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#160 時を識る者

(……戦況が、未来が、あまり芳しくない)


 メルラは、ぷかぷかと浮かぶ巨大な枕の上で、眠たげな瞳で戦場を俯瞰しながらに考える。

 傍から見れば、戦場という場を舐め腐っている態度ではあるが。普段はともかく、こと、今に関しては。メルラとて、不真面目にしている、というわけではない。


(これ、でもだめ。ひっくり返されて、魔法使いが勝つ。でも、こっちを引かせると、一転、人間が勝っちゃう)


 メルラの予知の魔法は、決して燃費がよくはない。今でこそ、多少は効率が改善したものの、繰り返し何度も何度も未来を修正しようとして、連続使用をしようものならば、とんでもない負担がのしかかってくる。

 そのため、基本的にはある程度を見通した後は、よほどのことでもなければ見直さないし。見直すにしても数度である。


 だが、現在のメルラは予知魔法を酷使し続けている。何十回も、何百回も。何千回も。

 その反動で、尋常でない疲労が襲いかかってきている。


 それでもなお、彼女が予知魔法を行使し続けているのは、自身の師のその願いを叶えるため。

 恩人だから、という気持ちがゼロというわけではない。けれども、それ以上に。と


 メルラ自身、エアハルトの語る夢に、共感されたから。


 だから、頑張る。


(どうやら、妹弟子も随分と頑張ってるみたいだからね)


 彼女の姿自体はここからでは見えないが、彼女の引き起こした魔法はこんな殺伐とした戦場だというのに、とても暖かな優しさを伴っていた。


 そんな姿を見せられたら、なおのこと。多少の辛さで、弱音を吐いてはいられない。


(……見つけた。望む、未来)


 重たい瞼を持ち上げながらに、メルラはそっと地面に降り立つ。

 隣で警護をしてくれていたヴェルズが驚いた様相を見せる。


「メルラさん、どうかしましたか?」


「……ううん、ちょっと、ね」


「まあ、そういうことであれば」


 曲がりなりにも、幹部という立場である。

 はっきりとしない理由付けであっても、ある程度は自由を押し通せる。


 よし。このまま――、


「どこに行くんだ? メルラ」


「……ベリア」


 魔法使い連合の、幹部。そして、過激派の筆頭。


「ちょっと、そこまで」


「お前の役割は、魔法使いを勝利に導くことだ。それなのに、今の状況はどういうことだ」


「予定外が、思いの外、多いだけ」


 メルラが予知魔法を使える、ということはベリアたちも知っているが。予知魔法自体が固有魔法だということもあり、その詳細まではわかっていない。

 この言い分でも、十分にまかり通る……はずだった。


「まあ、闖入者の存在が厄介だ、というのはわかる。だが、その状況下で散歩に出かけようとは、随分な態度だな」


「…………」


 ベリアが、わざとらしくそう詰めてくる。

 まずい。確度がどの程度であるかは不明瞭だけれども、おそらく、こちらの思惑に気づかれている。


 予知した未来は、強い意志と、それを押し通せるだけの魔力をもってすれば打ち破ることができる。

 そして、ベリアはそれが、可能。


「これは、少し仕置が必要かもな」


「――ッ!」


 ベリアが放つ火球。メルラはそれを咄嗟に防ぐ。

 いつもならばこの程度であれば問題なく予知できるのだが、予知魔法を酷使し続けていた反動もあってか、身近な未来もやや不鮮明になってしまっている。


(……でも、やっと見つけたんだ、この未来)


 離して、なるものか。と、まるで大切な宝物を守るかのように、メルラは必死に、現在の予知を維持しようと抗う。


 だが――、


「残念だ。お前が、エアハルトなどという腑抜けたやつの味方をするだなんて」


 ただでさえ予知魔法を酷使し続けていた身体では、魔法使い連合の幹部に対して十分に抗えるだけの余力が残っておらず。

 畳み掛けるようにして仕向けられたその魔法に、ついぞ命中してしまう。


「うっ、あ……」


「メルラさんっ!」


 吹き飛ばされ、声と息の中間を漏らしていたメルラに、慌ててウェルズが駆け寄ってくる。


 メルラは、無事だ。おそらく、メルラ自身の力には利活用の余地があるから、残している。

 変なことを考えないように、反乱の意思を持たないように、という折檻だからだ。


 ――だが、


(嘘、だめ。消えないで……)


 掴んでいたはずの未来が、かき消されようとしていく。

 何度も何度も、その未来への道筋を修正しようとしても、うまく行かない。たどり着かない。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ。


