあげて!」
「……ああ、任されたよ」
ゼーレの返答を聞き届けると、ルカは鈴をギュッと握りしめて、そしえ、魔力を流し込む。
同時、ルカの姿が光に包まれたかと思うと、その場から消え失せる。
固定座標への、転移魔法だ。移動先に指標が必要な上に距離の二乗に比例して使用魔力が高くなるため、あまり汎用性は高くないが。予め、魔道具の方に魔力を大量に込めておくことにより、擬似的に担保を行うというシロモノ。
「さて、行ったか」
ルカの姿をしっかりと見届けてから、ゼーレは小さくそうつぶやいた。
目を向けるのは、人間たちの方。その視線は、ひどい呆れと、辛さを孕んでいた。
「どうしてこうも、嫌な魔力を見せられることになるもんかね。それも、大量に」
魔力が底をついてもなお、生命力を削って放たれている、死の魔力。ルカが言うとおり、早くしないと手遅れになりかねないのも事実。
執念から放たれることもあるが。しかし、目の前のそれは全くの別種。
ルカから託された以上、しっかりと指揮を執る必要がある。
精霊としては若手ではあるが。しかし、どうやらそんなゼーレに周りの精霊たちも協力してくれる様子。
精霊女王代理のルカが託したからか。あるいは、目の前の魔力に。止めなければならないそれらに気づいたからか。
「そっちは、しっかりと頼むよ。ルカ」
お前にしか、助けられないのだから。
転移魔法による五感のブレ。それに起因する頭痛に頭を抑えかけながら。しかし、なんとか状況を判断する。
「アルフ! ダメ!」
「いいや、ここで退くわけには!」
聞き覚えのある男女の声。視界に映るのは、数人。
剣を構えて防御体勢をとっている男性と、その背後で叫んでいる女性。そして、そんな女性に庇われる少年。
対するは、複数人の男性。身なりを見る限りでは、警備隊だろう。
傍から見た限りでは、なにか悪いことをした一団が警備隊に追われて。追いつかれたために足掻きとして抵抗をしている、というような様相。だが。
「《植物召喚》ッ!」
即座に捕縛蔦を伸ばして警備隊の動きを止める。
突然の植物に、警備隊も、そして、襲われていた男女も驚く。
「ルカちゃん!」
「アルフレッドさんに、クレアさん。それに、アレク。よかった、間に合った」
そこにいたのは、アレキサンダーと、現在その護衛をしている冒険者のアルフレッド、クレア。
第三王子という立場でありながら。しかし、追われているという複雑な状況のアレキサンダーに、追手が追いついた、ということだろう。
ひとまず、脅威である警備隊を縛り上げて、無力化する。
突然の登場。見た目が明らかに子供の少女、ということもあり、戸惑っていた警備隊の面々ではあったが。しかし、その一瞬の隙により、ルカによって制圧がされてしまう。
ひとまず、一旦の安全を確保したところで、そこそこの怪我を負っているアルフレッドの治療にあたる。
「しかし、どうやってルカちゃんがここに? それもピッタリピンチのときに」
治癒を受けていたアルフレッドが、首を傾げながらにそう言う。
実際、急に現れたのだからそうもなるだろう。
でも、仕掛けはちゃんとある。
「アレクの持ってる鈴。最後に渡したアレが教えてくれたから」
「もしかして、と思っていたが。やっばり、この鈴はそういうことだったんだね」
かつて、エアハルトがルカのことを守ってくれたとき。
そして、アレキサンダーがエアハルトと出会った、その一件。
そのときと同等の代物――魔道具を、アレキサンダーには渡していた。
ルカの持っている鈴と同調が成されており、アレキサンダーが鳴らすと、それがルカにも伝わる。
そして、鈴自体が座標を指定する指標になる。
ルカがまだまだ魔法使いとして未熟であるがゆえに、伝えることができる距離、そして移動ができる距離が短く。御守として渡すには、かなり頼りのない代物ではあったが。しかし、役に立ったようでよかった。
「……そういえば、ここは」
遠くはあるが。しかし、人々の声や音が聞こえる。
それも、悲しい、声。辛い、音。
振り返れば、ルカが生やした大樹が、そう遠くない位置に見える。
戦争が巻き起こっている広場から、そう遠くはない場所だ。
「ルカの言いたいことは、わかる。なんでこんなところに来てるんだ、ということだよね」
アレキサンダーが、少しバツの悪そうな顔をしながらにそういう。
追手から逃げ回っている身。そんな彼らが、追ってくるやつらの多い場所へと向かっている。
目的と行動が乖離している、と言ってもいい。
「でも、行かなきゃいけない。伝えなきゃいけない。それは、正しくないって」
その言葉には、強い覚悟と決心が見える。
アルフレッドたちと行動している間に、なにかを掴んだのだろう。
「王家の罪を、晒さないといけない。なぜ、魔法使いが罪人として扱われているのか。そのために、魔法使いが。……捕まった彼らが、どのような扱いを受けているのか」
「――ッ」
その言葉に、ルカは心当たりを思い浮かべる。
「ねえ、アレク。もし、本当にその覚悟があるというのなら。私が、戦場まで連れていく」
「……! いい、のか?」
「よくは、ない。でも、それを伝えられるのが。そして、正せるのは、アレクだけだと思うから」
ルカはアルフレッドたちにも視線をやる。
彼らも、なにができるかはわからないけど、ついていくぞ、と。
「私がやれるのは、ちょっとした護衛だけ。ほとんどは、守れない。……大丈夫?」
「ああ、そもそも俺たちはエアハルトさんからアレキサンダー様の護衛を頼まれてるんだ。この人の、行きたいところに連れて行ってやってくれってな。……まあ、さっきまでやられっぱなしだった人間の言えたことじゃないけど」
苦笑いをしながらも、グッと、拳を握ってみせるアルフレッド。クレアも、それに頷いてみせる。
「わかった。それなら、行こう」




