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#161 両軍の切り札

「おししょー、どうして!?」


「お前がバカなことをしようとしたからだ」


「でも、未来が――」


 全く。そういうところはいつまで経ってもかわりはしないな、なんて。そんなことを思いながらに、彼女の頭に手を当てて乱雑に撫でる。


「メルラの犠牲の上で達成したとしても、俺は嬉しくない」


「ごめ、んなさい」


「ああ。無事で良かったよ」


 たしかに、彼女が見た未来ではそれしかなかったのかもしれないが。そもそも、メルラの予知魔法については対抗が可能な時点で、無理やりに踏み越えていくことだってできる。

 もちろん、簡単ではないし。ほとんどの場合は、予知のとおりになるのだが。


 しかし、それゆえに。メルラは自身の予知に対してやや盲目的になってしまう側面がありはする。

 昔からそうではあるが、直すべき癖であると同時に。未来が見えるというのも、なかなか厄介なものなのだと思わさせられる。


「ウェルズも、ありがとうな」


「別に、あなたに例を言われる筋合いはないですよ。俺は、俺の仕事をしていただけなんで」


 詭弁、だというのは明白だったが。その建前が、今の状況にとっては大切だった。


「……さて。約束を破ろうとしたメルラ(弟子)に説教をしたいところではあるが。状況は、そうも言ってられないらしいな」


 すう、と。エアハルトが目を細めながらに正面を見据える。

 視線の先――ベリアは、どこか不服そうな表情を浮かべながらに。エアハルトに対して視線を返す。


「いちおう、聞いておくが。気が変わって、魔法使い連合(こちら)側につく気になった、ということではないのかな?」


「悪いが。これまでも、これからも。そうなる予定はないな」


「そうか。それは残念だ」


 微塵もそうは思っていなさそうな声音で、ベリアはそう言う。なんなら、ベリアはエアハルトに対して敵意を抱いている派閥の魔法使いである。そんな気は、さらさらないだろう。


「それならば、貴様は部外者だ。内輪の折檻には口出し不要だろう」


「メルラは俺の弟子だ。それに、ウェルズは後輩だ。黙って見ている、というわけにはいかない」


「……そうか。まあ、どのみち。我々の邪魔をしている以上、排除の対象ではあったがな」


 エアハルトの言葉に、ベリアは少し眉を動かしながらにそう答える。

 ベリアからすれば、たとえ人間の味方はしていなくとも、自分たちの邪魔をしている、という時点で敵対関係である。


 いちおう、立場という意味ではローレンも建前上は同じではあったが。アレはもはや別の動機で戦いに来ていたが。

 だが、ベリアは純粋に、戦争を押し通し、勝つためにエアハルトに対して敵対している。


 つまり。エアハルトの願いを叶えるためには、必ず踏み越えなければならない相手である。


「……その顔。俺に勝とうという、そういう顔だな。いや、俺一人ではないか。我々、魔法使い連合全員に、勝つつもりか」


「まあ、あながちそれでも間違いはない」


 より正確には、止める、が正しいが。言って止まるやつならば、こうはなっていない。

 ウェルズやローレンのような例外もいるものの。ほとんどの場合は、倒して止める、が可能な範囲だろう。


(幸い、人間側の軍はルカが引き止めてくれている。これならば、背後の心配をしなくていい)


 雑多な魔法使いも多い一方で、ローレンと同等かそれ以上の相手も混じっている。

 だが、それでも。


「たしかに。このままならエアハルト。君が勝つかもしれないね」


「…………」


 答えは、しない。だが、勝つ見込み自体は、ありはした。


 だが、厄介であり。そして、違和感なのは。エアハルトが勝つ見込みを持っているということを理解していながらに、ベリアは退くわけでもなく。むしろ、前のめりに戦いに来ようとしている、ということ。