 メルラが、その事実に。歯を噛み締め、下を俯いて。

 そんな彼女の心を更に折るべく、ベリアが追撃の魔法の準備をしていた、そのとき。


「ベリアさん、なにをしてるんですか!」


 ウェルズがふたりの間に入るようにして割り込み、ベリアに向けてその腕を構える。


「……どういうつもりだ、ウェルズ。まさか、幹部に逆らおうだなんて、そんなバカなことを考えているわけじゃないだろうな」


「まさか。俺は、間違いなく、幹部からの命令に従ってますよ。ローレンさんから任された、メルラさんを守れ、というね」


 屁理屈だ、ということはウェルズ自身理解している。

 それに。自分の行動がなかなかに理屈に伴っていない、というのも理解はしている。

 どちらかといえば、ウェルズはベリアと同じ派閥の魔法使いである。

 少なくとも穏健派のメルラとは別な派閥ではあるはずだった。


 とはいえ。状況について、全てを把握できているというわけではないにせよ、ここまでのやり取りを見て入れば、さすがになんとなくわかることはある。

 今回の戦争について、魔法使いの勝ちのために動いているのはベリアであり、メルラは、そうではないなにかのために動いている。


 ウェルズは、ベリアと同じ派閥に属する魔法使い。

 今回の戦争にだって、当然、勝つつもりで参加してはいる。


 だとするならば、つくべき方は、メルラではなく、ベリアであるはず。だが。


「そんな屁理屈まで捏ねて。いったいなんの心境の変化だ」


「さあ、なんででしょうね。俺にもよくわかんねえっすわ」


 ただ、会話の中で聞こえた、エアハルトという言葉。

 メルラが、エアハルトの味方として動いている、というその事実。


 思い返せば、エアハルトが魔法使い連合を訪れたときには、メルラとローレンがいた。

 そして、ウェルズが案内役にあてがわれた。


 それが、偶然でないとするならば。


「ちょっと、昔話で感傷に浸りたくなった、みたいな感じですかね」


 なんていう。気障った言葉で、挑発をする。


 なにをするのかは、知らないけれど。なにかを、するんだろう。

 ウェルズが稼げる時間など、限られてはいるだろうが。


(たまには、あの人(エアハルト)に賭けてみてもいいだろう)


 ウェルズが、わずかに時間を稼いでくれた。

 魔法を組み上げるに十分な時間を充てられた。


 ほぼ霧散仕掛けた未来の形を、わずかながらに取り戻す。


(……でも、全部は、無理)


 ほとんど崩れているその形を、なんとか保つだけでも限界に近い。

 諦めは、肝要だ。


 望む未来に、優先順位をつける。

 必ず達成しなければならないもの。それほど重要ではないもの。


 そして、切り捨ててしまっても、いいもの。


 焼き切れそうなほどの魔力を行使して、次善を探す。


 探して、探して、探して。そして、見つけ出す。


(……やっぱり、こうなるのね)


 覚悟は、していた。

 これを、回避する手段をずっと探していて。けれど、どうしても見つからなくて。


 けれど、四の五の言っていられる状況でもない。大切なものを、見失うな。


 優先順位を、見紛うな。


「……ありがとう、ウェルズ。おかげで、覚悟が決まった」


 ベリアとウェルズでは、実力差は歴然で。彼が守ってくれていた時間はわずかではあったものの、かなり手痛いダメージを追っているのがわかった。


「メルラさん、いったいなにを――」


 その、覚悟の決まった表情を見たウェルズが、畏怖に近い感情を覚える。


「大丈夫。あなたが繋いでくれたものを、私が確実に、エアハルトに繋いで見せる」


 この命を賭してでも。


「――《時流支配クロックワークス》」


 瞬間、メルラの周囲に尋常ではない量の魔法陣が展開される。

 その光景に、ウェルズも、ベリアも驚愕をする。

 この手のことについては天才とまで持て囃されるローレンと同等か、それ以上とまで言える魔法の同時発動。


 それは、メルラが幹部とまで言われるだけの実力である、と同時に。


「自爆するつもりか? こんな規模の魔法。ひとりで発動させようものならば」


「……私は、私の役目を達成するだけだから」


 御名答。この魔法は、決してひとりで発動させるような魔法じゃあない。本来ならば、エアハルトとの共同で使う、魔法。


 でも、理屈の上では。エアハルトひとりでは使えなくとも。メルラひとりでだって、使えはする。


 その後については、知りはしないが。


「《時計仕掛けの(エクス・)――」


 メルラが、強引に魔法を発動させようとした、その瞬間。


「――《鎮まれ(ト・ランクイッロ)》」


 魔法陣が、かき消される。


「……全く。どうしてこうも、俺が教えたやつらは無理やりな魔法の使い方をするもんなんだ」


「教えた本人が、一番無茶苦茶な使い方してるからじゃないですかね?」


 闖入者のその言葉に、ウェルズは苦笑いをした。

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