 ローレンのような戦闘狂というわけではなく。それこそ。


 まるで、勝ちの目があると確信しているように。


「聞いた話によると、エアハルト。お前は確か、バートレーと戦ったらしいな」


「……それがどうした」


「なかなか、苦戦したんじゃないか? アイツの最後の抵抗に」


 そう言うと。ベリアはなにかを懐から取り出すと。不敵に笑ってみせて。


 そして。それとほぼ同時。メルラが目を大きく見開く。


「まずい、おししょー。未来が、一気に書き変わっていく」


 メルラの予知への介入は、彼女自身が意図して行動を起こすか。あるいは、メルラの予知魔法を超えるだけの魔力と意志とを持ち合わせている場合にのみ、可能になる。それこそ、先刻にエアハルトが彼女を助けたように。そうするきっかけを、ローレンが与えてくれたように。


 だが、多くの場合においては引き起こせる変化はそれほど大きくはない。

 なにせ、ひとひとりが引き起こすことができる事象には限界があるから。


 無論、その僅かな変化がずっと先では大きな違いになることはあるが。直近の未来で、甚大な変化を起こすことは、難しい。


 仮に、そんなことが引き起こせるとすると。


「メルラ、ウェルズ。一旦退くぞっ!」


 嫌な予感。そして、覚えのある、嫌悪感を伴う魔力に。エアハルトは、ふたりを抱えつつ、その場を離脱する。


 メルラの予知を押さえつけて、大きな変化を引き起こせるだけの強大な魔力。


 エアハルトに対して、勝ちの目を作り出す、見込み。


「……最悪なものを持ち込んてくれたな。ホント」


 離脱しながらに後方を確認すると、ベリアひとり、というわけではなかった。

 おそらくは幹部連中。実力のある存在たちが、だんだんとその姿を変貌させ。そして同時に、強大な魔力を放つようになっていた。


 ――魔薬。それも、使用者を魔人へと変貌させる、ブースト薬。


 以前、バートレーに使用され。随分と苦戦を強いられた存在が、見える範囲だけでも二桁はいる。


「魔法使い連合の切り札は、これか」


 ギリ、と。エアハルトは歯を噛みつつ。次々に現れる強敵に視線をやった。






     * * *






 精霊や妖精たちの手伝いもあり。ルカは、だんだんとその戦線を押し上げていっていた。

 魔法を使えるルカたちと、どうしても物理的な攻撃が限界である人間たちでは、素の実力差が大きくなってしまう。もちろん、マルクスのような例外はいるが、絶対数は少ない。


 基本的には、有利。それでも、数が多い分だけ、厄介ではあるのだけれども。

 その数についても、魔法で眠らせたおかげでかなりの数は減らすことができていた。


「このまま行けば――」


 瞬間、前から飛んできた火球に、ルカは慌てて避ける。

 エアハルトたちの方の流れ弾が飛んてきたのだろうか、と。気をつけようとした、その瞬間に。違和感を覚える。


(それなら、飛んでくるのは後ろからじゃないの?)


 火球は、たしかに前から飛んできていた。

 だがしかし、そっちに魔法使いはいないはず。魔法使いは、背後の方でエアハルトが引き止めてくれているのだから。


 燃えたものを媒介にして投擲してきた、というわけでもないし。それになにより、さっきの火球には、魔力の流れが残っていた。


 つまり、間違いなく。魔法によって生み出された、火球である。


 違和感のとおりに、ルカは魔力の流れを辿ってみる。

 どういうわけかはわからないが。やはり、人間たちのほうから、飛んできたということがわかる。


 それと同時に、どこか覚えのある魔力も感じられる。


 それはあまりにも痛くて、苦しい。そんな魔力。


「……ルカ。まさか、これは」


「――ッ!」


 ルカの補助に回ってくれていたゼーレが声をかけてくる。どうやら、彼女も気づいたらしい。


 ここに、あるはずのない魔力。あるべきでない魔力。


 いや。あってはならない、そんな、魔力の存在に。

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